( 260266 ) 2025/02/04 18:00:00 0 00 地方のクルマ社会イメージ(画像:写真AC)
先日、「地方暮らしはクルマがないと生活できないは9割甘え」という投稿がネット上で物議を醸した。この発言に対し、地方の実情を知る人々から批判が殺到した。
批判者からは、
「近所のコンビニまでクルマで15分ちょい。ショッピングモールは100キロ以上先」 「クルマがないと生活できないは甘えって思っている人は一度クルマなしで1、2年ド田舎に住んでみてほしい」
といったリアルな意見も寄せられ、はからずも地方の交通インフラの実情が明らかになることとなった。
筆者(昼間たかし、ルポライター)はこれまで全国各地を取材してきた。その経験から、日本の多くの地域ではクルマなしで十分な生活を維持することは難しいと考えている。
福岡県北部の福津市は、2005(平成17)年に旧福間町と旧津屋崎町が合併して誕生した。福間駅から博多駅までは快速で25分、特急なら15分という好立地にあり、福岡市のベッドタウンとして発展を続けている。人口も増加傾向にあり、2017年1月末の6万1773人から、2024年12月末には6万9186人へと着実に伸びている。取材を通じて住民の声を聞くと、多くが「住みやすい」と口にするものの、その言葉には決まって「クルマがあれば」という前提が付く。
福間駅周辺ではマンション建設が進み、一定の商業施設も集積している。しかし、市内で最も賑わうのは、駅から循環バスで約8分の距離にあるイオンモール福津だ。その他の商業施設も、イオンモールが立地する国道3号線沿いや、県道97号線沿いに集中している。福間駅を中心に路線バスが運行されているものの、その利便性はクルマには遠く及ばない。
同様の状況は、福岡県内の他の都市にも見られる。例えば糸島市は、福岡市内から電車で40分足らずとアクセスが良く、風光明媚な環境も相まって首都圏からの移住者も多い人気エリアだ。しかし、ここでも日常生活にはクルマが欠かせない。
糸島市には「JA糸島産直市場 伊都菜彩」という人気の市場があるが、訪れる際に最寄りのJR筑肥線・波多江駅から歩いて向かう人はほとんどいない。実際、取材時に徒歩でアクセスしていたのは筆者だけだった。
深刻なのは、県庁所在地のような地域の中核でさえ、クルマ依存が常態化していることだ。例えば秋田県秋田市では、中心部ですら歩行者の姿が少なく、市民の移動手段はほとんどクルマに限られる。駅から少し離れた場所へ向かう場合、運行頻度の低い路線バスを待つ必要があり、日常の足として利用するには心もとない。この時の目的地は秋田大学だったが、結局、歩いたほうが早かった。
高齢化社会のイメージ(画像:写真AC)
こうした状況は、東京、大阪、名古屋、札幌、福岡といった五大都市圏の中心部を除けば、日本のほとんどの地域で当たり前になっている。しかし、クルマ移動を前提とした都市構造は、急速な高齢化という避けられない現実に直面している。
厚生労働省の推計によると、75歳以上の高齢者人口は2025年に2179万人、2055年には2401万人に達する見込みだ。これは2025年時点で日本の総人口の
「18.1%」
が75歳以上となることを意味する。さらに、世帯構造も大きく変化し、世帯主が65歳以上の単独世帯と夫婦のみ世帯の割合は、2030年には26.6%、2035年には28%にまで上昇すると予測されている。
こうした人口・世帯構造の急激な変化は、日本社会の移動のあり方に根本的な見直しを迫っている。とりわけ深刻なのが、いわゆる
「買物難民」
の問題だ。政府資料では「買物弱者」とも表記されるが、クルマなしでは日常の買い物すら困難になる高齢者が今後さらに増えていくことは避けられない。
買物難民の増加は、すでに深刻な社会問題となっている。農林水産省の農林水産政策研究所は、店舗までの直線距離が500m以上で、かつ65歳以上でクルマを利用できない人を
「食料品アクセス困難人口」
と定義している。2020年の国勢調査をもとにした推計では、この人口は全国で904万人に達し、65歳以上の25.6%に相当する。75歳以上に限れば566万人、全75歳以上人口の31.0%にのぼる。
「食料品アクセスマップ」によれば、この問題は地方だけでなく都市部でも深刻だ。東京都内でも府中市は34.7%、八王子市は39.8%と、多くの高齢者が日常の買い物に困難を抱えている。福津市(32.8%)、糸島市(31.3%)、秋田市(31.4%)なども同様の状況にある。
さらに衝撃的なのは、アクセス困難人口の割合が30%を超える地域がひとつもないのは、全国で富山県だけという事実だ。一方、青森県では県庁所在地の青森市(34.9%)を含め、すべての市町村で30%を超えている。秋田県も同様で、30%を下回るのは大潟村(29.4%)のみという深刻な状況にある。
ニュータウン(画像:写真AC)
食料品アクセス困難人口の増加は、主にふたつの要因によって引き起こされている。ひとつめは、地方都市の中心部における商店街の衰退だ。かつて地域の買い物の中心だった商店街は、大型店の郊外移転や新規進出によって客足が遠のき、次々とシャッターを下ろしている。この結果、中心市街地に住む高齢者は、日常の買い物に困難を抱えるようになっている。
