( 259621 ) 2025/02/03 16:09:31 0 00 写真はイメージ ©getty
2018年に強行採択された、通称“カジノ法案”ことIR実施法…。日本にカジノができる未来は迫っており、経済効果をもたらすことばかり喧伝されているが、現実はそう単純ではない。ここではカジノ誘致がもたらす「負の側面」を、長年、精神科医としてギャンブル依存症患者とその苦しみに向き合ってきた帚木蓬生氏の新刊『 ギャンブル脳 』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/ 後編 を読む)
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スポーツ賭博の解禁やオンライン・カジノの合法化でも分かるように、日本人の考え方の特徴は、「舟に乗り遅れるな」と「経済優先」です。そこには全体を見渡す広い視野もなく、歴史から学ぶという視点もありません。かつて日本がエコノミック・アニマルと言われた通りであり、あと先を考えない刹那主義に今でも染まり切っています。言うなれば、ギャンブル脳の三だけ主義のうち「今だけ」「金だけ」なのです。もうひとつ「自分だけ」というのも揃っているのかもしれません。
何となれば、日本でカジノ解禁の風潮が生まれたのも、カジノによって自分の地方を潤おそうという「自分だけ」の発想だったからです。
日本に存在していないカジノを解禁しようという発想は、二十一世紀にはいろうとする1999年に、突如として出現しました。石原慎太郎都知事による「東京都カジノ構想」です。これは、あと先を考えない東京都の収益を見込んでの「金だけ」「自分だけ」の着想でした。
3年後の2002年に、自分もその利益に浴しようと手を挙げたのが、荒川区と大阪府、宮崎県、岐阜県、石川県加賀市でした。「カジノ特区」を申請したのです。翌年、「第一回日本カジノ創設サミット」がさっそく開催されています。乗り遅れてはならないとする、「今だけ」主義の首長たちが集まったのです。
同じ年の2003年には、さっそく「今だけ」を狙っての「地方自治体カジノ研究会」も発足しています。都知事が花火を打ち上げてからわずか4年の間に、構想は全国に広がったのです。
そして2010年、カジノができれば新規の政治献金が見込めると思った議員たち74人が鳩首します。超党派議員から成るIR(統合型リゾート)議員連盟が結成されます。その後、これには200人以上の議員が参加し、2013年には最高顧問の一人に安倍首相が就任します。不参加は社民党と共産党の議員のみでした。
安倍首相は、このときパチンコ・パチスロ機メーカーのセガサミーの会長とは懇意であり、息子と娘の結婚式にも出席する仲でした。
このIRという用語そのものに、胡散臭さがありました。カジノ施設の他に国際会議場やホテル、レクレーション施設、展示施設、ショッピングモール、劇場、シネマコンプレックスを含んだ複合施設を意味します。IRにも、統合型リゾートという呼称のどこにも、カジノという言葉は見えません。これも、「ギャンブル等依存症」の「等」でパチンコ・パチスロを覆い隠した、国家公安委員会と警察庁の手口と同じです。
もうひとつ、このIRは民間事業者が運営します。つまり、江戸時代でいえばヤクザに賭場と旅籠を任せるのと同じなのです。公営ギャンブルやパチンコ・パチスロには、まがりなりにも所轄する省庁がありました。しかしIRの中のカジノには所轄する役所はなく、内閣府が関与するのみです。国交省の関与はつけ足しです。関与ですから大きな口は利けません。ただ裏金に等しい何かの利益を独占するだけでしょう。それでもうまい汁になります。
そのうまい汁を狙ったのが、日本維新の会でした。橋下大阪府知事が、「大阪は汚い物を含め、何でも引き受ける」と発言したのを覚えています。その後、2013年に、カジノ解禁の法案を提出しました。
しかし2014、2015年と、いずれも法案は採択されず、廃案になりました。
とはいえ、日本維新の会のカジノへの執念は消えません。虎視眈々と、ほとぼりが冷めるのを待っていたのです。いったん走り出すと、もう止まらないのが日本人の特徴で、引き返せません。
一方で安倍首相も諦めてはいませんでした。大統領に当選したばかりのトランプ氏に会いに行ったのが、2016年11月17日です。大統領に就任する前です。そのあとすぐトランプ氏をトランプタワーに訪ねたのが、ソフトバンクの孫正義社長でした。不思議なことがあるものだなと感じたのはそのときです。
実は孫社長はトランプ氏の恩人だったのです。トランプ氏はかつて米東海岸で、友人のユダヤ人シェルドン・アデルソン氏と同じくカジノ・ホテルを経営していました。しかし不況で倒産寸前のところを、2人とも孫社長に金銭面で助けられたのです。
