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初代天皇なのに、教科書に登場するのは「神武景気」だけ。この程度の知識で、ホントに良いのだろうか?

現代ビジネス 2/9(日) 7:01 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/928cd34c13cda7bdc6f5e25e47698ab7b6b4e45b

 

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月岡芳年が描いた「神武天皇」について、神武天皇が日本人にとって「常識」であるものの、生没年や実在性に不明な点があり、その扱いについて『神武天皇の歴史学』(外池昇著)が取り組んでいる。

神武天皇に関する現在の歴史教科書の記述も紹介され、神武天皇が古代から現代に影響を与えていることが示唆されている。

歴史学者の外池昇氏は、古代天皇を近世・近代史のテーマとして研究し、現代の日本社会における神武天皇の影響を考察している。

(要約)

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月岡芳年画「神武天皇」 

 

現在126代を数える歴代天皇の「初代」といえば、神武天皇である。日本人にとって「常識」と言っていいだろう。しかし、その実像は伝説に包まれている。生没年はもちろん実在したか否かも定かでない、この日本史上の「重要人物」を、歴史学の対象としてどう扱えばいいのだろうか。この「意外な難問」に取り組んだのが、『神武天皇の歴史学』(外池昇著、講談社選書メチエ)だ。 

 

奈良盆地の大和三山を望む。 

 

『日本書紀』によれば、日向に生まれ、大和に東征して天皇として自ら即位した神武天皇。なんといっても、これが「日本の始まり」ということになっているわけだが、こうした事績を社会科の授業で学んだのは、戦前の教育を受けた人だけだろう。 

 

では、現在の歴史教科書に神武天皇はどのように書かれているのだろうか。『神武天皇の歴史学』の著者・外池昇氏が、現在の高校で使用されている教科書『詳説日本史』(山川出版社、2023年3月発行)を調べている。 

 

外池氏によれば、この教科書で「神武天皇」の記述があるのは4ヵ所。 

 

1つ目は、『古事記』についての記述の「注」に出てくる。そこには「神話・伝承は、神々の出現や国生みをはじめとして、天孫降臨、神武天皇の「東征」、日本武尊(やまとたけるのみこと)の地方制圧などの物語からなる」と説明している。 

 

2つ目は、これも本文ではなく、幕末・維新期の史料として掲載されている「王政復古の大号令」。その文中に「諸事神武創業ノ始メニ原(もと)ツキ」とある。 

 

3つ目は、明治時代の祝祭日の制定についてだが、これも「注」だ。「『日本書紀』が伝える神武天皇即位の日(正月朔日)を太陽暦に換算して紀元節(2月11日)とし」とある。 

 

そして4つ目は昭和戦後で、ようやく本文で1955〜57年(昭和30〜32)の「神武景気」と呼ばれる大型景気を取り上げ、その「注」に「神武天皇の治世以来の好景気ということで、名づけられた」とある。 

 

〈つまり、神武天皇が高等学校の日本史の教科書に取り上げられる機会は時代も場面もばらばらで、しかも取り上げているとはいっても、4ヵ所のうち2ヵ所は「注」、1ヵ所は史料の中の文言であり、本文として取り上げられているのはただ1ヵ所、昭和戦後期の「神武景気」しかない。〉 (『神武天皇の歴史学』p.18) 

 

〈少なくとも神武天皇についての記述に関する限り、日本史の学習に熱心な高校生が心をこめてこの教科書を読んだとしても、その高校生が神武天皇のことがよくわかるようになるとは全く思われない。それとも、神武天皇についての系統立った知識はなくても、あるいはない方が良いということなのであろうか。〉(同書p.18) 

 

たしかに神武天皇は、生没年どころか実在したかどうかも確認できない「伝説上の人物」にすぎない。しかし、その存在は現代の日本社会にも大きな影響を与えている。 

 

たとえば2016年4月3日には、神武天皇二千六百年式年祭――すなわち神武天皇の没後ちょうど2600年の命日の祭礼が行われ、当時の天皇・皇后(現上皇・上皇后)が秋篠宮らを伴って奈良・橿原市の神武天皇陵を参拝している。歴代天皇の「式年祭」はたびたび行われるが、現在の天皇制は、こうした「伝説」の上に成り立っていることがわかる。 

 

またそれ以上に、先に見た「王政復古の大号令」にある通り、明治新政府は「建武の新政」の後醍醐天皇でも「大化の改新」の天智天皇でもなく、「神武創業の始」を中心的な理念として掲げていた。 

 

さらに、1872年(明治5)の「徴兵告諭」や1882年(明治15)の「軍人勅諭」でも、神武天皇は日本の軍隊の創設者と位置付けられている。近代国家・日本の基本理念の中に、神武天皇はしっかりと組み込まれてきたのだ。 

 

 

昭和15年の皇紀2600年奉祝行事。 

 

本書の著者で成城大学文芸学部教授の外池昇氏は、長年にわたって「天皇陵」と皇族の陵墓を研究してきた。といっても、古墳の発掘調査をする考古学者ではない。近世・近代史の視点から、古代天皇は日本人にとってどんな存在だったのかを研究・考察してきたのだ。 

 

戦前の「皇国史観」を否定することから始まった戦後の歴史学では、神武天皇をはじめとする「神話時代の人物」は、研究の対象外だった。しかし外池氏は、古代史ではなく、近世・近代史のテーマとして、これらをとらえ直したのである。 

 

〈もちろん私とても神武天皇をいわゆる歴史上の人物と同列において考えているのではない。というのは、戦後長足の進歩を遂げた考古学の成果の結果、原始・古代史の実相が明らかとなり、また同時に、『古事記』『日本書紀』の実証的な研究も展開し、神武天皇についての部分等はそのままいわゆる歴史的事実の反映とみなすのではなく、神話・説話等として理解するのが今日の定説である。その点からすれば、確かに神武天皇は非実在の人物に違いない。〉(『神武天皇の歴史学』p.10-11) 

 

しかしそれでもなお、神武天皇をめぐるさまざまな動向には、歴史学として注目すべき価値があるものが数多く含まれている、という。なかでも本書で、特に大きく取り上げるのが、神武天皇の墓地をめぐる謎だ。 

 

