( 261941 ) 2025/02/08 04:08:53 0 00 写真=共同通信
埼玉県八潮市で1月29日に発生した道路の陥没事故で、穴に転落したトラック運転手(74)の救助活動が続けられている。発生から1週間が経過したが、陥没の原因と見られる下水道管の破裂で穴の中の水量が増加し、作業はますます難航している。穴の大きさも拡大しており、県によると、当初は幅約10メートル、深さ約5メートルだった穴は2月3日時点で幅約31メートル、深さ10メートル弱に達している。
「事態が悪化する前に、自衛隊などが救助ヘリを飛ばすことはできなかったのか」。刻々と悪化する現場の状況を報道で見て、こう不思議がる声を複数から聞いた。9カ月前まで米国に赴任していた筆者も、「もしこれが米国で起きていたらヘリを飛ばしていたのではないか」と感じていた。米国ではハリケーンや洪水などの災害が起きると、規模にもよるが、地元の消防や警察に加えて州兵が出動することが多い。
調べてみると日本にも、災害時に人命救助に当たれるヘリコプターを所有する組織はいくつかあった。例えば、大規模災害時によく登場する陸上自衛隊や海上保安庁の航空部隊だ。ただ、州知事の判断ですぐに出動させられる米国の州兵とは異なり、日本の場合、自衛隊の災害派遣にはまず都道府県の知事などからの要請が必要になる。
要請がなくても特に緊急を要する場合は自衛隊を派遣することはできる。ただし、総務省行政評価局が発表した2022年の調査リポートによると、「緊急性」「公共性」「非代替性」の3要件を総合的に勘案して判断されるという。
このうち、「非代替性」については、確かに自衛隊を派遣する前に検討すべき組織がある。都道府県や政令指定都市などが、消防や災害対応などの目的で消防・災害ヘリ77機を保有・運用している(24年4月時点)。中でも埼玉県は、消防庁から無償提供されている1機を含め、計3機を運用している。3機以上を運用している都道府県は、全国でも東京や神奈川、静岡、北海道など9都道県にとどまる。
埼玉県で防災ヘリを運用する防災航空隊(埼玉県防災航空センター)のウェブサイトによれば、その発足は1991年。96年には阪神大震災の教訓から大規模災害に備え、防災ヘリ「あらかわ2」を配備した。2012年には、伊レオナルド製の「AW139」2機(「あらかわ3」と「あらかわ4」)が加わり、3機体制となった(ただし、あらかわ2は23年に運航を終了し、後継機が25年4月から稼働予定)。
AW139は、当時としては最新の電子機器を搭載し、出力が大きくホバリング性能にも優れた新型で、自治体の消防防災部門に配備されたのは埼玉県が初めてという。
せっかくの装備も使わなければ意味が無い。25年1月31日、防災航空隊に問い合わせたところ「八潮市の陥没事故については担当が違う」とのことで、埼玉県の危機管理防災部消防課に回された。担当者の答えはこうだった。
「ヘリの使用を検討したかどうかは県では分からない。救助活動をどう進めるかは、基本的に現場の消防局(草加八潮消防局)に任されている。県内のほかの市や県外の消防局の支援を受けているとは聞いている。県が市から受けた報告の内容は、すべてプレスリリースとして発表している。それ以上の情報は持っていないし、答えられない」
●疲れの見える消防局の担当者、ヘリを使えない理由
草加八潮消防局にも問い合わせた。連絡が取れたのは2月3日。担当者は疲れ切った様子ながら、取材に応えてくれた。
「ヘリでの救済は考えなかった。米国であってもヘリでの救助はしなかっただろう」
「穴の周囲では常に陥没の危険性があった。トラックも頭から下へ落ちたので、事故発生直後からキャビン(運転席の部分)が砂に埋まっていた。3人の隊員が下へ降りたが、崩落が起き、退避せざるを得なかった」
「(隊員が)どのような手段で降りていったかは、いろいろなことがありすぎて現時点ではすぐに思い出せない。2人が負傷した。大変危険な状況だった」
現場の混乱ぶりが伝わってきた。隊員3人が実際に下へ降りたのに救い出せない状況だったのであれば、ヘリでも救助できなかったのだろう。持ち上げる力もクレーン車などの重機に比べれば小さい。よく取り沙汰される飛行時の風(ダウンウオッシュ)による影響については、「関係ない」とのことだった。
