( 260116 )  2025/02/04 15:12:14  
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百条委で付箋を掲げ、斎藤知事のパワハラ疑惑を追及する竹内元県議(2024年8月30日) 

 

 パワハラなどの疑惑が追及されてきた斎藤元彦兵庫県知事。百条委員会の報告書は、2月定例議会に提出される見通しだが、事態はまだ沈静化していない。1月18日には元兵庫県議会議員で百条委の委員を務めていた竹内英明氏が亡くなった。自死の背景にはSNS上に拡散された竹内氏への誹謗中傷が指摘されている。竹内氏に何が起きたのか。同氏の妻や同僚議員の証言などから見えてきたものとは…。(文中敬称略) 

 

 (松本 創:ノンフィクションライター) 

 

■ 百条委をリードする存在 

 

 地方議員という仕事は彼の天職だったと思う。そう弔意を告げると、うつむいたまま訥々と取材に応じてくれた元兵庫県議会議員・竹内英明の妻は言った。 

 

 「それしかできなかった人なんで。その仕事を失ったことで、いろんなものが、自分の核みたいなものがなくなって……。 

 

 最後まで仕事を全うできなかったことは、本当に皆さまに申し訳なく思いますし、いろんなふうに言われることも、議員という仕事をしてきた以上、甘んじて引き受けるべきこともありますけども、これまでやってきたことがすべて否定され、終わりになるのは……本人はもう考えることができなくなっていましたんでね」 

 

 早稲田大学時代から政治家を志した竹内は、故郷の姫路で市議会議員1期を経て、2007年から兵庫県議となり、5期目に入っていた。立憲民主党系の会派「ひょうご県民連合」で活動したが、党には所属していない。名刺を裏返せば、「かけた情は水に流し、受けた恩は石に刻む」と座右の銘が刷ってある。 

 

 青臭いほどに正義感が強く、曲がったことや弱い者いじめが大嫌い。調査能力が高く、県財政などの問題で当局を厳しく追及したが、それゆえに信頼されていた。豪放磊落なタイプで職員との付き合いも広く、仕事上の悩みもよく聞いていた──同僚議員をはじめ、彼をよく知る人たちはそんな人物像を語る。「議員が天職」と私が言ったのは、自分が取材で接していた印象だけでなく、そうした評価を踏まえてのことだ。 

 

 兵庫県知事の斎藤元彦と側近幹部らを告発した元県民局長の文書問題調査特別委員会(百条委)で委員を務めていた。パワハラや物品受領(いわゆる「おねだり」)などの疑惑について、職員や関係者から集めた証言や情報に基づき、具体的で詳細な質問を知事らに次々と投げかけた。その質疑で明らかになった事実も数多く、百条委をリードする存在だった。 

 

 それが昨年11月の知事選から一変する。 

 

 

■ 知事選中のSNS攻撃に追い詰められ辞職 

 

 斎藤を後押しするために立候補した「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志が、百条委委員長の奥谷謙一、委員の丸尾牧の両県議とともに竹内を標的とし、街宣やネット動画で「告発文書の黒幕」「家や事務所に行く」「見つけたらSNSで教えて。追いかけるから」などと扇動を繰り返した。それに煽られてSNSや電話による誹謗中傷や脅迫的言動が殺到、竹内は急速に追い詰められていった。 

 

 斎藤が再選された翌日の11月18日、竹内は「一身上の都合」で県議を辞職。一人で事務所を守る妻が立花やその支持者の攻撃を恐れ、議員を辞めてほしいと懇願したことが直接の理由だったが、妻によれば、本人も常に恐怖と不安に駆られ、自宅を出られなくなっていた。辞職後は「自分は負けた、逃げた」という自責と悲観に深くはまり込んでいったという。 

 

 そして、ちょうど2カ月後、自ら命を絶った。50歳だった。 

 

 昨年末から年明けにかけて、精神状態が悪化していったという。きっかけは12月25日の百条委で名前が取り沙汰されたことだった。元副知事の片山安孝や斎藤に対し、県議の増山誠が行った質疑で、竹内に関する根拠不明の話が「疑惑」と称して、いくつも語られた。 

 

 たとえば、告発文書の作成に関与した、「姫路ゆかたまつり」での斎藤の言動をめぐって虚偽情報を発信した、斎藤が片山に文具を投げたという話を捏造した……などだ。 

 

 片山は、まくし立てるようにこう語っている。 

 

 「竹内さんについては火のないところに煙は立たないということですけれども、元西播磨県民局長の奥様のメール(注・県民局長の死後、県議会議事課に送ったもの)の作成に関与してたんじゃないか。また、本人の陳述書の作成に関与してたんじゃないか。こういうことを言われてますんで、ぜひ解明いただかなければいけないのではないかなと思ってます」 