〈歴史上の人物として実在が確認できないにもかかわらず、その墓とされるものは確かに存在するのが神武天皇である。しかし、その墓とされる神武天皇陵は、古くから明らかなものとして確定していたのではない。その所在地については古くから諸説があった。すなわち、元禄の修陵で江戸幕府が認めた「塚山」、その付近にあって古くから伝承があり朝廷が関心を示していたと思われる「神武田」、さらに本居宣長・蒲生君平らが唱えた「加志」(あるいは「御陵山」ともいう)の三ヵ所である。〉(同書p.30) 

 

しかし、こうした神武天皇をめぐる論争が、江戸時代以前に大きく問題化された形跡はない。攘夷の気運や幕末動乱の中で、クローズアップされてきたのである。そして、なんとか決着をみるのだが、明治になっても疑念はくすぶり続けたのだった。 

 

また本書では、神武天皇陵に隣接して創建された橿原神宮と、そこに深く関与した奥野陣七という民間勤王家の波乱の生涯、最後の文人画家と言われる富岡鉄斎が「御陵図」にこめた思い、神武天皇陵に冷徹な視線を向けたお雇い外国人など、歴史に埋もれた人々や意外なトピックにも目を向けている。 

 

日本人にとって、神武天皇とは何か――それは、古代史のみならず、近現代の日本社会をも映し出す歴史学の重要テーマなのである。 

 

※著者・外池昇氏のインタビューは〈日本史上の重要人物〈神武天皇〉を、歴史学者はなぜ無視してきたのか?〉を、関連記事〈神武天皇の墓所は三ヵ所あった!? 幕末の混乱期、荒れ果てた「暴汚」「霊威」の地に決定した「ある事情」。〉〈神武天皇が即位したのは、本当に「2月11日」なのか? 最初は別の日だった「紀元節」が、1年で変更された謎の経緯。〉もぜひお読みください。 

 

学術文庫&選書メチエ編集部 

 

 

( 262750 )  2025/02/09 16:30:46  
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- 古代の天皇研究には未解明の点や疑問が多く、特に神武天皇などの初代天皇に関する研究が進んでいないという指摘があります。

このような研究が進むことで、古代史の見方や理解が変わる可能性が指摘されています。

 

- 神話や伝承は各国のアイデンティティ形成において重要であり、古代の建国神話もそれを象徴しています。

日本においても神武天皇などの神話は国家の起源を象徴する重要な要素とされています。

 

- 古代史や皇室に関する教育について、歴史を学ぶことの重要性と神話や伝承を学ぶ必要性とのバランスが議論されています。

また、教科書にどれだけの情報が掲載されるべきか、神武天皇のような存在の取り扱いについても様々な意見が出ています。

 

- 神武天皇については実在性に関する論争や疑義があり、その存在が疑問視される一方で、古代史における重要性や影響力についても考察されています。

また、古代出雲王国など他の古代史に対する興味や研究に対する姿勢も示唆されています。

 

- 日本の教科書において神武天皇の扱いがどの程度のものなのか、その実在性や影響に関しての論議が図られています。

研究者や一般の意見は一致しておらず、神武天皇などの古代天皇に関する研究とアプローチには多様性が見られます。

 

 

(まとめ)

( 262752 )  2025/02/09 16:30:46  
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=+=+=+=+= 

 

神武天皇をはじめとする古代の天皇の研究が進まないこともあるが、進めていくといろいろとおかしいと思うことが出てくるのもあるだろう。伊勢についていえば何故歴代天皇が参詣しなかったのか(持統天皇除く)、神宮の千木の形が祀られている祭神の性別が違うなど今までの古代史が変わるだろう。特に万世一系というものが崩れる可能性はある。自分としては今の皇室が万世一系でなくても尊敬と敬愛の念は変わらないです。 

 

▲192 ▼46 

 

=+=+=+=+= 

 

世界中の国々がそれぞれ建国神話を持っていますからね。もちろんほとんどの人がそれを信じているわけではないけど、民族のアイデンティティとして大切にしていますからね。始祖となる人物が実在したのか虚構なのかは別として、古代からそういう国造りをしてきたということのほうが重要だと思います。 

 

▲130 ▼33 

 

=+=+=+=+= 

 

古墳時代が始まったのは崇神天皇の頃と考えられており、その頃から前方後円墳が作られ全国に広がって行った。纏向に作られた都には、日本の各地から人が集まり、各地の豪族をまとめる連合政府のような性格を持っていただろう。 

それ以前にも、奈良には先祖となる人たちがいたのだろうが、欠史8代にされているように、あまりはっきりした記録はなかったと思われる。また、実質、日本全体を治めるような政府とは言えなかっただろう。 

神武天皇のとき、皇族の先祖は九州からやってきたと書かれているが、漠然とした記憶しかなかったように思う。(奴国由来の、何らかの移動があったかもしれないが) 

その昔、九州北部から稲作が伝播したのは確かだろうけど。 

 

▲59 ▼11 

 

=+=+=+=+= 

 

古事記や日本書紀をまとめた時に必要だったからそういう存在を作り上げただけで、歴史上重要なのは人じゃなくて物語、権威の方でしょう。統治者が神話からの血筋というのは古代の為政者によくある話。自分も壮大な歴史や神秘を感じて大好きです。 

 

▲109 ▼16 

 

=+=+=+=+= 

 

神話の話を時間をかけて、学校で教えることに意義があるんですかね 

今の時代、子供だけは昔よりも学ぶことが多くなっていますよね 

小学校時代から英語教育も始まっているし、情報処理に関する知識や情報端末を使いこなす事は、既に今の時代、生きている人にとっては必須です。AIの進歩も目覚ましいです。 

歴史を学ぶこと重要ですが、神話を学びたいなら、それぞれ学べば良いでしょう。 

大人達だって、古事記や日本書紀があることを知ってても読んだことがある人はあまりいないでしょう。 

 

▲11 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇を言うなら、空の上の高天原から高千穂に降り立ってそこから東へと征服戦争をしたことも、 

アマテラスとスサノヲがウケヒをしてアマテラスの髪飾りから吹き出されて生まれた男神の子孫で、アマテラスが地上に派遣したことも、説話として取り上げないと。 

それを教科書で取り上げるのは難しいから、載せないのだと思います。しかし、古代史について学ぶなら、どの程度の史料価値があるかの検討も含め、議論に上がっていると思いますよ。 

 

