( 262421 ) 2025/02/09 03:18:07 0 00 (撮影:伊藤菜々子)
犯罪被害者やその家族・遺族が受刑中の加害者に思いを伝えることのできる「心情等伝達制度」。所管するのは法務省矯正局で、犯罪者の教育や矯正に役立てることを目指す。しかし、実際に利用した被害者遺族に聞くと、加害者から期待した返事は返ってこず、再び傷つけられた人もいる。殺人などの生命犯の場合、加害者がなんと返答しようと、亡くなった人は帰ってこない。私たちはこの制度に対する被害者遺族の言葉をどう受け止めればいいのか。2つの家族と、制度化を訴えた研究者、そして法務省矯正局に取材した。(取材・文:藤井誠二/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
そもそも、なぜこのような制度がスタートしたのか。その理由は、日本の刑事司法において、最近になるまで、犯罪被害者への支援がほとんどなされてこなかったことと関係している。
近代的な刑事司法では、私的報復は認められない。その代わりに国家が刑事裁判という厳格な手続きを用いて、ルールに違反した者を裁くことになっている。
今回の心情等伝達制度も、制度上は、「犯罪者処遇」(警察で検挙された者や非行少年が、検察、裁判、矯正、更生保護の各段階で受ける取り扱いのこと)の一部だ。
近代的な刑事司法において、「犯罪者の矯正や更生保護」と「被害者支援」が両立するかという問題は、少年による殺人事件をきっかけに被害者遺族を長年取材してきた筆者にとって、追いかけずにはいられない問いなのである。
太田達也さん(撮影:伊藤菜々子)
法務大臣の諮問機関である法制審議会の部会で本制度の推進を強く主張したのが、同委員だった法学者の太田達也さん(60、慶應大教授)だ。
刑務所に「被害者の視点を取り入れた教育」が導入され始めたのは2000年代初め。およそ20年経つが、太田さんは「今でも、加害者に被害者のことを考えさせるのは報復的な処遇だと批判される」と言う。つまり、犯罪者(加害者)の権利を侵害するということだ。それほど、被害者の権利は刑事司法の中で考えられてこなかったのだ。
太田さんは、犯罪者の矯正・更生保護と被害者支援は両立できると考えているのか。
「そう思っています。今の国(法務省)の考え方では、更生=再犯しないこととされていますが、それだけでは半分。被害者への贖罪に向けた誠意ある対応が不可欠です。更生とは再犯をしないことと、被害者への贖罪の両方が含まれると私は考えています」
もちろん、誠意ある対応をしている加害者もいるだろう。しかしそうでない場合、どのように誠意を育むのか。また、被害者が亡くなっている場合、加害者が反省の色を見せたとして、遺族は受け入れられるのか。「受刑中の心情伝達」は始まったばかりの制度だが、課題は山積している。
呉恵芳さん(撮影:伊藤菜々子)
埼玉県草加市に住む呉恵芳さん(66)は、2012年7月、娘の美樹さん(当時30)を失った。美樹さんは、当時暮らしていたマカオのマンションで、交際中の男性に殺害された。
呉さんは中国上海出身で、美樹さんが9歳の時に日本に移り住み、親子ともに2002年に日本国籍を取得した。日本語と中国語と英語を話すトリリンガルの美樹さんは2010年にマカオで貿易会社を設立、将来はホテル業を営むのが夢だった。
娘とは2、3日に一度は電話で話していた。しかし、その日は何度かけても電話に出なかった。諦めずにかけ続けると、突然つながり、娘の声が聞こえた。「寒い」──。中国語だった。鳥肌が立ち、とてつもない不安感に襲われた。娘の名を呼んだが、電話はすぐに切れた。何度かけ直してもつながらない。
「霊的な話ですよね」と呉さんは言う。「あとでわかったことですが、その4日前に娘は殺されているんです。加害者は、娘の携帯と金銭を奪って、日本に逃げてきていました。あれは娘の魂だったと思いたい……」
