( 259706 )  2025/02/03 17:50:50  
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawf8 

 

都心のマンション価格が高騰し、日本人には手が届かない値段になってきている。不動産事業プロデューサーの牧野知弘さんは「外国人が訪日時の活動拠点としてタワマンを購入するケースが増えているが、あくまで別荘扱いであるためほぼ空き住戸化している」という――。(第2回/全3回) 

 

 ※本稿は、牧野知弘『新・空き家問題――2030年に向けての大変化』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。 

 

■日本のタワマンは「一般庶民価格」 

 

 最近は都心部のタワマンなど超高額マンションの買い手に外国人の姿が目につきます。世界的な好景気とインフレで物価が上がり、たとえば中国の上海や北京では、一般庶民が買い求めるマンションは戸あたり3億円から4億円が当たり前と言われています。 

 

 そんな彼らが日本にやってきて驚くのが物価の安さ。とりわけマンションはタワマンなどが、中国で言う「一般庶民価格」で購入できます。これはもうパラダイスということで、現金でポンと買う人が続出しているのです。 

 

 日本では長期間にわたって大規模金融緩和が行なわれ、世の中ではほぼ金利のない世界が続いてきました。その副産物として円安を誘発。外国人から見た日本の物価は破壊的な安さに映っているのです。1ドルが70円台だった頃の日本人が海外旅行をすると何でも安く思えたのと逆バージョンになっているのです。 

 

■訪日リピーターの「宿代わり」が多い 

 

 さてこうして安いから「ついでに」買ってしまった彼らですが、買った当初の動機を聞くと、日本に旅行などでやってきた時の「宿代わり」というものがほとんどでした。 

 

 まだ多くの日本人は気がついていませんが、今日本にやってくる外国人のうち、東アジア4カ国・地域(中国、韓国、台湾、香港)からの観光客には「ニッポンはじめて!」という人はほとんどいません。 

 

 2019年の観光庁の調査では、香港から日本にやってくる人のうち58.0%が来日は2回から9回、10回以上来日している人は何と29.7%もいます。日本にやってくる香港人の約9割がリピーターということになります。 

 

 彼らから見て日本への旅行は今やまるで国内旅行のようなものなのです。だからいちいちホテルを予約するよりも、活動拠点としてマンションを買っておこうとしたわけです。 

 

 

■家賃100万円で借りる日本人はいない 

 

 しかし、私たちが国内に別荘を持っても、はじめのうちは頻々(ひんぴん)に利用してもそのうち飽きて、行く回数が減るのと同じ。彼らも毎月のように行くわけではないので、こうした住戸が利用回数の減少と共に、ほぼ空き住戸化していきます。 

 

私もある香港人が所有している港区高輪にあるタワマンの運用をお願いされ、現場を見学したことがあります。専有面積約100m2 

の2LDKなので中は広々。でも部屋には生活感がまったくありません。住んでいないからです。 リビングにはソファとテーブルがある程度。寝室はキングサイズのベッドが設(しつら)えてありますが、クローゼットはガラガラです。ベッドの上にはポツンとブランド物のバッグが放置したままの状態です。 

 

 管理、運用している在日中国人によれば、購入当初は頻々に利用したが、ここ2年はまったく利用されていないと言います。 

 

 賃貸も考えているのですが、希望賃料が月額100万円。購入金額が2億円だったので、利回り6%を考えているのでしょうが、このマンションをそもそも月額100万円で借りてくれる日本人は存在しません。仕方がないので放置しているとのことでした。 

 

 家賃を60万円くらいに下げれば可能性があると申し上げましたが、運用担当者は首を振って嘆息するばかり。 

 

■マンション全体の「治安」にも影響 

 

 また売却も検討しているが、このクラスになると日本人の買い手も少なく、中国でも日本で買った超高額マンションがエグジット(売却)できない、という噂が蔓延し始めていて買い意欲が急速に萎(しぼ)んでいるとのことでした。当面空き住戸として放置することになるだろうと運用担当者は顔をしかめていました。 

 

 こうした住戸は一部がインバウンド客に民泊として提供される、日本で暮らす同朋にしばらく賃貸するようなケースもあり、マンション管理規約を守らないなどのトラブルが生じています。 

 

 ただでさえ言葉の違いから意思疎通が難しく、管理ルールの解釈にも齟齬(そご)が多い外国人所有者が、「飽きて」放置する状況はマンション全体の環境の悪化を招いているのです。 

 

 

■「修繕積立金の積み立て」が大不評 

 

 自分が所有しているマンションに興味がなくなると、気になってくるのが毎月請求される管理費と修繕積立金です。自分が利用していようがいまいが、この費用は着実に請求されます。 

 

 特に生活習慣の異なる外国人所有者には修繕積立金の概念はわかりづらいようです。マンションで共用部を中心に修繕が必要であることは承知していても、なぜそのために毎月積み立てを行なわなければならないのかに疑問が湧くのです。 

 

 日本人は子供の頃から、修学旅行に出かけるのに毎月積み立てをする、など比較的なじみのある手法なので当たり前のように受け入れますが、そうした習慣がない外国人からは不評です。彼ら曰(いわ)く「修繕する時に払えばよいではないか。その時にまとめて請求せよ」というのが理屈です。 