ただ、事故に遭った男性は事故発生から数時間は呼びかけに応じていたという。その時点で防災ヘリを飛ばし、ホイストケーブルを使った空からのアプローチを試みていれば、救助できた可能性はないのか。
そこで専門家の意見を仰ぐことにした。元陸上自衛隊テストパイロットで、東日本大震災発生時の消防防災ヘリコプターの運用にも詳しい菱川暁夫氏だ。
埼玉県の都市部で防災ヘリを飛ばすことは、技術的に可能だったのか。菱川氏の答えは「現実的ではない」というもの。都市部での人命救助は少し間違えると大きな二次災害につながる可能性があるため、ヘリの活用は簡単ではないという。その上で、問題はむしろ運用面にある点に触れた。
まず、地上での救助活動がすでに進行している場合、そこへさらにヘリを飛ばすとなると、地上の部隊はいったん活動を中断してヘリの邪魔にならない場所に待避。さらに周囲一体を通行止めにして交通を制限する必要もある。こうした作業には相応の時間がかかる。そのため、今回の事例においては現実的ではないという。
さらに菱川氏は、急に地上部隊と航空部隊が共同で活動するとなっても、うまくいかないことが多いとも指摘した。今回の事例で言えば、市の消防隊員と県の航空部隊は別の組織に所属している。互いの作業を邪魔することなく進行させるには、どんな行動が求められているのかをあらかじめ理解しておかねばならない。
東日本大震災の時も、全国の消防から集まった災害ヘリを上手に使えた県とそうでなかった県とで、救助できた人数に大きな差が出たと言う。例えば、ある県では救助の要請がなければ出動しなかったが、別の県では地域をいくつかに分け、その地域ごとにヘリを配備して救助できる人を探し続けたという。つまり、同じ装備があっても運用次第で結果に大きな差が出るということだ。
●一番、悔しいのは現場の消防隊員
「一番、悔しい思いをしているのは、最初の救助にあたった現場の消防隊員に違いない。いたたまれない気持ちになる」
こう話すのは、軍事評論家で元陸上自衛官陸将の山口昇氏だ。東日本大震災では11年3月の発生から9月まで危機管理・復興問題担当の内閣官房参与を務めた。AW139を埼玉県が導入する際の選定委員でもあったという。
空からのアプローチについては、「ヘリを使えないということはない」と前置きした上で、「具体的な状況は現場を見た隊員にしか分からない。ただ私の直感としては、ヘリよりも安定性の高い手段があったように思う」との見解だった。つまり、クレーン車を使った現場の判断と同じということだ。
また北海道・豊浜トンネル崩落事故で埋もれたバスと乗用車の救助活動に当たった経験から、「バスやトラックの部品は想像以上に頑丈で壊すのが難しい」とも指摘した。草加八潮消防局の担当者によると、キャビンは下向きに転落していた。窓か車体を破壊して中の男性を助け出すには、頑丈な壁をぶち破るだけのパワーのある工具が必要になる。その作業をするには、やはりヘリの航空部隊よりも、一度に数人を下ろせるクレーン車やはしご車が向いていたのだろう。
菱川氏も指摘していた市や県、消防庁、自衛隊といった複数の組織の連携については、「防災は県で、消防は市町村の担当になる。ただ災害が起きた場合を想定して日頃から連携をしているため、今回の埼玉県と八潮市の場合も連携が取れていたはずだ」と見解を述べた。ただ、本当に大切なのは、非常時にすぐに個人レベルで連絡が取れるように「お互いのことを『生首で(オンラインや電話などではなく対面で)』知っておくことがとても重要。スマートフォンの番号を知っていてすぐに連絡できるくらいでないと、本当に迅速な連携は取れない」とも話した。
今回、話を聞いた2人が口をそろえていたのは、「(インフラの老朽化が進む日本では)今回のような事態がどこで起きてもおかしくない。事故を教訓に複数組織の連携体制と危険地域のさらなる調査が必要」という点だった。
救助に向けた関係者の懸命な活動が、今も続けられている。今回の経験から学び、一人でも多くの人を救えるよう不断の見直しを行うことが求められる。
池松 由香
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