▲17 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

我々日本人は上から下まで”曖昧さ”、が好きなんでしょうね。古代史を真面目に研究すれば、万世一系天皇の話が崩れますから、誰も真剣にやりません。個人的には、古代出雲王国の話を読んだり、実際現地に行って関連神社や古墳を訪ねたりして勉強したりしていますが、とにかく根は深いというか、大変難しいというか、何が真実なのか、ということもいろんな角度から調べて自分なりに検証しなくてはいけない。でも我々のルーツは何なのかを知るのは興味があります。 

 

▲32 ▼7 

 

=+=+=+=+= 

 

確かなことを議論するのが科学であり学問なのであれば、 

神武天皇の実在性を話すことに意味はなくて、 

本文でも触れられているとおり、近現代においてその存在がなぜどのように重要視された時代があったのか、ということでしょう。 

それすらもそこまで興味はわかないのですが。 

 

継体天皇の立ち位置はあれで良いのか(王朝の交代だったのではないか?)という話題のほうが、個人的には興味深く感じます。 

 

▲1 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

戦前・戦中の皇国史観が日本を一つにする一方で戦争に利用され戦後GHQにより、教育を禁止された経緯はあるが、正しい日本の成り立ちは知る必要がある。 

外国人から日本の成り立ちを教えてと言われた時、私達は皆が納得出来る建国史を語る事が出来ない。 

 

宮内省は個人の墓として皇統の指定墓の発掘を禁じているが、日本国民が自信を持って祖国の建国史を語れる事の方が大切だと考える。 

 

▲3 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

歴史的に実在がはっきりしている天皇は、継体天皇(けいたいてんのう、在位507年?~531年?) からとされていますね。 

それ以前の天皇、特に初代の神武天皇から第25代の武烈天皇までについては、記紀(『古事記』『日本書紀』)の記述に基づくものの、実在の証拠が乏しく、神話や伝説の要素が強いようです。 

継体天皇については、実際に統治した痕跡があり、記録にもある程度の信頼性があるため、歴史上の実在が確認できる最初の天皇とされていますが、継体天皇につきても即位に関する詳細や、実際の統治の経緯についてはまだ研究が続いているようです。 

伝説でなく、実在の天皇は第何代からなのか、その人物は突如、第◯代天皇を名乗ったのか、日本の歴史の謎は興味深いです。 

 

▲33 ▼10 

 

 

=+=+=+=+= 

 

伝承上の人物なので、取り上げられていないのだろう。しかし、西洋史では、伝説とことわったうえで、ローマの起源に関して、ロムルス、レムルの話が出ていた。神武を含め、継体より前の非実在の可能性が高い天皇に関しては、伝承であることをことわったうえで、「資料」として、まとめて考察を載せてみるのもよい。 

雄略天皇を示す「ワカタケル」の剣が古墳より出土していることや、武烈と継体の間に王朝交代のあった可能性はむしろ載せるべきでは。 

神武天皇に関しては、伝承を信じるなら2600年前の人物なので、まず一次史料の存在しないこと。年代的にお釈迦さまやユダヤ人をバビロン捕囚から解放したキュロス2世よりも古い時代の人物と言うこと(伝承どおりなら)。実際モデルになる人物がいれば、4世紀あたりの人物ではないかという考察を入れてみるのもよい。 

 

▲46 ▼11 

 

=+=+=+=+= 

 

薩摩・岩倉らの天皇を利用した倒幕により王政復古が実現し、明治新政府が急速な富国強兵策を推し進めた結果軍国主義が台頭し昭和20年までに多くの犠牲を出してしまった。もし薩摩・岩倉らが余計なことをしなかったら幕府、朝廷の公武合体による新政権が誕生しており皇国史観に頼らない国際協調による富国強兵策が進められ明治とは違った国の形が形成されたかもしれない。 

 

▲75 ▼28 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇まで遡ると、多くの日本人が考えるのは、神武天皇は神話の領域であり、後世の作り話と思っていると思います。明治時代などは、教科書に載っていました。でも、日本人の多くは、信じていなかったでしょう。少なくとも、半信半疑だったと思います。現代の教科書では、人間の部分からで十分です。聖徳太子や蘇我氏が出てくる頃ですね。時の権力者であった天皇家が、自分たちを正当化するために、神様にまで遡ったのです。庶民の家系図で、大昔の先祖が天皇家や有名な武士につながるというのと同じです。私は、皇室は尊敬しています。神様でなはなく、人間として1000年以上日本のトップにいる方々ですので、尊敬いたします。人間の部分を尊敬しているのであり、神様でなくても結構です。人として尊敬しています。よって、教科書に取り上げる必要はありません。 

 

▲58 ▼46 

 

=+=+=+=+= 

 

〉〈つまり、神武天皇が高等学校の日本史の教科書に取り上げられる機会は時代も場面もばらばらで、しかも取り上げているとはいっても、4ヵ所のうち2ヵ所は「注」、1ヵ所は史料の中の文言であり、本文として取り上げられているのはただ1ヵ所、昭和戦後期の「神武景気」しかない。〉 (『神武天皇の歴史学』p.18) 

 

〉〈少なくとも神武天皇についての記述に関する限り、日本史の学習に熱心な高校生が心をこめてこの教科書を読んだとしても、その高校生が神武天皇のことがよくわかるようになるとは全く思われない。それとも、神武天皇についての系統立った知識はなくても、あるいはない方が良いということなのであろうか。〉(同書p.18) 

 

 

 

神武天皇は存在しません。 

紀元前600年の日本に中央政権は存在しません。 

日本書紀と古事記の後付け設定です。 

歴史上存在しないものを高校日本史の教科書に載せるわけにはいかないでしょう。 

 

▲8 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

初代天皇という位置づけではありますが、英雄的エピソードが満載なヤマトタケルやスサノオと違って、たしかにこれといった物語がパッとは浮かびませんね神武天皇って。古代を扱った作品の中でもとり上げられる率は低めで、天照大御神やニニギと比べても影が薄い印象です。不人気な理由は神話と歴史とのつなぎ目のようなあやふやな立場だからでしょうか。それとワクワクするエピソードに乏しいためかと。 

 

▲10 ▼18 

 

=+=+=+=+= 

 

神話・伝承は、神々の出現や国生みをはじめとして、天孫降臨、神武天皇の「東征」、日本武尊(やまとたけるのみこと)の地方制圧などの物語からなる」と今の教科書にあるようだ。 

