( 259061 )  2025/02/02 15:56:50  
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石破茂首相は今月上旬に訪米し、トランプ米大統領と初めて会談する方向だ。石破首相の訪米をめぐっては、昨年末、首相が「トランプ氏の大統領就任前の会談の打診を受けていた」のに、打診を「蹴った」「先送りした」などと伝える報道がある。これが首相批判につながっているのだが、批判のもとになっている情報は事実なのか。 

 

日本政府が就任前のトランプ氏との会談を正式に模索した唯一のタイミングは、大統領就任前の昨年11月中旬だ。ペルーでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議とブラジルでの20カ国・地域(G20)首脳会議の後、米国に立ち寄ることができれば、という算段だった。会談設定の直前まで行ったが、大統領首席補佐官への就任が決まっていたスーザン・ワイルズ氏が、各国から会談要請が殺到していたこと、そして、民間人による米政府の外交政策への関与を禁じたローガン法を理由に会談を断ってきた。日本としては、トランプ氏の信用が厚く、トランプ氏の〝門番(ゲートキーパー)〟と米メディアに呼ばれるワイルズ氏との関係を重視し、断りを受け入れた。 

 

一方、これを機にワシントンの日本大使館と国家安全保障問題担当大統領補佐官となるマイケル・ウォルツ氏の間で会談日程を調整することになった。また、石破首相も12月前半に「就任前は訪米しない」との方針を決め、米側にも伝えられた。準備した上で臨みたいとの思いがあったからだ。 

 

 

 

■トランプ氏の打診なし 

 

ところが、同月中旬になると、首相の「1月訪米」の報道が出始めた。同じ頃、首相サイドにもこんな情報がもたらされた。 

 

「2月に中国の習近平国家主席が訪米するから、就任後の会談なら、3月以降になる。首相は就任前に訪米を」 

 

この情報と「1月訪米」が出回り始めたタイミングは、安倍晋三元首相の妻、昭恵さんがトランプ氏の妻、メラニアさんに「直接祝意を伝えたい」として訪米し、フロリダ州のトランプ氏の私邸でトランプ氏も交えて食事した後だ。昭恵さんは、同行した友人と一緒にもっぱらメラニアさんと食事をし旧交を温めた。同席したトランプ氏と主に会話したのは、昭恵さんの訪米をメラニア夫人側と調整した元国会議員だった。 

 

この情報に、大統領就任前に訪米しないと決めていた首相自身や首相周辺も揺れた。昨年12月19日の読売新聞1面の記事も、「トランプ次期大統領が、石破首相との初会談について、来年1月中旬であれば応じられるとの意向を日本側に伝えたことがわかった。(略)日本政府は大統領就任後に正式な首脳会談を行うのが望ましいとの立場だが、トランプ氏側の意向を受けて1月訪米の可能性について検討に入った」と伝えていた。 

 

 

実際は、「検討に入った」どころか、調整の中心を担う日本大使館さえも把握していない情報だったことから、まずは真偽の確認の必要があった。食事会の出席者らから話を聞くなどして調査を進める中、19日にはトランプ氏が昭恵さんとの食事会後、記者団に対して「(首相に)ぜひ会いたい」として、大統領就任前に実現するかどうか問われると、「彼ら(日本側)がそうしたいならそうするだろう」と答えたこともあり、情報は錯綜(さくそう)した。 

 

だが、最終的に「就任前の会談の打診を受けていたとの事実はない」との確認が取れ、「ニセ情報」と判断された。一連の混乱が収束したのは12月30日だった。そもそも打診されていないので、石破首相がトランプ氏からの会談の申し入れを「蹴った」ことも「先送りした」こともないのだ。 

 

■中国人のビザ緩和も… 

 

岩屋毅外相が昨年12月25日に訪中し、発表した中国人観光客に対する新たな短期滞在査証(ビザ)の緩和措置についてもSNSでは「中国人観光客が大量に日本に来る」などの批判的な発信が多い。 

 