 

 こうしたやり取りを竹内は自宅で見ていたと、妻は語る。 

 

 

■ 妻と見た百条委、「説明も否定もする気力なく」 

 

 「鬱々とした中でも、やっぱり百条委員会だけはと一緒に見たんですけど、こちらにすればいわれのない嫌疑をかけられて。だけど今はもう議員でもなく、反論できる立場にない。説明することも、否定することも、気力が何も残ってなかったんですよね。それにはエネルギーがいるし、静観するよりなくて……。 

 

 選挙中も黒幕だなんだと言われても、こちらは一切発信しなかったので、否定しないのはその通りだからじゃないか、後ろめたいことがあるんじゃないかとか、そういうふうに受け取られることも不本意でしたけども、ただそれを弁明する力が本人になかったんで」 

 

 竹内の死後、TBSの『報道特集』が、竹内がブログなどで発信したゆかたまつりの話に誤りはなかったこと、元県民局長の妻のメールは確かに本人のものであることを確認するファクトチェック報道を行っている。また、文具を投げた話は職員の証言に基づいており、斎藤も片山も百条委で「付箋を投げた・投げられた」ことは認めている。証言の細部に違いはあれ、捏造とは言えない。黒幕説については、荒唐無稽な作り話に過ぎないだろう。 

 

■ 3秒で思いついたウソにファクトチェックが追いつくのか 

 

 だが、そもそもデマの発端を作った立花は、竹内の死が報じられた直後から、「兵庫県警に明日逮捕される予定だった。それを苦に命を絶った」と吹聴した。 

 

 複数の報道機関が県警に取材してこれを打ち消し、さらに県警本部長が「まったくの事実無根」「明白な虚偽が拡散され、極めて遺憾」と県議会で異例の答弁をすると、ネット動画で謝罪したものの、「誹謗中傷した記憶はない。これぐらいで自ら命を絶つ人が政治家をしちゃいかん」と、まったく悪びれていない。先の『報道特集』のインタビューでも、「(竹内が)でっちあげたとは言っていない、疑惑があると言った」と、堂々と虚言を弄していた。 

 

 扇動者は敵と見なした者に対し、なんら根拠のないデマを次々と繰り出す。否定されても、何度でも同じことを繰り返すか、また新たなデマを作る。黙っていれば、「やはり本当だ」と嵩にかかる。扇動された者たちはSNSでこれに群がり、拡散し、やがて自宅や事務所に押しかけたり、路上で本人にスマホのカメラを突き付けたりして、現実の脅威となる。 

 

 マスメディアがファクトチェックすべきだというのはその通りであっても、3秒で思いついたようなデマを検証するにも、時間と労力がかかる。到底追いつけるものではない。 

 

 

■ 「デマ扇動がまかり通る社会に彼は絶望した」 

 

 デマによる扇動という悪意の刃に竹内は殺された。そして、死後もそれは止んでいない。 

 

 そういうことがまかり通る社会に彼は絶望したのだと、会派の同僚だった県議の迎山志保は言う。頻繁に連絡を取っていた迎山は、知事選の最中に竹内が陥った絶望をこう語る。 

 

 「SNSの誹謗中傷を恐れてはいましたが、それ以上に身近な、信頼関係にあると思っていた人までがデマを信じて真偽を問いただしてきたり、竹内さんの情報をネットに漏らしたりしていたことがあり、大きなショックを受けていた。『自分がやってきたことは何だったのか。誰を信用したらいいのか』と。 

 

 最後のダメ押しは、やはり選挙結果です。翌朝、彼が辞職届を出す前に電話でしゃべったんですが、『今の社会ってこうなんやな。自分にできることはもうないわ。政治家としてやっていく自信もない』と打ちひしがれていました。『自分が情けない、無力や』って」 

 

 私は、県議を辞職した直後の竹内に話を聞かせてほしいと何度かLINEでメッセージを送った。取材依頼が相次いでいたはずだ。精神的負担をかけるのは本意ではないが、彼が辞職に追い込まれた経緯は、どうしても看過できないと考えたからだ。 

 

 返信の文言は、とても以前の彼から想像できなかった。「怖いんです」「お許しください」……議員が天職の正義漢が恐怖に打ち震えていた。 

 

 (続く) 

 

 主な相談窓口 

▽いのちの電話 

(0570)783556(午前10時〜午後10時) 

(0120)783556(午後4〜9時、毎月10日は午前8時〜翌日午前8時) 

▽こころの健康相談統一ダイヤル 

(0570)064556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる) 

▽よりそいホットライン 

(0120)279338(24時間対応) 

岩手、宮城、福島各県からは(0120)279226(24時間対応) 

 

松本 創 

 

 

 
 

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