いわゆる、神話の世界は「玉虫色」なのだ。 

戦後、敗戦国となって自信喪失した日本人は、なんでも白黒決着の好きな欧米文化に洗脳されました。 

白黒は対決の色で、「玉虫色」は融和の色、愛の色です。 

敗戦前の日本人は、もっと思いやりの深い民族だったはずです。 

敗戦で、何もかも失い身も心も飢えて他者を思いやる余裕すら失った。 

戦前は、あの同盟国であるドイツのユダヤ人排斥にも逆らって何万人もの多くのユダヤ人を救出している。 

敗戦後、勇気ある愛を持っていた日本人はどこに消えたのだろう。 

銭を追いかけるのみになった哀れな日本人の姿はあまりにも悲し過ぎる。 

 

▲22 ▼39 

 

=+=+=+=+= 

 

客観的な証拠のある歴史ではなくて今のところ神話レベルだから歴史科目として扱わないのは自然。南北アメリカように国家成立が近世から近代ならわかりやすいが日本は誇らしくも古過ぎて難しい。邪馬台国とヤマト朝廷は連続か別かなど専門家でも定まらないのを普通教育で扱うは無理だ。神武東征と吉備・出雲、大和盆地先住勢力との関係性から考えるとそれだけで何年もかかる仮説討論なる。面白いとは思うが。ドイツでゲルマン神話、北欧で世界樹神話を歴史科目では扱わない。イギリスはアーサー王を習うかもしれないが歴史科目てなく古典文学だろう。選挙民たる市民良識としては近現代史こそ必修に思う。 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇を語る時には、ぜひ日向の国(宮崎県)を訪れて調査をして欲しいと思います。 

神話の国ですから、伊邪那岐命・伊邪那美命の時代から天照大神、神武天皇に至る系譜のヒントも得られると思います。 

伊邪那岐命が黄泉の国に伊邪那美命を訪ね、そのあまりの恐ろしき変貌に逃げ帰って体を「禊ぎ」をした「みそぎ池」や、神武天皇が東征のために「お船出」をした場所(日向市美々津)などがあり、日本中の神社で神事の前に唱えられる「祓詞(はらえことば)」の中に登場する『つくしの、ひむかの、たちばなの、おどのあはぎはら』・・・ 

の言葉にある筑紫=九州、日向=宮崎ですし、小戸も阿波岐原も実在する地名です。 

阿波岐原には「市民の森」があり、みそぎ池やみそぎ神社、江田神社などがあります。 

宮崎県、市民の森で検索したら、少しは参考になる話があるかも・・ 

近隣の西都市には古墳が多く、最大の古墳は何故か発掘禁止(宮内庁)です。 

 

▲3 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇は先人たちの知恵の結晶だからね。 

ヤマト王権は霊山である三輪山の麓に発生したが、当時中国と国交があって倭国の正統な統治者と認められていたのは北部九州勢力。彼らとヤマト王権はほぼ接点を持つことなく、ヤマト王権が中国と接触する頃にはすでに北部九州勢力は滅亡していた。 

しかし問題になるのは倭国の統治者としてのヤマト王権の正統性だ。中国では王朝の継承は禅譲か放伐しかあり得ない。どちらでもないヤマト王権はそこで北部九州勢力から政権が継続している体裁を整えた。 

それが神武東遷である。 

もっとも畿内勢力は北部九州勢力に征服されたわけではないので、日向から出発させたり熊野に遠回りさせたりと、ヤマト王権を支える豪族を刺激しないようにあやふやな物語展開になっている。 

外交と内政を両立させるための苦心の産物が神武天皇という存在である。先人たちの国造りの努力に敬意を表したい。 

 

▲23 ▼39 

 

=+=+=+=+= 

 

奈良、大阪、京都と多くの天皇陵がありますが調査どころか立ち入りも禁止されています 

現在も朽ちていきつつある資料や文化財も多くあると思われます 

アンタッチャブルで誰も禁忌を犯す一人目になりたくないのはわかりますが 

宮内庁は過去と未来にいつか向き合うべきです 

 

▲77 ▼12 

 

 

=+=+=+=+= 

 

そりゃしょうがないよ?記録どころか文字も無く使ってる言葉さえ今と同じだったかわからない時代だし、そもそも言い伝えでのちの時代の創作も入ってる。だいたいどこの国の創世神話は同じようなもんでしょ?ソレを想像を膨らませつつ伝えていく事が重要じゃ無いかな?そして大学などの機関で精密に調査するでいいんじゃないの。 

 

▲4 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

天照大御神を始祖とする天孫が統治権を与えられて、反抗する在地の豪族や神々を討伐、服従させて日本の支配者として即位する。よくある王権始祖神話で史実とは見なし難い。 

 

ただ神話とはいえ気になるところも。天皇家(大王家)が拠点を置いたのは近畿なのに、なぜか九州からやってきたことになっている。大和王権発祥の地で祭祀の中心であるはずの三輪山の神と大王家の関係があまり良好ではないように書かれている。有力な豪族の祖先の功績だけでなく、反乱や敵対、失政の事実も掲載されている。欠史八代の天皇は架空の人物とされるがその皇后(正妃)が有力な大豪族や王族ではなく奈良県北部の狭い範囲の小豪族出身とされている。 

 

神話とはいえ全くの創作ではなくある程度元になった史実や伝承があったように思える。さらに言えば、だからこそ不自然な部分や都合の悪い事実も載せざるを得なかった。 

 

▲2 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

本を売りたいからワザとやってるのかもしれないけど、古代史や天皇史の研究がどうあったかどうあるべきかと、教科書には直接の関係は無いし、神武天皇の実在性と教科書への掲載量も関係ない。 

 

紙幅にも学習時間にも限りがある中で「神武天皇」に割く必要性は『その程度で十分』と判断されているのだからなんの問題ないし、現在のところ実害も必要性も認められていない。また紙幅が多少増えたとて、より優先度の高い内容などいくらでもある。 

 

本を売るためなのかもしれないが、飛躍し過ぎる者が語るのは「歴史」ではなくただの「娯楽」だ。 

「歴史」と「娯楽」をしばしば混同する傾向が歴史研究や歴史への理解が進まない理由のひとつと考えるが、この記事や紹介してる本も「娯楽」の類として見るべきものだろう。 

 

