( 261781 ) 2025/02/07 18:08:11 0 00 photo by Getty Images
我が国の財政運営は、このままではこの先、何かのきっかけで、いつ何どき、行き詰まってもおかしくない状態にすでに陥っている。しかも、1,104兆円(2024年度末の普通国債残高の見込み)という天文学的ともいえる借金の大きさと、歴史上かつて体験したことのない厳しい人口減少がもたらす国力の低下を鑑みれば、ついに「行き詰まった」ときに起こる事態は、我が国自身が第二次世界大戦の敗戦直後に経験した苛烈な国内債務調整に匹敵するものにならざるを得ない。
静かに迫り来る財政危機を何とかして未然に回避し乗り切るために、私たちはいま何ができるのか。財政政策と中央銀行の金融政策に精通した日本総合研究所主席研究員の河村小百合氏と前参議院予算員会調査室長の藤井亮二氏が協力して取り組んだ『持続不可能な財政』では、危機的な状況にある日本の財政の現状と再建のための解決策を真っ正面から論じている。
(*本記事は河村小百合+藤井亮二『持続不可能な財政』から抜粋・再編集したものです)
皆さんもご存じのとおり、日本の財政赤字は世界最悪レベルにありますが、財政規律は緩みきっており、改善の動きはほとんど見られません。このような状況が続けば、いつ何時、財政運営が突然行き詰まってしまっておかしくありません。そうした事態は、もはや絵空事ともいえないほど差し迫っているのです。
第2部のシミュレーションからは、我が国全体として今後、改善しなければならない財政収支の幅は30兆円規模に及ぶことになります。いきなりこの規模の歳出削減を行う、あるいは歳入の増加を図ることは困難ですが、財政が危機的な状況にあることを考えれば時間的な余裕はあまりありません。
国債費はすでに市場からお金を借りている以上、今になって返済のお金を減らしてもらうことはできない性質のものですが、それ以外のすべての歳出については例外をなくして聖域なき改革を断行しなければ、我が国の財政が破綻することは明らかです。
『持続不可能な財政』の第3部と第4部では、30兆円ほどの財政収支の赤字幅の改善を図るためにどのようなやり方があるのか、115兆円規模の一般会計の3割に及ぶ財政収支をどうすればよいのか、どの程度の削減が可能なのか、そして歳出削減に限界があるとすれば、誰がどのような負担増を受け入れるべきかを、みなさんといっしょに考えていきたいと思います。
我が国の一般会計の規模115兆円からすると、30兆円の改善というのは並大抵のことではありません。弱者の保護や困っている人の救済を旗印に削減してはならないとされてきた社会保障の分野も、今や聖域として扱うことはできません。
高齢化が著しく進んでいることから、年金や医療、介護などの社会保障関係費は急増しています。一般会計予算に占める社会保障関係費の割合は、バブル期の17%からその後の30年間で34%へと2倍に膨れ上がっています。今後、全人口における65歳以上の比率である高齢化率はさらに上昇が見込まれ、2030年代には3人に1人が高齢者という時代がやってきます。1947年から49年にかけて、毎年約270万人の子どもが生まれた第1次ベビーブームがありました。この時に生まれた「団塊の世代」のすべてが75歳以上の後期高齢者となる2025年は目前に迫っています。医療費や介護費用が急増することは明らかです。
一方、少子化が進み、2023年の合計特殊出生率は1.20と過去最低を更新し、1年間に生まれた子どもの数は73万人です。団塊の世代の4分の1にすぎません。社会保障を支える現役世代の人たちが少なくなっています。もはや現状の社会保障制度を維持することはできなくなりつつあります。
我が国の社会保障制度の基本は老後や病気に備えて、みんなでお金(社会保険料)を出しあってリスクに備える社会保険です。年金保険、医療保険、介護保険など社会保障の重要な分野はすべて社会保険制度です。しかし保険料だけでは制度が維持できないために、多額の税金や国債を発行して調達した財源が投入されています(図表3-1-1)。
保険料の担い手である現役世代が減っていくからと言って、社会保障制度を維持するために無制限に税金の投入や国債の発行による借金で財源を調達することには限界があります。
高齢化によって医療費が急増しています。2021年度の国民医療費は45兆円で、前年度の43兆円から2兆円以上増加し、対国内総生産(GDP)比で初めて8%を超えました(図表3-1-2)。
1人当たりにかかる医療費を見ていきましょう。それぞれの人にかかる医療費は年齢によって大きく異なります(図表3-1-3)。0歳から4歳は病気になりやすくケガもしやすいために、1年間に25万円以上かかり、5年間で100万円を超える医療費が支出されています。成長するにつれて徐々に医療費はかからなくなり、20歳代前半では年間10万円足らずに過ぎません。その後は年齢が上がるにつれて再び医療費がかかるようになり、50歳代前半で乳幼児期と同じ程度の医療費が生じます。
近年は医療技術が高度化し、延命治療が発達したために寿命が大幅に延びています。健康で長生きできればよいのですが、現実は必ずしもそうはなっていません。寝たきりや介護が必要になり、手厚い治療や看護が必要になっています。団塊の世代の全員が75歳以上となる2025年以降は、後期高齢者の数が急増することから医療費の増大がますます加速化します。
