( 262711 ) 2025/02/09 15:49:28 0 00 石破首相の発言が波紋を呼んだ(写真:AP/アフロ)
中東のパレスチナ自治区ガザの住民を日本で受け入れ、医療や教育分野の支援を提供する案が浮上し大きな論争を招いています。地理的に遠く、日本とは無関係と思われていた難民の問題がにわかに身近な問題となったからです。難民や難民になりかけている人々に支援の手を差し伸べるのは、人道上当然のこととされていますが、そもそも「難民」とはどういう存在なのでしょうか。ガザ住民の日本受け入れの是非を考える前提として、「難民」をやさしく解説します。
(フロントラインプレス)
■ 石破首相の発言とは?
日本政府によるガザ住民の受け入れ検討は、2月3日の衆院予算委員会で浮上しました。
公明党の岡本三成政調会長の質問に対し、石破茂首相が「病気、けがをした方々を日本に受け入れられないか、いま、鋭意努力をしている」と明言したのです。
岡本氏は2017年の安倍政権下でシリア難民を留学生として日本に迎え入れた実例に言及し、「同様のプログラムを中長期的に実現してほしい。日本の教育を受け、大好きになってもらい、いずれリーダーとして地域を発展させる支援をお願いしたい」と発言。すると、石破首相は「どこの大学が受け入れてくれるか。シリアの例をよく参考にしながら、実現に向けて努力をする」と語ったのです。
この発言が伝えられると、インターネットメディアやSNSでは、賛否が渦巻きました。その多くは否定的なもので、滞在にかかる費用や子どもの教育費などで多額の財政負担を強いられるうえ、中東の紛争に日本が巻き込まれる恐れがあるというものでした。
タイミングも否定論に拍車をかけました。イスラエルとパレスチナの紛争の解決手段として、ちょうど米国のトランプ大統領がガザ住民をアラブの周辺国に移住させるという案を示したばかり。このため、石破首相の発言は、国際的には「パレスチナ人の強制移住」に手を貸すものと解釈されかねない、というわけです。
もっとも、石破首相の発言は唐突に飛び出したものではありません。2024年12月には、自民党や立憲民主党など超党派の国会議員でつくる「人道外交議員連盟」のメンバーが首相官邸を訪問。ガザの状況は危機的であるとして、国際的な枠組のなかで難民救済を継続するよう訴えました。さらに議連のメンバーは、世界保健機関(WHO)の要請も踏まえ、負傷したガザ住民らを日本も受け入れるべきだと迫ったのです。
仮にガザの住民を受け入れるにしても、どのような層の人たちなのか、規模はどのくらいなのかなどの詳細は明らかになっていません。それでも、難民受け入れは国際的な人道支援の一環という政府の考えに揺らぎはないようです。
では、そもそも「難民」とは、どのような人たちを指すのでしょうか。
■ 「難民」とはどのように定義されている?
難民は「難民の地位に関する国際条約(難民条約)」の第1条に定義されています。それによると、難民とは「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々のことを指します。
また、紛争などによって住み慣れた家を追われたものの、国境を越えずに避難生活を送っている人々は「国内避難民」と呼ばれています。
国連難民高等弁務官事務所(Office of the United Nations High Commissioner for Refugees=UNHCR)の資料によると、2024年5月現在、迫害や紛争、暴力、人権侵害、気候変動などによって故郷を追われた人は、世界で実に約1億2000万人に達しました。日本の総人口に匹敵する規模です。
このうち、UNHCRが「国際的に保護を必要とする人=難民」としているのは約4340万人。さらに、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の支援対象者は約600万人に達しました。
難民の出身国はアフガニスタン(640万人)、シリア(同)、ベネズエラ(610万人)、ウクライナ(600万人)、南スーダン(230万人)の上位5カ国で全体の7割を占めています。受入国では周辺国が多く、イランやトルコ、コロンビア、ドイツ、パキスタンが上位。一方で故郷に帰還できた人はわずか610万人で、第三国に定住した人はさらに少ない15万人余りに過ぎません。
■ 日本に「難民」、はじまりは「ボートピープル」
日本で初めて「難民」が社会を揺るがせたのは、ベトナム戦争終結に伴うボートピープルの発生でしょう。
ベトナム戦争は1975年、北ベトナムの勝利で終わり、米国が支援していた南ベトナムは崩壊しました。南北ベトナムの統一により、全土が社会主義化すると懸念した南ベトナムの一部の人々は大型のボートに乗って国外脱出を図ります。これと前後して、ラオスとカンボジアでも政治体制が変わり、新体制に馴染めない人々が国を捨てました。ベトナムを含むこれら3カ国の「インドシナ難民」の発生です。