ふたつめは、ニュータウンでの商業機能の喪失だ。かつてはニュータウン内にスーパーマーケットを中心とした商業施設が存在し、地域住民にとって便利な買い物環境を提供していた。しかし、クルマでアクセスできるロードサイドの大規模小売店舗に客足を奪われ、これらの店舗は次々と閉店している。その結果、高齢化が進むニュータウンでは住民が買物難民になるという深刻な状況が生まれている。
このように、郊外型の大型商業施設への一極集中は、クルマを自由に使える人々にとっては利便性を高める一方で、使えない高齢者などの生活基盤を脆弱にしている。
この現状は深刻なジレンマを引き起こしている。運転に不安を抱える高齢者であっても、クルマを手放すことができない状況だ。近年、高齢ドライバーによる痛ましい交通死亡事故のニュースが増えているが、免許の自主返納は思うように進んでいない。警察庁の統計によれば、免許返納数は1998(平成10)年に2596件から、2019年には
「60万1022件」
とピークを迎えた。しかし、その後は減少傾向にあり、2023年には38万2957件にまで落ち込んでいる。
『産経新聞』電子版は、この減少傾向の背景として、コロナ禍による高齢者の外出機会の減少が返納の動機づけを弱めたことを指摘している。しかし、もっと本質的な問題は、多くの高齢者が生活のために運転を続けざるを得ない現実にある。つまり、危険を認識しながらも生活を維持するために免許を手放せないという切実な状況が浮かび上がっている。
日本の都市構造がクルマ中心に進化した背景には、高度経済成長期における急速な普及がある。
クルマは移動の自由を大幅に拡大し、かつてない便利さを人々にもたらした。実際、一般家庭の乗用車普及率は1970(昭和45)年に22.1%だったが、1981年には58.5%にまで増加した。この間、クルマの走行性能が飛躍的に向上し、道路インフラも全国で整備され、人々はより遠く、より速く移動できるようになった。
この利便性の高さから、都市計画も徐々にクルマ利用を前提に進められるようになった。その結果、東京や大阪といった大都市圏を除けば、日本のほとんどの地域はクルマなしでは生活が難しい都市構造に変わっていった。
このクルマ中心の都市構造は、特異な特徴を生み出した。1990年代以降、郊外型のショッピングモールが急増し、広大な駐車場を備えた「ワンストップショッピング」型の施設が主流となった。また、市町村合併による行政区域の拡大とともに、病院や図書館、市役所といった公共施設は広範囲に分散配置されるようになった。特に医療機関に関しては、高度医療を提供する病院が郊外に立地するケースが増加した。
さらに、郊外の土地が安価であることを背景に住宅地の開発が進み、スプロール化が進行した結果、通勤や通学にかかる距離が長くなり、既存の公共交通が対応できないエリアが拡大した。
富山市(画像:写真AC)
都市インフラ整備においては、自動車道路の建設が最優先され、歩行者や自転車利用者のための空間整備は後回しにされてきた。このように確立された都市構造は、一度形成されると変更が極めて難しい。既存の建物や道路網を改修するには莫大な費用がかかり、土地利用の変更には地権者をはじめとする利害関係者との調整が必要となるため、都市の構造を変えることは容易ではない。
さらに、長年にわたりクルマ中心で形成されてきた都市では、住民の生活様式や行動パターンがクルマ利用を前提としたものに固定化している。物理的な都市構造を変更できたとしても、人々の行動様式を変えるのは簡単ではない。この結果、クルマに依存しない生活を望む人々にとっても、現実的には極めて困難な状況が続いている。特に高齢者や障害者、経済的な理由でクルマを所有できない人々にとって、現在の都市構造は移動の自由を著しく制限している。
都市構造の改革は、インフラ整備や土地利用計画の変更、人口移動など多岐にわたる要素を含む大規模なプロジェクトであり、計画から実現には膨大な時間が必要だ。しかし、急速に進行する高齢化には時間的余裕がない。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2040年には高齢化率が35%を超え、3人にひとり以上が65歳以上となる。これはクルマ依存型の都市構造に対して重大な課題を突きつける。特に、医療施設や商業施設の再配置は喫緊の課題だ。クルマの運転が困難になる高齢者が増加する中、地方都市では、高齢者が無理なく通院や買い物をできる施設配置の見直しが求められている。
注目すべき取り組みとして、富山市の事例がある。同市では2007(平成19)年以降、「お団子と串」と呼ばれる都市構造への転換を進めている。これは、路面電車やバスなどの公共交通を「串」に見立て、その沿線に病院や商業施設などの都市機能を「お団子」のように集約する構想だ。この取り組みは、クルマに頼らず生活できる都市づくりを目指した先進的な取り組みとして、全国的に注目を集めている。
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