▲18 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

万世一系も第26代継体天皇以前については謎が多い。 

ただ記紀にあるように神武天皇が日向から東遷する行程の地に現在でも神武天皇休息の場所が数か所確認でき進歩的文化人(リベラリスト)が主張する初代から八代までは架空の人物(欠史八代)だとの主張も根拠が薄く感じられる。万世一系は一部ロマンも含まれるという理解でいいのではと思う。 

 

▲1 ▼7 

 

=+=+=+=+= 

 

かつては、政治的動機をもって皇室の万世一系性が主張されたが、現在ではまた別の政治的動機をもって王朝交代説が唱えられている。 

文献記録の欠如をもって王朝交代説を唱える方々に対しては、それではなぜ「新王朝」は、天命を受けて自らが初代天皇として即位したことを堂々と宣言しなかったのか、という疑問を禁じ得ない。 

 

▲4 ▼12 

 

=+=+=+=+= 

 

それぞれの「日本史上の創始者」が何度も登場するわけでもなかろう。歴史を学ぶのは、現在への投影にその価値があるのであり、「伝承」の存在に教科書が字数を割くのもどうか?4度も時空を超えて出現するだけでもすごいわ。「神武景気」なんて現在もあやかりたいくらいだな。 

 

▲16 ▼24 

 

=+=+=+=+= 

 

天皇で記憶に残っているのは推古天皇?字あってる?女性天皇と覚えている。だから天皇は男性限定にこだわる事が理解できない。比較的女性が少ないだけでいないわけではないし、明治に決めた男尊女卑の塊でしかない法律に縛られているのがおかしい。選挙に関する法律はかなり変更されたのに。蘇我入鹿の時代以前は明確な資料が少ないので教えるのが難しいとは思う 

 

▲40 ▼50 

 

=+=+=+=+= 

 

「教育」は確定した(または確からしい)歴史(事実)について行うもので、研究とは別物。 

「こういう話があります」はあくまで雑談レベルのものであり、教育として行うことは望ましくありません。 

 

これで良いのです。 

これを言い出したらアメリカの一部州では「進化論」ではなく「天地創造」説を教える小中学校があるのをおかしいと言えなくなる。 

 

▲14 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

記事タイトルに惹かれた。天皇が万世一系であることが日本を日本たらしめていることを考えると、日本の起源、神武天皇や欠史八代のことをうやむやにしたままの現状は残念。 

 

ネットでは日ユ同祖論をはじめ様々な考察、それも遺伝子解析や遺跡分析などのファクトベースな仮説論争が盛んで、中には海外の神話と日本の神話がソックリなど驚くようなものもある。学会や保守層はこれらをムキになって反論するが、中には真摯に向き合うべきものも多数。この構図は最近流行りの「オールドメディアの報道しない自由」と重なるのではないか。 

 

個人的には最近、日本という国に興味を持ち、愛国心が芽生えているだけに諸々の垣根を超えて大きな転換期が来ることに期待している。 

 

▲3 ▼17 

 

=+=+=+=+= 

 

自分自身神武天皇と言う存在を知ったのは、高校卒業後に書店で様々な本を乱読立ち読みしていた頃。 

つまり学校教育の場ではこの初代天皇とされる人の事象は一切学んでいない訳だが、これはキリスト教圏の人がキリストの事象を知らないのに匹敵する位異常な事だと思う。 

歴史の授業で教えるには幾分問題があるとしても、せめて国語の授業で昔話の一つとして取り上げる位はするべきだろう。 

何も今の天皇家を崇拝するとかしないとかではなく、自国のルーツに関して何も知らないのはまさに精神的根なし草状態。今の日本の国力低迷の根底にある問題だと考えている。 

こういう記事でもそれを打破するきっかけになるなら大いに結構だ。 

現代ビジネスさんも難しい所なのは理解できる。 

 

▲1 ▼2 

 

 

=+=+=+=+= 

 

奈良時代に編纂された万葉集に仁徳天皇と雄略天皇が詠んだという設定の歌が載ってるが、神武天皇の歌は載ってないと思うので、奈良時代の時点で神武天皇ことイワレヒコ大王は史実の人というより伝説上の人物になっていたのかも。 

民の生活を憂いて3年租税免除した聖王仁徳天皇と、ヤマトの勢力圏を関東地方まで拡大させた覇王雄略天皇のほうが人気があったと思われる。 

 

▲1 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

「神武天皇の存在を証明する事は困難であるが、その不在を証明する事はより困難である」これは史学上の定説です。 

神武天皇が存在しないとする論調が正しいなら、蠍王やギルガメッシュ、黄帝や初代教皇達も存在しなかった事になってしまうのですが。そもそも本当の初代天皇は誰なのか?それが確定出来ない以上神武天皇を初代と見做すしかないと思います。 

日本国の天皇と限定するなら、天智、天武あたりと言えるかもしれないが、倭国の天下治大王は天皇の前身であり、倭国=日本国です。 

やはり神武天皇を初代と見做すか、それが認められず問題があると思うなら、実在が確実視される崇神天皇か継体天皇を実質的な初代と見做すべきです。 

 

▲2 ▼8 

 

=+=+=+=+= 

 

天皇家の始祖というのは朝鮮半島から稲作の技術を持って来た集団のリーダーだったというのは間違いないでしょう。 

これを言うと必ず批判的な声が上がりますが、縄文人しかいなかった日本列島に稲作(食糧の安定)を持ち込んだ渡来人が主導権を握っていったのは自然な流れです。 

天皇家が渡来人の系統でなければ、縄文人の系統であるという事になりますが、その可能性は遺伝子的な研究結果から除外されています。 

 

▲27 ▼47 

 

=+=+=+=+= 

 

伝説があることは紹介してもいいと思うけど、研究が進んでいない、事実を実証できていないことを、必須の知識として教えるのはまた別だろう。 

これが教科書でしっかり扱いなさいと国の政策として進められるようになると怪しい方向に向かっていく。 

「神武天皇の存在をしっかり教えなさい」から始まり、 

「神武天皇の業績を教えなさい」と続き、 

「このようなありがたい祖先に連なる天皇家を崇めるように教えなさい」 

「日本国民は天皇家の下に一致団結することを教えなさい」と、 

いつか来た道へと学校教育を利用しようと画策する存在も見え隠れする。 

 

