( 259021 )  2025/02/02 15:14:30  
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医師偏在は医療サービスの質に影響する(撮影/写真映像部 松永卓也)※写真はイメージです 

 

 首都圏では充足し、地方では足りないイメージがある医師数だが、人口10万人あたりの医師数では、最も多いのは徳島県335.7人、次いで高知県335.2人、京都府334.3人と続く。最も少ないのは埼玉県180.2人、次に茨城県202人、千葉県209人。医師の偏在が浮かび上がった。AERA 2025年2月3日号より。 

 

*  *  * 

 

 埼玉の医療は十分に機能しているのか。 

 

 東京都と接するベッドタウンで、人口60万人の埼玉県川口市では、医師不足により医療サービスが行き届かないケースが出始めている。川口市にある埼玉協同病院の増田剛院長は「いざというときに医療が機能していません」と切実さを訴える。 

 

 今年1月、全国と同様、川口市でもインフルエンザ患者が急増したときだ。 

 

「1月半ばのある日、救急患者の受け入れを半分以上断りました。川口市内のある病院では24時間で救急搬送を25件も受けましたが、36件断りました。先日は80代の患者さんの搬送先が7時間も見つからない異常事態もありました。私たちの病院も1日で、17件受けて30件断りました。コロナ禍で一番大変だったときと似た状況です」 

 

 病院だけでなく、クリニックも受診しづらくなっている。 

 

「クリニックの発熱外来もパンクしています。予約を入れようとしたら、80人待ちだったから受診を諦めたという患者さんもいました。患者を全員診察するのに深夜2時までかかった話も聞きました」(増田院長) 

 

 東京に近いなら、通勤ついでに都内の病院に受診すればいいのではと思うが、そうはいかないという。 

 

「救急搬送されない事態が起きていますし、これからは高齢になり都内まで出かけられない人も増えていきます」 

 

 増田院長は言う。 

 

「川口市を含めた南部医療圏(川口市、蕨市、戸田市)は人口80万人規模で、山梨県や福井県と同じ規模ですが、ここには県立病院も大学病院もありません」 

 

 ただでさえ医師不足なのに、その数を維持するのさえ厳しい。市内の基幹病院は、東京の大学病院から多くの医師が派遣されている。だが、それも不安定だ。各病院の院長は毎年3月、医師の確保に悩むという。 

 

「当院では多くの診療科を自前の医師でまかなおうと努力していますが、一部の科は大学病院から派遣された医師に頼っています。でも大学病院の医局に入局する医師が少なくなると、『来年から派遣できない』と言われます。『何とか続けてください』と頭を下げるのが院長の仕事です。そういう構造のなかで、医師の需給は成り立っています」 

 

 

■大学病院も余裕なし 

 

 どの大学病院でも地方に医師を派遣する余裕があるわけではないという。大学は教育や研究もしなければならないので、自分の大学病院を回すので精一杯のところもある。 

 

「私たちは東京にまだ近いので医師を呼べますが、秩父や県北地域は遠いため当直体制を組むのも大変だと聞きます。かなりお金を払わないと都内から医師に来てもらえません」 

 

 人口が多いものの医師が少ない。そんな場所に医師を増やすために、どうすればいいのか。 

 

 医師の偏在対策のために、厚労省が進めているのが「地域枠」制度だ。医学部卒業後に特定の医療機関で9、10年間ほど勤務することを条件に、奨学金の返還が全額免除される。こうした地域枠を活用する医学生が増えている。 

 

 だが、医師の偏在に詳しい医療ガバナンス研究所の上昌広理事長はこう話す。 

 

「地域枠からの離脱を認められなかったり、離脱するために800万円もの違約金を払わせるなど、人権侵害です。さらに、大学病院がおひざ元ばかりに医師を派遣させて、県内で大学病院の周りばかり医師が集まる偏在が生まれます。地域枠医師の人事権が、利権となっています。地域枠は、医師偏在対策には逆効果です」 

 

「アメリカでは僻地での医師の定着率が低く、地方の医療ニーズと医師の希望がマッチしないという研究があります。医師の強制配置が、医師の偏在に効果がないことは世界的なコンセンサスです」 

 

 厚労省は1月21日、2027年度の医学部の臨時定員を減らす方針を示した。上理事長は、今の偏在対策は、人口は減り、医師が余ることを前提にしていることも問題だと指摘する。 

 

「これから患者も医師も高齢化していきます。そもそも医師を増やさなければ難しい」 

 

■医療の質低下も懸念 

 

 医師を増やすには、医学部の新設が必要だと強調する。 

 

「医学部のあるところに、医師が増えます。国立の東京科学大学を埼玉に移転するか、財政の厳しい東京女子医科大学に補助金を与えて埼玉に移転してもらえば、医師は増えたと思います。いまからでも医学部を作るべきです」 

 

 埼玉県行田市の病院の内科医(非常勤)でもある上理事長は、行田市を例に、医師偏在がもたらす医療の質の低下にも警鐘を鳴らす。 

 

「患者さんに専門医を紹介したいけれど、近くに専門医がいないため、主治医が診ざるを得ないこともあります。また、医師が不足している地域ではライバルがいないため、医師が手を抜くこともあります。医師の偏在が、低い質の医療を提供する言い訳になるんです」 

 

(編集部・井上有紀子) 

 

※AERA 2025年2月3日号より抜粋 

 

井上有紀子 

 

 

 
 

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