( 259121 )  2025/02/02 17:06:01  
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我が国の財政運営は、このままではこの先、何かのきっかけで、いつ何どき、行き詰まってもおかしくない状態にすでに陥っている。しかも、1,104兆円(2024年度末の普通国債残高の見込み)という天文学的ともいえる借金の大きさと、歴史上かつて体験したことのない厳しい人口減少がもたらす国力の低下を鑑みれば、ついに「行き詰まった」ときに起こる事態は、我が国自身が第二次世界大戦の敗戦直後に経験した苛烈な国内債務調整に匹敵するものにならざるを得ない。 

 

静かに迫り来る財政危機を何とかして未然に回避し乗り切るために、私たちはいま何ができるのか。財政政策と中央銀行の金融政策に精通した日本総合研究所主席研究員の河村小百合氏と前参議院予算員会調査室長の藤井亮二氏が協力して取り組んだ『持続不可能な財政』では、危機的な状況にある日本の財政の現状と再建のための解決策の具体的な選択肢にはどのようなものがあるのかを真っ正面から論じている。 

 

(*本記事は河村小百合+藤井亮二『持続不可能な財政』から抜粋・再編集したものです) 

 

前回見たように内閣府とOECDとで、我が国の財政運営の先行きについて、なぜこれほどまでに対照的な見通しが示されているのでしょうか。内閣府の試算で、特段の財政再建策を講じないのに財政事情がバラ色に改善する見通しが示されている理由は、不自然な、恣意的と言っても過言ではない経済前提の設定にあるのです。そのポイントは次の3点です。 

 

(1)名目経済成長率の水準 

 

前提とする名目経済成長率を高く設定すればするほど、それにつれて税収も伸びると見込まれるため、財政収支は改善することになります。 

 

(2)名目経済成長率と金利の関係 

 

国内外の過去の経験を振り返れば、市場メカニズムが健全に機能しているもとでは、「名目経済成長率が金利を下回っていた」局面が実際に多く、通常の姿と考えられています。ところが、これに反して「名目経済成長率が金利を上回る」という前提を設定してしまえば、ごく単純化して考えれば、利払費よりも税収の伸びの方が相対的に高くなるので、財政収支は改善することになります。 

 

(3)金利と物価上昇率の関係 

 

金利と物価上昇率の関係もまた然りです。市場メカニズムが健全に機能している経済では、「金利は物価上昇率を上回る」のが通常です。なぜなら、物価上昇率は金利の一部を構成する要素(図表2-4)だからです。誰かにお金を1年間貸す時のことを考えてください。今、我が国では年に2~3%程度、物価が上がっています。10万円を1年間貸して、1年後、返してもらえる金額が10万円のままでは、同じものを1年前とでは2~3%少なくしか買えないことになってしまいます。ですから、金利には、最低限、先行きの物価上昇率(正確にはその予想)が反映され、さらに、借り手側がどの程度確実にお金を返せるかどうかの信用度に応じて金利が上乗せされることになるのです。 

 

 

実際に、内閣府の経済財政試算見通しでは、経済(名目GDP)成長率、物価、長期金利として、どのような前提値が設定されているのかをグラフにし、これらの関係がわかるようにしたものが図表2-5です。なお、内閣府は短期金利の前提値は公表していません。 

 

このグラフからは、内閣府が長期金利の前提値を、経済成長率との比較でも、そして物価上昇率との比較でも、随分と低めに設定しているということが明らかです。名目長期金利が名目GDP成長率を追い抜くのは、(1)過去投影ケースでは2027年以降、(2)成長移行ケースや(3)高成長実現ケースにいたっては2032年以降です。 

 

物価上昇率との関係も然りです。名目長期金利が消費者物価上昇率を追い抜くのは、(1)過去投影ケースでは2027年以降、(2)成長移行ケースでは2030年以降、(3)高成長実現ケースでは2029年以降です。 

 

短期金利ではなく、長期金利までもが物価上昇率にも満たない低水準で推移するという、不自然極まりない前提が設定されているのです。とりわけ、目立ちやすい目先の数年間について、名目経済成長率や消費者物価上昇率に対して、利払費が増えずに済むような恣意的な前提が設定されているといっても過言ではないでしょう。なぜ、そのようなことをするのでしょうか。あくまで推測ですが、増税にせよ歳出削減にせよ、痛みを伴う話を国民に対して切り出したくない現政権が、まともな財政再建策に取り組まずにやり過ごすことに「お墨付き」を与えるためなのではないでしょうか。 

 

さらに、内閣府の「名目経済成長率」の設定水準の高さも問題含みです。名目経済成長率とは、実質経済成長率と物価上昇率の和で示されるものです。 

 

「名目経済成長率」=「実質経済成長率」+物価上昇率 

 

図表2-5から明らかなように、内閣府は、物価上昇率は高くなったとしてもせいぜいこの先も2%程度で収まる状態が継続すると楽観視しつつ、「実質経済成長率」を高めに見積もる形で、「名目経済成長率」を高めに設定しています。 

 

一国の「実質経済成長率」がどの程度の水準になるのかというと、短~中期的な景気変動要因を除外して考えれば、中長期的には当該国の「潜在成長率」に等しくなります。「潜在成長率」とは当該国の経済活動の強さ(=経済の活力)を示すもので、図表2-6(の右図)のように、ヒト(労働投入量)、カネ(資本投入量)、技術革新力(全要素生産性=TFP)という3つの要因がどうなるのかによって決まってきます。 

 

我が国の場合、「ヒト」要因(労働投入量)は、少子高齢化による人口減少傾向にあるため、この先潜在成長率を押し上げる方向に寄与することはおよそ期待できないことは誰の目にも明らかです。移民を積極的に受け入れる気運は乏しく、あとは女性や高齢者の労働参加率をどれだけ上げられるか、というあたりが関の山です。「ヒト」要因が潜在成長率を押し下げる方向に作用することをどこまでくい止められるか、というのが現実的な課題でしょう。 

 

移民が流入してき過ぎて困っているくらいの米国とは雲泥の差で、同国では独立財政機関である議会予算局(CBO)が、移民の流入増のペースが統計上明確になったという理由で、2024年春に公表した米国の経済見通しを引き上げたりしているほどなのです。移民の流入が続いているのはカナダや欧州各国も同様です。こうした背景もあって、主要先進国のなかでは、我が国の潜在成長率は最低となっているのです(図表2-6の左図)。 

 

しかしながら、こうした、「実力度外視」の前提に基づく経済・財政見通しは、果たして現実的と言えるのかどうか。これまで内閣府の経済財政試算が何度も繰り返してきたように、今回の試算もまた「絵に描いた餅」に終わるのではないでしょうか。 

 

経済の話は専門的で、一般的にはわかりにくいとよく言われます。内閣府はそれをよいことに、こうした不自然な、恣意的な前提のもとで経済財政試算をしているのかもしれません。それを私たちが鵜吞みにして、我が国の財政運営の先行きを楽観視して安易にやり過ごしてしまったらどうなるか。単に、絵に描いた餅で終わることにはならないのが国の財政です。気が付いた時には財政運営をめぐる情勢が一変し、追い込まれていた、となれば、困るのは誰でしょうか。一番困るのは、内閣府でも時の政権でもなく、大幅な歳出カットや大幅な増税という急激な財政調整の負担を余儀なくされる私たち国民なのです。 

 

河村小百合による、『日本銀行 我が国に迫る危機』(第45回石橋湛山賞受賞)も好評発売中! 

 

河村小百合、藤井亮二 

 

 

 
 

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