( 260726 ) 2025/02/05 17:02:43 0 00 「日枝氏の辞任」を求める声は日に日に大きくなってきているが……(画像左:今井康一撮影、右:時事)
フジテレビの親会社であるフジ・メディア・ホールディングスに対し、2月4日、同社の大株主であるアメリカ投資ファンドのダルトン・インベストメンツ(以後ダルトン)が3日付で書簡を送付したことを明らかにした。
書簡の中で、フジテレビの取締役相談役を務める日枝久氏の辞任を要求していることが大きな注目を集めている。日枝氏のことを「独裁者」と呼び、「取締役会に対して絶大な支配力と影響力がある。今回のスキャンダルで企業統治が完全に機能不全に陥っていることが明らかになった」と強い言葉で批判をした。
さらに、ダルトンは下記のようにも述べている。
FMH(※)およびフジテレビのガバナンスが直ちに刷新されない 限り、スポンサーおよび協力者は戻ってきてくれないでしょう。
(※筆者注)FMHはフジ・メディア・ホールディングスのこと
■フジテレビにCMが戻ってくる「条件」
フジテレビの危機の端緒となったのが、スポンサーのCM放映見合わせである。では、ダルトンの言うように、日枝氏が辞任すれば、スポンサー企業はフジテレビへのCM放映を再開してくれるのだろうか?
筆者は20年近く広告会社に勤務した経験があり、現在でも業界団体とつながりがある。そうしたネットワークを活用して、広告業界の人たち、広告主(スポンサー企業)にヒアリングを行っている最中だ。
まだ途中段階だが、フジテレビのCMが復活するための条件が、ある程度は見えてきている。
現在のフジテレビのCMをめぐる状況は、過去に例のない「前代未聞の事態」であり、人によって認識、見解も異なっているのが実際のところだ。ただし、共通している見解も少なからず見られる。
現時点でのヒアリングの成果を踏まえると、フジテレビにスポンサーが戻ってくる条件は、下記の3点がポイントになりそうだ。
1. フジテレビが人権に配慮した企業に生まれ変わること 2. (1を)広く視聴者が認識・理解をすること 3. 他のスポンサー(広告主)のCM再開の動きがあること この3点に日枝氏の去就がどのように影響してくるのか?
フジテレビ復活の糸口をつかむためには、まずはそこを読み解く必要がある。
■フジテレビが変わるだけでは不十分
このたびの問題は、タレントの中居正広氏の女性トラブルが引き金となっている。そこに、フジテレビ社員のA氏が関与していたことから、個人間のトラブルに限らない、「フジテレビの問題」としてとらえられるようになった。
その後に、週刊誌で報道されていた、トラブル当日のA氏の直接的な関与は否定され、週刊誌も報道内容を訂正するに至っている。
中居氏と女性との間に起きたトラブルの内容が不明の中、上記のような一連の流れが混乱を助長し、人々は「一体何が問題なのだろう?」と疑問に思っているのが現状だろう。
個々の事象の事実関係はさておき、フジテレビは「人権意識に欠けた企業」であり、1度目の記者会見を見るに同社がそれを是正する意向もない――というふうにとらえられたのだ。ここからスポンサー各社のCM放映見合わせの雪崩現象が起きる。
2回目のやり直し会見を経ても、トラブル当日の社員A氏の直接関与がなかったことが明らかになっても、CM再開の動きが起こらないのは、上記1の「フジテレビが人権に配慮した企業に生まれ変わること」ができていないからだ。
スポンサーがフジテレビ以上に気にしているのが視聴者だ。フジテレビがいかに変わろうとも、視聴者がそれを認識し、理解を示さなければ、CMを再開しても逆風にさらされてしまう。
フジテレビは、企業風土の改革を行うだけでなく、それを広く発信していくことが求められる。自社から情報発信をするだけでは不十分で、メディアが好意的に報道してくれることも重要である。ただし、現在の逆風下では、それは決して容易なことではないが……。
さらに悩ましいのが、スポンサー企業は、思いのほか横並び意識が強いことだ。ジャニーズ問題のときもそうであるし、今回もそうなのだが、大手企業が広告契約を終了すると、他社も追随する傾向がある。撤退の雪崩現象が起きてしまったのは、横並び意識、同調圧力が大きく働いたことは否定できない。
1回目の記者会見の終了後、トヨタ自動車、NTT東日本、日本生命、明治安田生命といった大手企業が順にCM放映を見合わせたが、他社はこうした大手企業の動向を見て、自社の対応の判断を行っている。特に、時価総額、売上高で日本一を誇るトヨタ自動車の判断は各社がベンチマークとしている。