今回発表された措置の概要は表の通りである。まだ実施されていないが、強い反発を招いているのが個人向けの10年間有効の数次ビザだ。これまで5年間有効だったものが10年間になる。ただ、10年間有効のビザを取得できるのは、5年間有効のビザ発行歴があり、さらに所得の高い人となる。今回の措置が中国人観光客の急増につながる可能性は低い。 

 

一方、岩屋外相の訪中をめぐっては自民党内でも反発が出ている。①なぜ外相は米国より先に中国を訪問したのか②日中間には邦人拘束やALPS処理水、日本人男児刺殺などの懸案がある中で、外交部会の承認もないのに中国人観光客に対する短期滞在ビザの緩和措置はおかしい―などといった意見だ。 

 

ごもっともな指摘である。外交当局としては、邦人拘束の問題なども日中間の対話がなければ交渉が進まないとの考えもあり、関係構築を進めているとみられる。その是非は当然あるが、外交当局の考えに対する理解者を与党だけでなく対外的にも増やす努力を石破首相や岩屋外相らはやるべきだ。対中関係に慎重な議員や民間人を軽視しても、軽視された側はもっと批判を強めるだけである。 

 

 

■ブレる「評論家」の発言 

 

石破政権の外交姿勢がはっきりしないことも批判の原因になっている。 

 

日本外交は、安倍政権から続く「自由で開かれたインド太平洋」「法の支配」を掲げ、日米同盟に軸足を置きながらアジア重視の外交を展開してきた。石破首相も継承していると言うもののそう受け止め難い。その最大の問題は、石破氏が首相になったいまでも評論家的にその時々で個人の考えを発信することにある。政府方針とブレが出るのだ。 

 

直近の例で言えば、「サンデー毎日」(2025年2月9日号)。首相はジャーナリスト、田原総一朗氏から、トランプ氏の米国とどう付き合うのかを聞かれてこう答えた。 

 

「米国第一だの、MAGA(米国を再び偉大に)のために世界があるわけではない。米国の言うことを何でも聞きますからどうぞお目こぼしを、などというつもりは全くない」 

 

同盟国は対等であるべきだが、ケンカを売るかのような表現は適切だろうか。この後に「お互い主権国家。考え方が異なる敵対国家でもない。この地域の平和と安定のために日米が共にできることは何か。それをきちんと提示することではないか」と当然のことを述べている。後半だけで十分だし、または順番を変えるだけで印象が変わるのに、そうしない点で石破氏が歴代政権の外交路線への抵抗を見せている感じがする。 

 

首相周辺による発信もモヤモヤ感を強くする。まず、村上誠一郎総務相。「週刊現代」(25年2月1・8日号)のインタビュー記事「石破総理とともに安倍政治を終わらせます」に、自身が「国賊」と呼んだ安倍氏についてこう語っている。 

 

「中国に対する対応などを背景とし、東アジア情勢が不安定化したとの見方もあります」 

 

安倍政権の外交政策が地域を不安定化させたといわんばかりだ。「見方」と表現しているが村上氏は否定していない。日本の閣僚であれば、明確に言うべきは「東アジア情勢の不安定化を招いたのは中国」であって、日本が原因であるかのような発信は厳に慎むべきである。 

 

 

岩屋外相についても、1月の訪米時に日経新聞のインタビューで、マルコ・ルビオ国務長官の印象についてこう語っていた。「中国を名指しして対抗の枠組みをつくる説明の仕方でなかったのが非常に印象に残った。中国に対してハードライナー(強硬派)というイメージがあったが、会うとバランスの取れた方だった」。印象に残ったのが、中国を名指ししなかったことというのは不思議だ。 

 

こうした発信の積み重ねが、多くの国民に石破政権の対米、対中外交への懸念・疑念を抱かせる要因にもなっていると考える。一貫した明確な発信が必要だ。同時に、批判する側も正しい情報と理解が求められている。 

 

(特任編集長 田北真樹子) 

 

 

 
 

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