▲13 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇は、いるかいないか分からない人物だから、歴史の教科書に出てこないのはしょうがない。それがいいか悪いかと言われたら、それでいいと思う。 

それより、明治以降の歴史をキチンと教える方がよい。明治以降の歴史が今の政治経済に大きく影響しているのだから。 

 

▲7 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

私の頃の日本史と違って、日本人の心の拠り所、いたかどうかはわからない「日本にこんなに、すばらしく偉大な人物がいたなんて!日本人はなんて素晴らしいんだ!日本人で良かった!」と思える様な人物、例えば聖徳太子とか、いなかったみたいな扱いになってるらしい。 

 

神武天皇も昨今の感じから考えると、ヘタしたら聖徳太子みたいになりかねないが、そこは天皇家の始祖だから、まぬがれているが、今後はどういう扱いになっていくか注視すべきだと思う。 

 

はだしのゲンなど、多くの国民が「なぜ、学校からなくすの?」という声が多数あるにも関わらず、ロクな説明もなく、一瞬で跡形もなく消し去る教育機関のやり方に非常に疑問がある。 

 

「日本人だったら、これ日本史から消すのおかしいだろ?」という考えは、今後、より大事になっていくと思う。 

 

▲1 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

神武東遷なんて言葉はどこにもない 

正解は神武東征な 

神武東遷という造語は、北部九州勢力に関西の勢力が滅ぼされたという立場をどうしても取りたくない一派が作りあげた造語 

現実は関西の銅鐸国は、北部九州の三種の神器を使う博多湾沿岸部勢力に滅ぼされた 

ちなみに銅鐸国自体も神武東征以前に、北部九州勢が作った国 

神武は、博多湾沿岸から天孫降臨で新しく領地を得た福岡県の東部地区、京都郡の支配を任された将軍。 

しかし、そこは出雲に追放された大国主を慕っていた豪族だらけの豊の国 

なかなか天孫族に従わない現実に嫌気をさし、九州北部勢力が作っている遠い東国、関西の話を聞き、日向つまり博多湾沿岸部に戻り、東征を始めたのだよ 

三種の神器の故郷も博多湾沿岸、邪馬台国も博多湾沿岸。金印もな 

夫婦岩や地名や神社その他様々なものが、のちにに福岡から関西に移っているだけ 

最後の勝者である関西が自分達は福岡きら来たと買いている 

 

▲3 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇以降欠史八代などという学者がいますが、あんまり研究はされておらず放ったらかし状態。研究すれば右翼と思われるからかな? 

神武天皇以降年齢が百歳超えばかりなので創作と扱われてますが創作するならもっと上手く書いたはずです。何かしら意味があった為と思われます。中国の魏志倭人伝には倭国はその俗正歳四節を知らず春耕秋収を計って紀年と為す。と書いてあるので、1ヶ月を新月から満月までの15日とする独自の暦を使用していた為、1年が半年となり、神武天皇は通常の年齢の二倍となったと言う説があります。その後、中国式の暦が持ち込まれ、以前の暦は忘れ去られたけど年齢だけは後世に伝わり日本書紀編纂者もおかしいと思いつつも嘘は書けないから伝わった記録をそのまま記述したと思われます。 

 

▲4 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

神武の事績が全て神武に依るものなのかどうかは別として、初代が居なければ以降を第◯代天皇と定義出来ません。初代天皇たる神武に比定出来る人物は実在したのは間違いありません。 

古事記に落とし込む頃には正確な情報を失っていたのか、或いは故意に暈したかったのかは分かりません。しかし神武以来の天皇と有力氏族が血縁関係である事を書き留めている所には、何らかの意味があると思います。 

初めて他のクニ(文化と氏族の集まり)を従え、親戚となっていった存在が神武天皇。千年経った古墳時代には何も分からないのが自然かもしれません。 

 

▲0 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

昭和天皇が亡くなって直ちに践祚された明仁現上皇陛下が、その直後にテレビ カメラに向かって「我が国の始まりは律令制定の頃」と話しかけられる姿が放映された。 

言葉は続いたはずだが映像はそこで切れた。 

我が国とは日本、律令制定の頃は700年ごろ。 

 

▲2 ▼1 

 

 

=+=+=+=+= 

 

我々は右派だから、天皇の起源は国内でありたいが、客観的な国際情報から、満州から発祥し朝鮮半島を経由し日本列島を軍事侵略したと推認する。今のイギリス王室は1066年にフランスからの異民族の支配であり、イスラエル人の発祥地はパレスチナではなくイラクのウルと旧約聖書に書かれている。あらゆるユダヤ人が本当の祖国はイラクでありパレスチナを軍事侵略した事を自認している。だから日本も証拠に基づかない古代の天皇の歴史はすべて排除すべきだ。 

 

▲18 ▼29 

 

=+=+=+=+= 

 

ハツクニシラススメラミコトという別名がある神武天皇は、同じ名を持つ10代崇神と同一人物だと思います。名前に神が付くのは創始者の意味ではないでしょか。 

その王朝は14代仲哀まで続き、15代応神から次の王朝が始まった。それが21代雄略、22代清寧の辺りまで続いて倭の五王として中国の歴史書に記され、牛飼いをしていた仁賢、顕宗の兄弟が祭り上げられ武烈の暴虐でその王朝は閉じた。そして継体が福井(半島?)からやって来て武烈の娘を娶って女系で繋ぎ欽明を生み大陸系の蘇我氏と結びつき、その後の乙巳の変で又支配者が変わった、と思ってます。 

 

▲2 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

一部の無礼な者は現在神武天皇のY染色体が天皇の資質であるとの意識を隠していない。Y染色体を絶対の価値としてしまった場合、神武天皇や現皇室はアマテラスと神話から切り離され、原人を先祖にもつただの人となってしまう。日本の積み上げてきた天皇への信頼が科学によって否定される土台となってしまうと言うのにだ。(Y染色体を皇位継承の柱と主張するグループが遺伝子調査をしてみたという話は聞かないのが不思議だ。) 

宮内庁の説明によれば「事実として繋がってきた」。こちらが最も重要なのである。また、天皇という称号が使われたのは後になっての事である。 

神武天皇が持ち上げられ、男尊女卑を理由に継承法が作られたのは、キリスト教に代わる根の深い男尊女卑を伴う宗教めいたものが必要だった時代だ。今現在、それを絶対視し現皇室を否定する勢力が敬宮殿下立太子を否定している。敬宮殿下立太子なくして安定的皇位継承はなし得ない。 