我が国では保険証さえあれば「いつでも」「誰でも」必要な医療サービスを受けることができます。1955年頃までは農業や自営業者などを中心に、国民の3分の1に当たる約3000万人は無保険者で社会問題となっていました。1958年に国民健康保険法が制定され、61年に全国の市町村で国民健康保険事業が始まると、国民の誰もが医療保険に加入する国民皆保険の医療体制が確立しました。
現在はすべての国民が加入する医療保険として、(1)地域保険、(2)職域保険、(3)後期高齢者医療制度の3つがあります(図表3-1-4)。国民の誰もがいずれかの保険に加入する体制が整っているのです。地域保険は市区町村が運営する「市町村国保(国民健康保険)」で、主に自営業者や農業、無職の人が加入しています。職域保険は一般のサラリーマンとその扶養親族を対象とするもので、(1)協会けんぽ(主に中小企業で働く人を対象)、(2)組合健保(主に大企業で働く人を対象)、(3)共済組合(公務員や船員など)に区分されます。
後期高齢者医療は75歳以上か、65歳以上で一定の障害を持つ高齢者が加入する独立した医療制度です。後期高齢者医療制度の前身である老人保健制度では、高齢者は市町村国保などに加入しながら「老人保健制度」で医療を受けていたために、現役との保険料が区分されず世代間の費用負担が不明確だ、加入する市区町村によって保険料に格差があるなどの問題が指摘されていました。こうした課題を解決するために2008年4月に独立した制度として後期高齢者医療制度が創設され、老人保健制度は廃止されたのです。
医療保険によって財源の内訳が異なっているので、次に見ていきましょう。厚生労働省が医療費の財源を「見える化」しています(図表3-1-5)。医療費の財源は主に加入者(被保険者)からの保険料と自己負担、国費などの公費です。
まず保険料については、その決め方と額は加入している医療保険ごとに異なっています。
市町村国保の保険料は世帯ごとに収入や資産額、世帯人数などに応じて計算されます。保険料は市町村が決めるので、住んでいる市町村によって保険料の額が違うことになります。
職域保険に区分される協会けんぽ、組合健保、共済組合の保険料は働いている人(労働者)の給与水準によって決定されます。保険料は労働者本人と使用者がほぼ折半して負担しています。これらの後期高齢者以外の保険では、医療費の財源のうち保険料は15.2兆円です。財源全体の6割をまかなっています。
後期高齢者医療制度の保険料は、(1)保険の加入者である被保険者全員が同じように負担する均等割と、(2)負担能力に応じて賦課される所得割から構成されていて、加入者個人ごとに納めます。後期高齢者医療制度に加入する人(被保険者)の多くは現役を引退しています。所得もそれほどたくさんあるわけではありません。制度を維持していくための財源となる保険料の規模はたかが知れています。財源となる保険料は1.3兆円にすぎず、かかった医療費の1割もまかなえていません。
次に医療機関にかかった場合に負担する自己負担額、いわゆる「窓口負担」を見てみましょう。医療機関で治療や入院などの医療サービスを受けた時には、年齢と所得に応じてかかった医療費の1割から3割を負担します(図表3-1-6)。
6歳までは2割の負担ですみますが、それ以上の年齢で69歳までは3割負担が基本です。70歳からは原則2割負担になりますが、現役並みの所得がある人は3割を自己負担してもらいます。75歳以上の後期高齢者は原則1割負担ですが、一定以上の所得がある人は2割負担、現役並みの所得がある人は3割負担のままです。
自己負担額は後期高齢者医療制度以外では4.8兆円と、医療費の2割程度をまかなっています。これに対して後期高齢者医療制度の被保険者の自己負担額は1.4兆円、医療費の8%しか負担していません。そして国費などの公費が医療費財源として用いられています。後期高齢者医療制度以外では5.0兆円の公費が財源として使われて、医療費の2割にとどまります。後期高齢者医療制度では7.9兆円が投入され、医療費の半分近くを公費でまかなっています。
後期高齢者医療制度は、保険料の割合も、自己負担額の割合も低い水準であるにもかかわらず運営できています。これは多額の公費が投入されているからです。さらに、かかった医療費の4割近くの財源を「支援金」が支えています。支援金は他の医療保険から支出された財政資金です。現役世代が多く加入する医療保険から6.5兆円ものお金が「仕送り」として後期高齢者医療制度に投入されているのです。多額の公費投入と現役世代の「仕送り」によって後期高齢者医療制度は維持されています。
しかし後期高齢者がさらに増える2025年以降は、こうした公費の投入と現役世代からの「仕送り」に頼る制度を続けていくことが極めて難しくなっていきます。現役世代の負担が過度に膨らむからです。高齢者は年齢が高いというだけで優遇されている面もあります。家計の金融資産の保有内訳を見ると、60歳以上が我が国の家計の金融資産の6割以上を保有しています(図表3-1-7)。金融資産はリタイアする世代以降が3分の2を持ち、高齢化が進むにつれてその度合いはますます強まっています。
元気で数億円の資産を持っていても年収がゼロの75歳以上であれば、医療機関にかかった時の窓口負担は1割です。貯蓄もなく多くの家族を少ない給料で養うような厳しい生活を送っていても、50歳の労働者はけがをしたときには治療費の3割を支払わなければいけません。世代による不公平と言えないでしょうか。現役世代の「仕送り」にも限界があります。今後も現役世代の負担に甘えたままで後期高齢者のために「仕送り」を続けさせる制度が維持できるとは思えません。
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