これで2人は命長らえて、アデルソン氏はマカオやシンガポールでカジノを経営して大成功を収めます。イスラエルでも無料の日刊紙を発行し、旧友のトランプ大統領の大口献金者になります。
ですからトランプタワーでの会談で、トランプ氏は安倍首相に、「カジノがないのは先進国で日本ぐらいだ。世界の120ヵ国以上が認めている。造りなさい。親友のカジノ王を紹介するから」くらいはもちかけたはずです。
安倍首相はすぐにカジノ法案を提出、衆議院の内閣委員会で審議が開始されたのが11月30日でした。審議時間6時間で12月2日に可決され、12月6日に衆議院本会議に回されます。これは臨時国会の延長によるもので、すんなり通過します。すぐに参院に送られ、12月15日の未明に衆院本会議で可決されます。それまで度々廃案になってきたことを考えれば、法案提出からわずか2週間という電光石火の早業でした。
カジノ解禁は、日本の歴史が始まって以来の大きな政策変更でした。つまり国家の理念の変更なのです。というのも先に述べたように、カジノは民間に丸投げした賭博であり、歴史上長く保持してきた政策をひっくり返すものなのです。にもかかわらず、たったの2週間の議論だけでの転換で、有識者会議さえも作られなかったのです。これこそ「今だけ」主義の発露です。
IR実施法が国会に提出されたのは、それから1年半後の2018年4月27日です。さすがに建国以来初めてのカジノ解禁ですから反対意見も続出して、なかなか決着がつきませんでした。再び廃案になるのを恐れた自民党と公明党そして日本維新の会によって、7月20日に強行採択されました。
このとき賛成した公明党に対して、私自身は、日蓮上人も泣いているだろうなと思ったものです。ギャンブルなど、日蓮上人にとっては罪であり謗法(ぼうほう)のはずだからです。
翌2019年4月にはIR施行令が発布され、2020年1月7日にはカジノ管理委員会が設置されました。事務局は95人体制であり、年間25億円の予算が組まれたのです。安倍首相のトランプ氏訪問から4年も経たない早業でした。あと先を考えない「今だけ」、収益だけを目指す「金だけ」、そして自分たちだけが得をすればよいという「自分だけ」の見本だったのです。国民は全く蚊帳の外に置かれたままでした。
あれよあれよという間の、手品じみた動きだったので、この施行令の内容も周知されないままでした。いかに不合理な中味なのか確かめましょう。
まず24時間の365日営業です。つまりカジノは休みません。いつでも開いています。次に事業者は、客に資金の貸しつけができる特定資金貸付業務が認められています。つまりパチンコ・パチスロ店にATM機が設置されているのと同じで、客はツケでいくらでも現金が引き出せます。
ギャンブル症の予防として、おためごかしに設置されているのが、週3回、月10回の入場制限です。そうはいっても、連続3日間72時間はギャンブル場に入り浸り可能です。これでギャンブル脳ができ上がる可能性は、大いにあります。
大問題なのは、射幸性の制限もなく、賭け金の上限額もないことで、事業者を大いに喜ばす内容になっています。
次にIR全体に占めるカジノの面積ですが、3パーセント以下と定められているのみで、広さの上限はありません。IRが広ければ、カジノの敷地も広くなります。
こうした後ろめたい内容を隠すためか、政府はカジノ解禁の理由として3つの利点を公言しました。経済効果と雇用創出、そしてギャンブル等依存症対策費の捻出です。この雇用創出の見通しとして、ディーラーが二千人、他を含めて5000人の雇用ができると計算しています。これらが本当に実現するのか、他国の例を見てみると実状が判明します。
トランプ氏がかつて逃げるようにしてカジノ・ホテルを畳んだ、米国東海岸ニュージャージー州のアトランティック・シティの例を取り上げます。
年間3000万人を見込んでいた客は、実際はその6分の1の500万人でした。反対に増加したのは、犯罪率、児童虐待、青少年の逮捕、ホームレス、自己破産、乳幼児死亡率、10代の妊娠とエイズだったのです。
このホームレスに関しては、日本も他人事ではありません。貧困者を支援して自立に導く運動をしているビッグイシューが、2019年頃にホームレスの調査をしたことがあります。するとその4割がギャンブル症によるホームレスへの転落だったのです。
軒並み悪いことのみが急増した中で、唯一減少したものがありました。それはカジノ周辺からの商店の撤退で、商店街もシャッターが下りた所ばかりになったのです。こうした景気の停滞の中で、増えたのは市の出費でした。道路の整備や上水道の設置、治安維持のための費用、消防の充実のための出費などがそうです。
人口6万人→1万2000人まで減少、街の治安が悪化しただけじゃない…カジノ誘致に“甘い夢を見た”「韓国とシンガポール」の大失敗 へ続く
帚木 蓬生/Webオリジナル(外部転載)
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