 

▲2 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

これだから学校教育の中での日本史がつまらないわけです。 

 

現在まで続く天皇はアマテラスの末裔ということなので天皇の系譜をやればもっと面白いだろうに。 

興味を持った子供は自分で調べ始めてどえらいことに気づく子が続々と増え始めるかもしれないけど。 

 

▲21 ▼27 

 

=+=+=+=+= 

 

僕は初代であると云うことと神武天皇と云う言葉さえ周知されていればそれだけで現在のところは良いと思う。この先、古代史は更新されていく中前の古い学説や考え方に囚われないようあやふやな情報を学ばなくていい。 

 

▲1 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

諸説ありますが、一般的には史実上実在した天皇としては10代崇神天皇もしくは16代仁徳天皇は間違いないというところでしょうか。でも建国記念日は2月11日で良いし、日本の歴史は2600年で問題ないかと思います。 

 

▲12 ▼30 

 

=+=+=+=+= 

 

やはり、どこまでいっても… 

文字を書くことが出来るようになって、 

紙や墨が手に入るようになって、 

「一般人」が文字を理解するようになって、 

 

初めて「書物」となるので…ね。 

 

普通に考えれば、◯◯時代からの逆算して創られた「物語」と考えるのだが…ね。 

あとは「ロマン」の問題です。 

 

▲1 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇の名称は有名ですが、神武天皇生誕地の地ははっきり言って整備されていません。 

天皇制度の賛否はともかく、日本国の一歴史や世界最長の一族、(国民は忘れてしまった)独自文化の継承としてとして、【知識】ではなく【保護保全】して欲しいです。 

 

▲1 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

確かに、西欧で言えばキリストみたいな人なんだから扱いが小さいよね 

想像上の人物とか言われることあるけどそれならキリストが復活したとかモーセが海割ったとか全部似たようなもんだもんね 

自分の国の歴史はしっかり教育すべきだね 

 

▲2 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

歴史と神話をごっちゃに教えてはいけない。古代天皇については今でも確実に実在していた天皇については習うんだからそれでいい。創作だと教えるならいいけど、実在していると子供が信じると危うい。 

 

▲32 ▼6 

 

 

=+=+=+=+= 

 

はっきりさせるとマズい。初代天皇は丹後から進出してきた海部氏で、五十猛の子孫の天叢雲が畿内を統一していた。神武東征とは、物部始祖であるウマシマジが畿内に進出し、賀茂氏のオオタタネコが裏切って畿内に導いた。どちらの先祖も徐福と繋がりがあるので武力で優位の物部が海部の初代大王を初代天皇に改竄した。 

 

▲1 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

よくTiktokとかで自称霊能者、スピリチュアルのひとが神社とか行って神様からのメッセージをもらって伝えてるけど内容は殻を破って、愛をもって、とか誰でも言えることばっかなので是非彼らに神様からこういった日本史の謎を聞いて欲しい。誰1人古代史の謎については聞かないので.. 

 

▲1 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

タイムマシーンでもない限り古事記も日本書紀も本当に正しいか検証する方法はないんだから騒いでも仕方ないじゃんって思う。もしかしたらただの小説的なものだったかもしれない。 

 

▲0 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

連合政権である崇神天皇の纏向政権は、出雲系あるいは日本海沿岸の血筋が入っているかも。 

応神天皇はもともとの大和系、その昔は九州と縁があるという主張はあるのかも。そこに神武天皇というアイコンを置いた。まあ詳細は作り話だろうけど。 

 

▲1 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

日本史とか日本文学を大学で本格的に学ぶなら知識は必要かもしれないが、一般教養程度なら今のままでいいと思います。確か神武天皇も含めて、最初の数人は実在そのものが怪しかったはず。 

 

▲32 ▼8 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇史観に反対する主に左派系の主張は、 

神武天皇が実在したか不明だとか、活躍のエピソードが創作じみているとかを持ち出す。 

しかし海外では、 

国や世界の成り立ちを、神様やお伽話みたいなのを設定している国もある。 

2千年以上前の国の成り立ちを、 

頭でっかちの科学的な思考で縛らなくてもよいと思う。 

 

▲14 ▼41 

 

=+=+=+=+= 

 

当たり前だけど、今皇室が存在する以上、初代は必ず存在するわけだし。 

こうも情報が無いのは、当時の人が敢えて手掛かり一つ残さず、神秘性を高めたのかな? とも思う。 

 

▲3 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

歴史の神話は好きだが…。神話は神話でしかない。夢話。時の政府が何とでも整理断捨離できた。GHQの様に。だからそれは嗜好の問題。 

 

政治家は、あのお方を「ゆるがせ」にしないとか言っている…。 

だいたいあの御方のお相手候補は、「男○○子」の夢話から乖離した現実社会で育った人しかいない。それも健康かどうか明らかにされていない御方に。 

 

今、両親が離婚もしくはうわべだけ夫婦が多い。年頃になっても結婚に魅力を感じない、だから結婚しない。(年収的に無理とも言われるが、しないことも事実。)子はできない。生まれても、昔の様に自然なものがない中で健康に育たない。将来を担う人がいない。変わりゆく社会の現実を見ないで、「ゆるがせにしない」とか言っていると、夢話と現実との乖離が広がり、問題解決から遠くなる。 

 

▲2 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

最初に統一したと言われている人物は秦の始皇帝のように武力に秀でた人だったはず。 

不適切かもしれないが当時は武力無くして統一などあり得ないと思う。 

 

▲13 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

実在したかどうかは置いておいても、日本国は皇室を象徴としていただいてる国な訳だからその初代天皇については日本人としては知っておく必要は有る。 

現在の日本に繋がっているのだから知らない方がおかしい。 

 

▲0 ▼1 

 

 

=+=+=+=+= 

 

>神武天皇は、生没年どころか実在したかどうかも確認できない「伝説上の人物」にすぎない。 

 

日本国民に対して失礼な記事です。イエスキリストやアラーについて同様の表現を使ったらどうなるのでしょう。語句の使い方については極力気をつけるべきです。 

 

▲1 ▼12 

 

=+=+=+=+= 

 

どうしても深掘りしたいなら「歴史」じゃなくて「神話」って枠組みでやってください。生物の授業で大真面目に「創世記にあるように、この宇宙と人間は偉大な神様が作り上げました〜」なんて創造説を教えたりしないでしょ? 

