( 262836 ) 2025/02/09 18:06:20 0 00 Photo by iStock
年明け早々の1月8日に帝国データバンクからタクシーに関する調査が発表された。それによると全国のタクシー会社で働く運転手の数は、23年3月末時点で約22万人。コロナ禍前の19年3月末に比べて約2割減少したという。コロナ禍が明けてもタクシー業界に戻ってくる者も少なく、人手不足の影響で廃業を余儀なくされるケースもある。
しかし、東京などの首都圏では全国でみられるような深刻なタクシー不足には陥っていない。タクシー不足による需要増加のため「タクシーは稼げる」といってむしろ増えているくらいだ。
ただ、そうは問屋が卸さないのがこの職業。「思っていたのとは違う」と言ってタクシードライバーを辞める人も多い。増えそうで増えない都市で起こるタクシードライバー事情。タクシー不足は、ただ単に労働者人口の減少だけの問題ではない。現役タクシー運転手の筆者が、タクシードライバーのシビアな実情を解説する。
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東京ハイヤー・タクシー協会によれば、2020年のタクシードライバーの離職率は新卒入社でみれば10%程度。他産業の離職率が30%前後となっていることを考えれば、タクシードライバーの離職率はかなり低めだ。これにはある意味意外なデータだ。では、新卒の離職率が低いのにタクシードライバー不足が生じるのか。
今でこそ新卒入社が増えているが、タクシードライバーのほとんどが中途採用組だ。その中途採用された人たちの離職率が高く、入れ替わりが激しい業界なのである。
タクシーは運転免許さえあれば何とかなると思っている人が多い。しかし、この勘違いが大きな仇となる。社会経験があればあるほど、このタクシーの仕事の辛さを感じるかもしれない。
そこには、乗り越えなければならないハードルがある。その乗り越えなければならないハードルとは何か。大まかに以下の3点があげられる。
1 待遇と労働
2 環境と身体的要因
3 精神的要因
これらをクリアしてようやくタクシードライバーとしてやっていけると思えるようになるのだ。1点ずつ説明していこう。
タクシードライバーの給料は、歩合給の部分が大きいために安定した収入確保が厳しい。日給月給みたいな要素もあり、体調が悪かったりケガをしたりして休んでしまうと収入はなく、生活が危うくなることもある。「毎日が綱渡り」状態であり、気が休らない日々が続く。
また、一般の企業とは異なり、通勤手当いわゆる交通費を支給しないタクシー会社が多い。大手タクシー会社などは福利厚生がしっかりしているが、ほとんどのタクシー会社は手厚い福利厚生は皆無で、会社によっては自分が起こした事故の修理費まで自己負担させるタクシー会社もあるほどだ。
法人タクシーのタクシードライバーは、会社員というよりも会社に属する個人事業主という感覚に近い。そのため、今まで勤めていた会社と待遇の違いにギャップを感じることがあるだろう。
タクシーの勤務形態は主に隔日勤務によるシフトの場合が多い。隔日勤務とは2日分の仕事を1日でやってしまうことだ。昼夜通して働くので、一般的なサラリーマンと違いどうしても不規則な生活リズムになりがちである。
タクシードライバーは、隔日勤務の場合、1勤務で14〜17時間くらい運転する。それもただ運転するだけではない。乗客を見つけながら運転しなければならない。長時間運転の疲労から集中力は落ち、時には睡魔が襲う。狭い空間で同じ姿勢をしていることによりエコノミー症候群を発症することもある。タクシードライバーは常にリスクを背負って仕事をしているのだ。
「休めばいい」と思うかもしれないが、「人を乗せないと一銭にもならない」「おまんまが食えない」と限られた時間の中で、特に売上げの悪い日などは、焦りと疲れが思考を麻痺させる。
タクシードライバーが退職する理由として1番にあげられるのが、乗客とのトラブルからくるトラウマであろう。隔離された車内空間での接客は、カスハラ、セクハラ、パワハラ、クレーム対応といった精神的な負担が大きい。
急いでいる乗客からは「もっとスピードを上げてくれ」といった要求に応えたところ、違反切符を切られてしまうケースや自分の寝坊を棚に上げ、「商談に間に合わず破談になったから損害を賠償しろ!」など自分の不手際をタクシードライバーに擦りつけられることも珍しくない。こんな時、「もっと余裕をもって家を出ろ」という言葉を飲み込んでいるのは私だけではないはずだ。その何処にもぶつけられない悔しさを抱き仕事をしている。
タクシードライバーにとっての天敵はやはり「酔っ払い」だ。とにかく理不尽極まりない態度。車内カメラによる酔っ払いによる暴行事件の映像などを見せられれば、タクシードライバーになることに躊躇するのも無理はない。
また、タクシードライバーを大柄に扱う人も存在する。特にタワマンが混在する富裕層などに多く出没する。命令口調や不機嫌で舌打ちばかりしたり、ドライバーがする目的地までのルート提案に対して「タクシードライバー如きが口答えをするな!」と高圧的に罵ったりと自分のお抱え運転手かの如くのような対応する人たち。このような乗客によるカスハラ、パワハラ行為がトラウマとなり、カスハラ、パワハラ客が出やすい繁華街や都心部での営業を避けるばかりに収入も落ちて、フェードアウトしてしまうタクシードライバーも多い。
早期希望退職して大手企業を退職し、タクシードライバーになった同僚がいた。その同僚は、タクシードライバーになる前は、タクシーチケットを振り翳し、顎でタクシードライバーを使っていたらしい。しかし、今度は立場が入れ替わり自分自身が顎で使われている。プライドもズタズタになったらしい。このような乗客を乗せていくうちに、知らず知らずに自分自身を卑下し、「自分とは何か」と存在価値を問うて悩む者もいる。
タクシードライバーの素質とは何であろうか。強靭なメンタルの持ち主かそれとも類稀な鈍感力の持ち主か、どちらか一方を兼ね備えていないと成功しないかもしれない。
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ある一定以上の年代の人にとってはタクシードライバーの印象は良くない。今でこそ少なくなったが、駅などのタクシープールでタバコをふかし、大声で会話している姿や大柄な態度、乱暴な運転など「雲助」と揶揄され、世間から底辺の仕事として蔑まれる時代もあったのは確かだ。同僚のタクシードライバーの中には、自分の子供にタクシードライバーであることを隠していたり、周囲の人にタクシードライバーと悟られずに生きている人もいる。
テレビや映画、小説によくタクシードライバーが取り上げられることがある。そのタクシードライバーの設定は、訳ありや人生堕落者みたいな扱いが多いように感じる。その設定がドラマとしては成り立つ要素があるかもしれないが、視聴者や読者にそれを印象付けてしまう。
タクシー不足を解消するための対策をライドシェアなどで外堀から埋めようとせず、まずはメディアはもちろん、国が中心となってタクシードライバーのイメージアップに取り組んでみてはどうだろうか。
二階堂 運人(物流ライター)
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