撤退は超大手のグローバル企業から始まっているが、逆に復活する際はこれらの企業は後発組に回るのではないかと思われる。これらの企業は、厳しい基準を持っており、復活には慎重になることが予想されるからだ。
■スポンサー側の認識や見解とメディア報道の齟齬
フジテレビでの記者会見では執拗に“日枝体制”の問題が糾弾されたし、その後もメディアは連日、日枝氏のことを報道している。
いまや「日枝氏の首をとる」ことが、メディアの最重要課題になっているようにさえ見える。
当のフジテレビ自身が日枝氏に対する批判的な報道を行っている状況を見ると、いまも日枝氏が「独裁者」といえるほどの存在なのか、実務面まで支配しているといえるのか、不明な点もある。
そして、スポンサー側の認識や見解は、メディア報道とは異なっているのではないか。何より「日枝体制が続く限りCM再開はない」というような説明はしていない。筆者が広告業界にいた経験からしても、彼らはそのような言い方はしないし、そうした発想もしないように思う。
1つ例を挙げよう。
多くの日本企業が、強制労働により収穫されている中国・新疆ウイグル自治区産の綿の使用を中止している。人権侵害行為は習近平政権下で行われているが、企業は「習近平は退陣すべきだ」とまでは言わない。
「権力に屈している」という批判もあるかもしれないが、一企業が他国の指導者に退任を求めることは、内政干渉になるし、干渉したところで何も変わらないだろう。
これは極端な例かもしれないが、他社の経営者の去就に対して、取引先が口を差し挟むことは通常はしないし、しても意味がない。
一方で、スポンサー(広告主)企業はフジテレビの日枝体制を容認しているかといえば、そうともいえないのが実際のところだ。
前に挙げた3つのポイントが、日枝体制下で実現できるのであれば、取引先は文句をいえないのだが、もはやその可能性はかなり低くなってしまっている。
■それでも日枝氏辞任は不可避
ソフトバンクの孫正義氏、ファーストリテイリング(ユニクロ)の柳井正氏のように、広く知られた経営者がいるが、そうした人たちと比べると、日枝久という人物はさほど目立たない存在だ。
年配の方は、1980年代にフジテレビの大人気バラエティ番組「オレたちひょうきん族」に日枝氏が登場したことを覚えているかもしれないし、2005年のライブドアのニッポン放送買収騒動の際にホリエモンこと堀江貴文氏に対峙する(オールドメディアの)経営者としてメディアに出てきたのを覚えているかもしれない。
ただ、一般人の日枝氏へのイメージはその程度ではないかと思う。
ビジネスパーソンはもう少し具体的なイメージを持っているかもしれないし、「フジサンケイグループの独裁者」「オールドメディアの老害」といったマイナスイメージを持っている人もいるだろう。だからといって、日々のビジネスに大きな影響を受けない限り、さほど興味もない――というのが実態ではなかったか。
10時間以上におよんだフジテレビの「やり直し記者会見」の意義は疑問が持たれているが、いくつか成果はあったというのも紛れもない事実だ。
経営者の辞任・就任と、第三者委員の立ち上げという具体的な動きがあったことに加えて、日枝体制と、その問題を世の中に知らしめたという効果もあった。
■フジテレビの「復活への道筋」
3月末に第三者委員会の調査報告が発表され、経営陣が刷新され、社内だけでなく、社外からも経営者が招聘され、若手や女性が取締役に就任する。社内組織も改革され、通報窓口の稼働など、ハラスメント行為を防止する体制が整い、望まない会食への参加も求められなくなり――といった好ましい動きが確認されること。
さらに、それが世の中に広く知らしめられて、視聴者もスポンサー企業も「フジテレビは根本的に変わった」と見なされれば、CM再開の動きは本格化するだろう。
しかしながら、現在に至っては、日枝氏が取締役相談役に留任したままで、それが可能であるとは、ほとんどのステークホルダーが思っていない。
日枝氏が人事権を握っている以上、社外の人材を積極的に登用していく動きになるとは考えにくい。たとえ、改革が実現したとしても、「日枝氏が辞任しないと許さない」という論調になっているメディアが、それを好意的に報道してくれるとは限らない。
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