 

▲2 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

教科書に登場する最初の天皇は推古天皇です。だから子供達は彼女が初代天皇だと勘違いするんですよね。中高の教科書よりも、小学校の教科書に神武天皇については言及するべきだと思います。 

 

▲4 ▼16 

 

=+=+=+=+= 

 

どうでも良い話なのでは?今日より明日、明日より明後日のより良い生活を考えましょう。地方創生は待ったなしの緊急課題です。日本の故郷、里山を守らないと。 

 

▲0 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

古事記や日本書紀では神話的に書かれてるからね。 

たぶん古事記や日本書紀が書かれた時に時の権力者に書き換えられたんじゃない? 

神話であのような神社、御陵を作るのかと? 

 

▲3 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

日本の神話を紐解く事が先決では? 

何故、いきなり日本の歴史が「神武天皇」から始まった? 

イザナミノミコト・イザナギノミコト・天照大神等の神話以前は? 

古代人(ネアンデルタール人やピテカントロプス)から神話~「神武天皇」に至る経路は? 

モーガンの「古代社会」マルクスの「資本論」ダーウィンの「進化論」を紐解く事が一歩?ですか。 

 

▲1 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

誰にだって125代前の御先祖さんはいるにせよ記紀のソレを史実として近代国家が教えてたのは噴飯物だ。 

でも昨今の米国のファンダメンタリストが唱える聖書教育とか見てると時代とか文明度とか関係ないのかも 

 

▲7 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

ええんでないのそれで。モデルはいたと思うが、基本的にファンタジーの人なんだから。んで、そのファンタジーの人を神武天皇としたのは7世紀になってからだからね。それ以前は『天皇』では無く『大王おおきみ』だし、『神武』なんて漢風諡号も無かった。 

 

▲33 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

歴史、そして万学の祖である哲学は学んだ方が良いでしょうね。 

古典からな学ぶべきことはたくさんあると思います。 

 

▲0 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

神話のくだりはさておき、天皇という存在が今の今まで続いているのはいろいろな意味で日本らしいな 

否定はしないし今後も続いてほしいと願う 

 

▲0 ▼1 

 

 

=+=+=+=+= 

 

学校の教育に入れたいのなら、もっと歴史な研究を進めることからやらないと、よくわからないことや誤っていることを教えられて、後から変わったなんて言われても困る。 

 

▲4 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

存在そのものがあったのかも分かっていないので、いつ何をしたのかも当然ハッキリするわけがない。 

そんな人を広く国民が深く詳しく知るとか興味を持つとかは無理でしょう。 

 

▲7 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

する方が良くないよ。神話を間に受けて掲載するのは、それを事実と誤認させることに繋がる。2010年代のヤフコメの蛮勇演説的雰囲気なら通用していたかもしれないが。 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇や三種の神器やら。 

神やら何やらの話から天皇の話ってなると途中で?がいくつもあるのだろう。 

それをどうこうハッキリしたら今の天皇の存在も?になるかもね。 

 

▲4 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇以前に神話は小学生くらいに授業で扱った方が良いと思う。 

 

植民地にして征服する時に『その国と言葉と神話を奪えば良い』と言う話があるくらいだからね。 

 

『日本は日本人だけのものではない』としたい連中ほど、日本語と神話を軽視し、排除したがる。 

 

▲3 ▼19 

 

=+=+=+=+= 

 

実在しない人を書きようがないだろう。宮内庁が調査させないのは、都合の悪い物が出土したら御皇室に傷が付くからだろう。 

 

▲20 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

義務教育程度なら神武天皇は神話上の最初の天皇ぐらいの知識で十分でしょう 

そもそも神話は歴史ではないので、歴史の授業で詳しく教える必要はありません 

 

▲2 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

神話の領域になると高校教育だと「倫理」の方が勉強しているかもね 

センター共テでも神話関連の設問は結構出てきたわけだし 

 

▲0 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

戦前は、実在していたのかどうかわからない歴代天皇の名前を強制的に子供たちに覚えさせたんだから、本当に思想教育は恐ろしいな。 

 

▲33 ▼7 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇は中国に対抗するために創作された人物じゃないの? 

モデルになった人物はいるはずだけど、2代目から9代目の帳尻合わせでの年齢がふざけてるし。 

 

▲31 ▼20 

 

 

=+=+=+=+= 

 

ローマ建国のロムルスとレムスって今の世界史の教科書には載ってないのかな? 

こちらも伝説上だったはずだけど。 

 

▲11 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

皇室制度というのならまだしも、天皇制という言葉は共産党が名付けたものであって使うべきでないかと思います。 

 

▲1 ▼10 

 

=+=+=+=+= 

 

伝説の存在だからなぁ。 

空海は歴史で習っても、開祖の龍猛菩薩は習わないのは普通のこと。 

 

▲11 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

神武天皇も仁徳天皇陵も…調べられると辻褄あわなくなって歴史がひっくり返るから宮内庁が許可しないんだと思う 

 

▲6 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

>この程度の知識 

この程度で良いでしょ、女神様の孫?曾孫?なのでしょ、どうやって教えるの?物語や神話って事ですよ。 

逆に言えば、だからこそこれ以上は触れ様が無いでしょ、実在が証明されて無いのだから。 

 

▲3 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

あんまり詳しくやり始めると「神武は神話だから」で最悪済ませられるけど、問題は継体よ。 

 

▲12 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

この程度の知識で、ホントに良いんだよ 

それ以上詳細に記載したところで実在すら未確認なんでしょ? 何を記載するのさ 

 

▲47 ▼10 

 

=+=+=+=+= 

 

科学的考察により世界に発して恥ずかしく無い「史実」以外は、やはり教科書掲載に相応しく無いから仕方無いでしょう。 

 

▲16 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

まぁ、伝説の存在やからね。 

そんなことしてたら、河童や座敷わらしまで載せないといけなくなるからな。 

 

▲26 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

戦前の教育を受けた人は歴代天皇を暗記しているみたいで 自分の親が神武 綏靖 安寧…とスラスラ言っていたのを聞いた事がある 

 

▲9 ▼3 

 

 

 
 

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