ボートピープルが最初に日本に漂着したのは、1975年5月でした。そして、日本沿岸で漂流しているところを貨物船に救助されるなどして、難民は急増します。日本外務省によると、1975年に9隻・126人だったボートピープルは、1976年に11隻・247人、1977年には25隻・833人に。その後、1982年までは毎年1000人を超す状態が続きました。
日本政府は当初、人道的見地からボート・ピープルの一時的な滞在だけを認めていました。ところが、インドシナ難民の流出が止まらず、東南アジアの各国で難民の漂着が増大するにつれ、日本でも難民の定住を受け入れるべきだとの国際世論が高まっていきます。
そして、政府は1978年に政策を変更し、ベトナム難民の定住を認める方針を決定しました。さらに、定住許可はラオス難民とカンボジア難民へも拡大。最終的には2005年までに1万1000人余りのインドシナ難民が日本に定住しました。
インドシナ難民は、日本の難民政策を大きく変えました。1951年に採択された難民条約についても日本は長く態度を保留していましたが、ボートピープルの急増を受け、1981年に加盟。これに伴って、従来の出入国管理法令を改正し、新たに難民認定制度を導入するとともに、法律の名称も「出入国管理及び難民認定法(入管法)」に変更しました。
■ 難民認定は「狭き門」
こうした結果、制度導入から2021年まで難民認定の申請者は9万1664人に上りました。このうち難民と認定された者は1117人。認定されなかったものの、人道上の配慮を理由に在留を認められた者は5049人でした。申請者数に対し、認定者の割合は1.2%に過ぎません。
出入国在留管理庁によると、この傾向は現在も変わっていないようです。直近の2023年実績を見ると、年間の難民申請者は1万3823人。これに対し、難民認定されたのは2.1%、303人でした。こうした狭き門のため、難民に関する日本の態度は国際的に「冷たい」「消極的」と評価されてきたのです。
このほか、難民の受け入れに関しては「第三国定住」と呼ばれる方法もあります。これは、難民キャンプなどで一時的な庇護を受けている難民を、新たに受け入れに合意した第三国へ移動させ、移動先の第三国において長期的な滞在の権利などを与える仕組みです。
ただ、第三国定住の運用は極めて限定的で、2020年以降はすでに日本で難民認定を受けた者の親族しか受け入れていません。その数も年間60人以内とされています。
日本で難民認定を受けた人は、原則として国民健康保険への加入資格や、条件を満たす場合は国民年金、児童扶養手当などの受給資格を得ることができ、日本国民と同じ程度の待遇を受けることができます。必要があれば自治体を通じて福祉支援を受けることもできます。
■ 安倍政権時代の「シリアの例」とは
日本の難民受け入れは、時々の国際世論にも左右されてきました。それが目立ったのは、内戦が激化し、600万人以上を数えたシリア難民の受け入れです。シリア問題が大きなテーマとなった2015年9月の国連総会で、当時の安倍晋三首相は「日本には人材を育て、人道支援を惜しまず、人権を守ろうと努めた経験がある。その蓄積を今こそ惜しみなく提供したい」と強調。国際協調を重視する考えから、難民支援を強化する方針を打ち出しました。
その結果、数はわずかですが、2017年から毎年数人のシリア人を受け入れ、難民認定しました。このほか、難民認定こそしなかったものの、最大150人の若いシリア人を留学生として受け入れる計画もスタートさせ、現在も続いています。
石破首相がガザの難民受け入れ検討を表明した際、「シリアの例をよく参考にしながら、実現に向けて努力をする」と述べたシリアの例とは、この安倍政権下で始まったシリア支援を指しています。
難民を多く受け入れてきた欧州や中東の国々では、文化や習慣の違いなどから、社会に不協和音も出ています。難民の受け入れは人道上の措置であり、難民条約に加盟する国の義務でもありますが、日本社会は外国人や外国文化を忌避する傾向も強いだけに、慎重な議論が求められそうです。
フロントラインプレス 「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年に合同会社を設立し、正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や写真家、研究者ら約30人が参加。調査報道については主に「スローニュース」で、ルポや深掘り記事は主に「Yahoo! ニュース オリジナル特集」で発表。その他、東洋経済オンラインなど国内主要メディアでも記事を発表している。
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