すぐにマカオに飛んだ。地元警察がマンションのドアを開けると、美樹さんは血溜まりの中に倒れていた。冷房がつけっぱなしで、血の臭いが充満していた。室内に入ることを止められ、女性警察官に伴われ、建物内の一角に用意された椅子に座らされた。捜査陣が集結してくる。わなわなと体が震え、全身から力が抜けた。
加害者は奪った現金を借金の返済に充てたり、キャバクラで遊んだりするのに使った。逮捕されたのは2013年。2014年に無期懲役が確定した。
(撮影:伊藤菜々子)
呉さんが心情等伝達制度を知ったのは、制度が始まった2023年12月のことだ。
「犯罪被害者の自助グループで知りました。私は迷いなく、すぐに利用しようと思い、埼玉県警に申し込みの方法を教えてもらい、加害者がいる刑務所に出かけて私の思いを聞いてもらいました」
流暢な日本語の語調が強くなる。そして涙ぐんだ。
「いつも妄想していました。犯人にまず聞きたい。おカネが欲しいなら、どうぞ持っていってください。でも、娘の命は、残してほしかった。生きていればおカネは稼げます。でも、亡くなったらその夢すべてが、全部破壊されます。どんなにおカネがあっても、命にはかえられません。それを一番犯人に言いたかったのです。裁判のなかでも犯人はなんにも言わなかった。それを私はずーっと、ずーっと納得できなかった。刑務所にいる犯人にいろいろなことを言いたい、聞きたい。どうして? どうして? と……」
そんな思いを「心情等録取書」に込めた。そして、2024年4月に「心情等伝達結果通知書」が届く。そこには次のように書かれていた。
[被害者のお母さんの生活状況が苦しいことは分かっていたが、自分の想像していた以上に苦しんでいることを聞いてショックだった] [自分の家族の苦しみは考えるけど、被害者のこと、被害者のお母さんのことを考えなければいけなかった。自分の認識が甘かった。何もできなくて申し訳ない、これをきっかけに被害者の方だけを考えていきたい] [公判記録は手元にあり、一人部屋(単独室)のときは、時間があるときに読み返していた。今は雑居(共同室)だから、書類を読むチャンスがないけど、改めて反省の意味も込めてもう一度読み返したいと思う] [事件から12年、被害者のお母さんの気持ちを、苦しみから救ってあげられなかった。申し訳ございませんでした]
呉さんのもとに届いた「心情等伝達結果通知書」の一部(撮影:伊藤菜々子)
12年も経ちながら、遺族のことを想像しなかったのか──。呉さんは愕然としたという。
後日、担当刑務官から「加害者が謝罪の手紙を書きたいと言っている」と連絡があった。呉さんは「直接は受け取りたくないため、手紙を出す気持ちがあるなら私の弁護士のところへ送ってほしい」と返事をした。手紙は来なかった。
「反省していないことがはっきりとわかりました。口先だけの演技なんていくらでもできます。口だけなんです。すべて口先だけ。本当に……孤独です。つらい……。さびしいです……」
呉さんには、謝罪の言葉が白々しく響く。行動が伴わないのに、どうやって誠意を感じればいいのか。
「制度を使ってよかったとは思います。私の思いを加害者に伝えることができた。利用はこの1回だけにしようと思っています」
(撮影:筆者)
制度を介して伝えた被害者の心情は、果たして加害者に響いているのか。香川県善通寺市の秋山隆志さん(55)は、「書類にする段階で感情がはぎ取られてしまう」ともどかしさを語る。
隆志さんと妻の裕紀子さん(53)の娘、実久さん(当時11)が、危険ドラッグを摂取した男が運転する軽自動車にはねられ、意識不明のまま9日後に息を引き取ったのは、2014年2月のことだった。
昨年11月、隆志さんの案内で現場を訪れた。田んぼの中に住居が点在するのどかな風景。郵便局の前を通った。
「加害者は、インターネットで買った危険ドラッグを局止めにして受け取って、すぐに郵便局の駐車場で使用して、運転を始めたんです」
しばらくすると道路が緩やかに右手にカーブする。