 

■外国人所有者の未払いというリスク 

 

 さらに彼らに不評なのは、積み立てた積立金が、所有していた住戸を売却した時に自分の手元には戻らないということです。次に所有する人のために積み立てていたようなもので、この積立金の継承にも異論続出です。 

 

 特に投資として買っている外国人には、しょせん3年から5年でエグジットしようとしているのに、その間の積立金は単なるキャッシュの流出と捉えるのです。 

 

 今後懸念されるのは、使わなくなった日本のマンションで毎月の管理費や修繕積立金を支払わなくなる外国人所有者が増えることです。 

 

 マンション自体に関心がなくなると、関連するコストを負担することに嫌気が差します。日本に住んでいるわけでもないので、やがて支払いをストップする。管理組合としても請求先が外国。督促にも限界があります。未収分は積み上がるいっぽうです。 

 

■「親から引き継いだマンション」が厄介者に 

 

 外国人ばかりではありません。古くなった親のマンションの相続人たちも同様です。マンションもすでに60年の歴史があります。マンションで育った子供も多くいます。今、その親からの相続が発生して、子供が引き継ぐケースが増えています。 

 

 ところが子供たちもすでに自分でマンションを所有しているケースが多く、郊外にある親の古びたマンションにはあまり関心がありません。 

 

 都心部などにあって賃貸需要がある、売却すれば相応の値段で売れるマンションならば資産として相続することは「是(ぜ)」ですが、そうでないマンションはなかなかに厄介者です。 

 

 相続すると毎月、管理費と修繕積立金が請求されるからです。戸建ての家であれば、時折、通風や通水、メンテナンスが必要なのはそれなりに大変ですが、管理費用を請求されることはありません。 

 

■管理組合を悩ませる「消えた相続人」 

 

 ところがマンションは放置できても、管理費、修繕積立金の呪縛から解放されません。築古(ちくふる)のマンションだとすでに修繕積立金の額が何回も値上げされていて月額3万円や4万円になっているケースもあります。管理費と合わせて5万円程度の負担を請求される形となります。 

 

 固定資産税や都市計画税も加えると、何の使い道もない、親から引き継いだマンションを所有し続けるのに年間で数十万円。あまりに重たい負担ではないでしょうか。 

 

 こうした背景のもと、今マンション管理業界を悩ませているのが、親の住戸を相続した相続人が相続の事実を管理組合に届け出ないことです。 

 

 老健(ろうけん)(介護老人保健施設)などに入居してしばらく顔を見なかったおばあさんの住戸。ある月から管理費、修繕積立金の引き落としができなくなる。亡くなって銀行口座が閉鎖されたためです。 

 

 では誰が相続したのだろうか。待てど暮らせど届け出がない。そのうち管理費、修繕積立金の滞納が長期にわたる。分譲当初に提出されていた非常時の連絡先はすでに引っ越ししたのか応答がない。こうした構図です。 

 

 

■マンションも所有者も「老朽化」すると… 

 

 築40年を超えるようになると多くの住戸の所有者は70代から80代です。建物も所有者も老朽化しています。よくマンションは資産価値を重視しろ、などと言いますが、都心ブランド立地のマンションを除けば、ほとんどのマンションは建物の老朽化と共に資産としての価値の維持が難しくなります。 

 

 東京青山にある築50年のマンションなら周囲はヴィンテージマンションなどと言って持て囃してくれますが、横浜の郊外にある同じ築年数のマンションだったら、ただの古ぼけたマンションと言われるのがオチです。 

 

 管理組合で相続人が誰であるかを追いかけるのは大変な作業です。ましてや相続人全員が相続放棄を選択していると目も当てられません。 

 

■「マンション空き家」の呪縛から逃れる方法 

 

 ただ国もようやく重い腰を上げました。 

 

 2024年4月1日より不動産を相続した相続人は相続によってその所有権の取得を知った日から3年以内に登記することが義務化されました。これまでは登記をせず、届け出もなかったものが、相続人の捕捉が容易になったと言えます。 

 

 ただ相続人から見れば、管理費、修繕積立金という負債はマンションを空き住戸化するペナルティのようなものです。そしてこの呪縛から逃れるには売却するしかありません。ところが思うように売却できればもともとそんなに問題はないのですが、最近はなかなか厳しい現実が突きつけられます。 

 

 

 

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牧野 知弘(まきの・ともひろ) 

不動産事業プロデューサー 

東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て、三井不動産に勤務。その後、J-REIT(不動産投資信託)執行役員、運用会社代表取締役を経て独立。現在は、オラガ総研代表取締役としてホテルなどの不動産事業プロデュースを展開している。著書に『不動産の未来』(朝日新書)、『負動産地獄』(文春新書)、『家が買えない』(ハヤカワ新書)、『2030年の東京』(河合雅司氏との共著)『空き家問題』『なぜマンションは高騰しているのか』(いずれも祥伝社新書)など。 

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不動産事業プロデューサー 牧野 知弘 

 

 

 
 

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