( 261261 ) 2025/02/06 17:59:52 0 00 日産自動車の内田誠社長とホンダの三部敏宏社長(写真:つのだよしお/アフロ)
(井上 久男:ジャーナリスト)
日産自動車とホンダが進めてきた経営統合交渉の破談が確実な情勢となった。関係者によると、日産が2月3日に開催した執行役員以上が集まる会議で、「自力再建」を目指すことを決め、ホンダにその意向を伝達した。
5日午前に日産とホンダは個別に経営会議を開催し、この問題について議論した。5日午後に開催された日産の取締役会では、昨年12月23日に締結した経営統合交渉に関する覚書の撤回を了承したと見られる。
こうした状況を受けて両社の経営陣が6日に面談し、EV分野での協業は今後も続けるのか、いったん経営統合交渉は打ち切るが、仕切り直して再交渉に向かう余地はあるのか、といった今後の両社の関係の在り方について議論する方向だ。
日産とホンダは昨年12月23日、共同持ち株会社設立による経営統合交渉に入ることを発表。その際にホンダの三部敏宏社長は「経営統合を決めたわけではなく、本日以降議論を深めていく」と説明し、今年1月末までに、経営統合に向けての方針を決める予定だった。
ところが、年明け以降の交渉で、ホンダが日産に対して、共同持ち株会社による統合ではなく、ホンダによる子会社化を打診したことに対して日産が反発。これを受け、方針決定は2月中旬頃に持ち越されることになった。2月13日には両社の24年4〜12月期決算発表が予定されており、その前には結論が出ると見られた。
■ 4万人規模のリストラ必要との声
共同持ち株会社構想では、取締役の過半数と社長をホンダが指名することはすでに決まっていたため、ホンダ主導の経営統合であることは明らかであった。一方で共同持ち株会社の下にぶらさがる日産での人事権などについてホンダは関与せず、一定の裁量を日産が持つ方向だった。
こうした統合スキームが成立するための一番重要な条件として、ホンダは日産に対してリストラを着実に実行して経営再建することを突きつけた。日産はドル箱市場である北米での業績不振と、グローバルに見て過剰な生産能力を抱えており、こうした構造的な課題を抜本的に解決しなければ日産の再生はないと、ホンダは考えたからだ。これはホンダだけに限らず、投資家やメディアも同じ見方だ。
これに対し、日産は昨年11月7日の中間決算発表時に示していた全社員の7%に当たる9000人や生産能力20%の削減を軸にした「ターンアラウンド計画」を進めていた。だが、ホンダ側には実行のスピードが遅いなどの不満が募っていた。
また日産社内では「かつてカルロス・ゴーン氏が行った『リバイバルプラン』並みのリストラが必要。社員数は4万人規模での削減が必要ではないか」という見方も出ていた。実際、1999年に発表したリバイバルプランでは、当時の全社員の14%に当たる2万1000人を削減している。
関係者によると、生産能力の削減については、日産の生産担当の坂本秀行副社長が中心となって策定する案では、ラインの統廃合など中途半端なリストラ案が目立っていた。そのため、「思い切った工場閉鎖が必要なのではないか」という指摘も日産とホンダ両社内で出ていたという。
日産のグローバルでの生産能力は18年時点で720万台あったが、スペインやインドネシア工場などの閉鎖により現在は500万台に減っている。それでも日産の24年度の生産規模は320万台程度しかなく、稼働率は6割程度しかない。一般的に自動車メーカーは稼働率が8割以上ないと利益が出にくいと言われている。
■ 日産再建には大規模な工場閉鎖は不可避か
日産が20年度から23年度まで展開した事業構造改革計画「日産NEXT」を中心となって策定し、生産能力を500万台にまで落とす計画を作ったのは、当時、構造改革担当の専務だった関潤氏(現鴻海精密工業EV事業最高戦略責任者)だと言われている。
その時も「インドネシアとスペインの工場閉鎖に社内の一部が猛反対して、関氏が『いま病巣を取り除かないと、会社全体が腐ってしまうことになる』と強硬に主張して社内を説得した」(日産OB)とされる。
なぜ、大胆な工場閉鎖が必要かというと、今後、日産が再生するためには、取引先に対してこれまで以上に厳しいコスト削減を求める必要があるが、日産自身が身を切る「覚悟」を示さなければ、取引先も納得しないからだ。