「カーブの手前までは時速30〜40キロで走ってきたみたいですが、カーブに差し掛かるところで、ドラッグのせいでカタレプシー(強硬症)という症状が出た。アクセルをベタ踏みにしたまま、100キロ近いスピードであの売店に突っ込んでるんです」
日用品や食料を扱う小さな店の前に、友達と別れたばかりの実久さんがいた。車は実久さんを巻き込んで店に激突し、実久さんの上に覆い被さった格好で動きを止めた。ランドセルのストラップは衝撃でちぎれ、ぐちゃぐちゃに割れたフロントガラスのあちこちに実久さんの髪の毛が食い込んでいたという。
「現場に駆けつけたのは10分後ぐらいですが、車は少し後ろへ下げられ、実久は心臓マッサージを受けていました。助手席のドアをあけて『俺はこの子の父親だ、覚えとれよ』と大声で叫んだのですが、(加害者は)目を見開き、ハンドルを握ったまま固まっていました」
秋山隆志さんと裕紀子さん(撮影:筆者)
隆志さんと裕紀子さんは、2024年3月に心情等伝達制度を利用した。
加害者が収監されている刑務所の被害者担当官らが、善通寺市にある四国少年院へやって来て、その一室で録取が行われた。夫婦一緒ではなく、別々に録取を行った。
激しい怒りは共通しているが、実久さんとの関係は父と娘、母と娘でそれぞれ個別に育んだものがあるし、実久さんを失った悲嘆も、夫婦で完全に同じであるわけではない。一人ひとり、別個の思いを持った人間として、刑務官らには思いをくみ取ってほしかった。
隆志さんの心情等伝達書から抜粋してみる。
[被害者の名前を覚えているか] [自分が起こした事故の内容を覚えているか] [事故を起こした自分は何が駄目だったか理解しているか] [受刑中、何を考えて生きていたか] [今、刑務所にいるが、刑務所にいるだけでは、自分が起こした事故のことは何も変わらないということを知っているか]
次に裕紀子さんの心情等伝達書から抜粋。
[事件から10年が経過した。子どもや娘の同級生を見たり、職場で同僚が子どもの話をしているのを聞くだけで耳を塞ぎたくなる] [加害者は今現在、起こした事故のこと、娘のことをどのように考えているか知りたい] [事故を起こした日や娘の命日を覚えているか知りたい。受刑中それらの日には、何を考えてどう過ごしてきたのか知りたい。また、裁判では、一生かけて償うなどと言っていたが、具体的にどのように考え、どのように行動に移したのか教えてほしい]
事件後に裕紀子さんが心の内を書きつけたノート。「みくあいたい」とある(撮影:筆者)
翌月10日、「心情等伝達結果通知書」が届いた。
隆志さんへの返事には、[実久さんや御家族の方には申し訳ないと思っています。何の落ち度もない実久さんをこのような目に遇わせてしまいました][同じ過ちを二度と繰り返しません]とあった。
裕紀子さんの「一生償うとはどういうことか」という問いに対しては、[彼岸法要や盆法要、2月の慰霊祭に毎年参加し、実久さんの御冥福をお祈りしている]と書かれていた。
秋山さん夫妻は落胆した。判で押したような紋切り型の謝罪で、父の思い、母の思い、それぞれに誠実に向き合って絞り出した言葉だと思えなかったからだ。
通知書によれば、加害者は月に一度、母親と元妻に手紙を送っているという。秋山さん夫妻へは一通も届いていない。それは、[当時のことを思い出してつらい思いをされるのではないか][私のことを忘れたいのではないか]と考えたからだと書かれていた。
夫妻は「2回目の利用はないだろう」と話す。隆志さんは、通知書の言葉を指でなぞりながら、こう言った。
「加害者の反省は、被害者ではなく、自分の家族や元妻に向かっています。それがよくわかりました。私たちが話した内容は、刑務所が書類にする段階で、感情がはぎ取られてしまう。少しでも加害者の心を動かすために、被害者の肉筆や肉声を伝える工夫はできないものか。加害者の返事も、肉筆や肉声で知りたい。もし加害者の心が揺れているのであれば、それこそが知りたい」
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