工場閉鎖は、再生・反転のための「象徴」として必要であり、これはリストラを成功させるための一つのテクニックでもある。しかし、日産はそこに踏み込めないままでいる。
筆者から見ても、メキシコにある完成車を造るダイムラーとの合弁工場と追浜工場(横須賀市)はどうみても閉鎖すべきだろう。さらに言えば、エンジンなど動力系の生産拠点も、横浜工場を大幅縮小か閉鎖して、福島いわき工場と子会社の愛知機械工業に集約すべきではないか。エンジンや変速機関連でホンダとの共通化を視野に入れれば、こうしたリストラ策は当然出てくる話だ。
日産のターンアラウンド計画の進捗が遅く、リストラ案も中途半端なままの要因について、ホンダ側は日産の内田誠社長が他の役員をコントロールできず、社内を完全に掌握できていないからだと見始めた。要は内田氏のリーダーシップ不足と覚悟のなさから日産のリストラが進まないと見たわけだ。
■ 鴻海が再び動き出すか
リストラ案に限らず、今年1月1日付で実施した役員人事でも、北米事業の責任者で業績悪化の責任があるジェレミー・パパン専務をCFO(最高財務責任者)に、CFOで業績管理などの責任が問われたスティーブン・マー執行役を中国事業の責任者にそれぞれ横すべりさせることしかできず、役員体制の抜本的な変革すらできなかった。
こうした状況で、共同持ち株会社の下に日産を組み込み、日産に対して経営に関する一定の裁量を認めてしまうと、両社が共倒れになるリスクが大きくなると見て、ホンダ側が子会社化を提案した。
三部氏は1月23日に内田氏と、26日には日産のメーンバンクであるみずほ銀行の加藤勝彦頭取と会い、子会社化などについて議論した。みずほ銀行は子会社化に一定の理解を示した模様だ。
こうした動きに対して、日産側からは「12月23日に発表した合意内容について我々は真摯に議論して着実にリストラ計画を進めているつもりだが、ホンダ側の意向が変わって軸がぶれ始めた」との批判も出ていた。
両社間の信頼関係が揺らぎ始め、経営統合に向かうためのハードルが極めて高くなっていた。6日の両社経営陣による会談で、再交渉の可能性を残したとしても、崩れた信頼関係を再構築するのは容易ではないだろう。
交渉破談によって水面下で日産買収を狙う鴻海が正式に動き始めるだろう。鴻海以外にもあっと驚くような外資が水面下で動き始めるのではないか、との見方も出ている。
日産は「自力再建」を目論むが、客観的情勢からみて、それは無理だろう。次の展開でも鴻海を含めて他社と組むしか生き残りの道はないのではないか。
しかし、危機感が乏しい内田社長と配下の役員陣が残ったままでは、ホンダとの統合交渉が破談となった同じような理由から失敗を繰り返す可能性が高い。そういう意味で、日産が再建するには、社長以下の現経営陣を総入れ替えする必要がある。
日産は19年6月に指名委員会等設置会社に移行しており、現在は5人の社外取締役らを中心とする指名委員会が社長を決める体制になっている。指名委員会の動きが遅すぎて内田氏の次の社長を見つけられなかったことも、破談の一因であると言えるだろう。そうした意味で指名委員会の責任も重い。
井上 久男(いのうえ・ひさお)ジャーナリスト 1964年生まれ。88年九州大卒業後、大手電機メーカーに入社。 92年に朝日新聞社に移り、経済記者として主に自動車や電機を担当。 2004年、朝日新聞を退社し、2005年、大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。現在はフリーの経済ジャーナリストとして自動車産業を中心とした企業取材のほか、経済安全保障の取材に力を入れている。 主な著書に『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(文春新書)、『自動車会社が消える日』(同)、『メイド イン ジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『中国発見えない侵略! サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)など。
井上 久男
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