( 263311 ) 2025/02/10 17:52:04 0 00 物流トラック(画像:写真AC)
「未だにこんなことがまかり通っているんだな……」
日本郵便の違約金ニュースを聞いたとき、筆者(坂田良平、物流ジャーナリスト)が感じたことだ。これは運送業界に未だに残る悪しき慣習であり、今回明らかになった日本郵便のケースは氷山の一角に過ぎない。実際の配送を担う運送会社は、クライアントである荷主や元請け事業者に対して、圧倒的に弱い立場にある。
2011(平成23)年のことだ。当時筆者は運送会社の営業職だった。大手メーカーの物流子会社(以下、A社。A社が元請け事業者にあたる)の安全会議に出席した筆者は、この物流子会社の部長から
「だいたいお前のところは!」
と怒鳴られ、約15分間、直立不動で立たされたまま、罵詈雑言を浴びせられ続けた。今どき、こんなことするのか……当時の筆者は、通信業界、IT業界などを経て、15年ぶりに運送業界に戻ってきたところだった。
「クライアントが優越的な地位を濫用して、委託業者や下請けを虐げる」
という行為は、どの業界でも問題になってきたが、すでに多くの業界では改善が進んでいた。唾を飛ばしながら筆者を罵倒し続けるA社部長を見ながら、
「ああ、運送業界は未だにこういうパワハラがまかり通っているのか……」
と冷静に感じたことを覚えている。その後、筆者はさらにひどいパワハラを目にすることになる。
別の協力運送会社(B社)のトラックドライバーが、A社親会社の工場に集荷に行った際、待機中に喫煙をしてしまった。このことがA社の逆鱗に触れたが、驚くのはB社のクレーム対応内容と、それに対するA社の反応だった。
・問題を起こしたB社営業所長は部下数人を引き連れ、喫煙したドライバーの自宅に乗り込んだ。 ・ドライバー本人に加え、妻と子どもが家にいたにもかかわらず、B社営業所長らは家捜しを行い、家にあったすべてのタバコと灰皿を強制的に廃棄させた。 ・そのうえで、と子どもの前で、ドライバー本人に「禁煙をする」という念書を書かせた。
やっていることは反社会勢力と似ている。唖然とする筆者の前で、安全会議に参加していたA社の部長や役員らは、「素晴らしい!」と拍手をして称えた。
物流トラック(画像:写真AC)
筆者の経験は極端な例であり、過去のやんちゃ話だと信じたい。だが、荷主や元請事業者がその優越的な地位を濫用して運送会社を虐げることは、残念ながら未だに見受けられる。
ある運送会社(C社)は、布団を運んでいた。ところが、トラックのコンテナが雨漏りして布団を濡らしてしまった。荷主である布団メーカーは、C社に対して濡れた布団の買い取りを要求し、C社社長は承諾した。
問題はその後だった。「布団は買い取ったわけですから当社のものですよね。にもかかわらず、荷主である布団メーカーは『布団は渡さない』とすべて回収していきました」と、C社社長は憤慨していた。
輸送中、あるいはトラックへの積み卸し中に破損した貨物を買い取らされたものの、貨物そのものは荷主が回収し、運送会社へ引き渡さないという事案は、C社に限らず運送業界ではたびたび耳にする。
荷主からすれば、破損した貨物のその後を懸念するのだろう。例えば、C社が買い取った濡れた布団を問屋やディスカウントショップなどに売り、訳あり品として販売するようなことがあれば、布団メーカーとしては市場価格の乱れやブランドイメージの損失を招く恐れがある。
こういった事情を察している、いわば物わかりがよい運送会社のなかには、「モノをダメにしたのはウチなんだから、商品の買い取りも、また買い取った商品を渡してくれないこともしょうがないだろう」と理解を示すこともある。
「でもそれっておかしいですよ」と、C社社長は布団メーカーに腹を立て、取引を打ち切ったそうだ。
物流トラック(画像:写真AC)
運送会社が輸送中に破損した貨物の代金として弁済金を支払ったにも関わらず、荷主が商品を回収したことには法的な問題がないのだろうか。
筆者は法律の専門家ではないが、調べた範囲で考えられることを述べる。まず、こういった行為は
「二重の利益を得た」
と見なされる可能性がある。
損害賠償の原則は、損害を受けた側を損害発生前の状態に戻すことだ。破損したとはいえ、荷主が貨物を回収すれば、その貨物を修理して再販売することができるかもしれない。つまり、荷主は運送会社から破損した貨物代金を弁済金として受け取り、さらにその貨物を販売できるのであれば、運送会社による破損事故で通常の販売プロセスよりも高い利益を得ることになる。このような状況は、「二重の利益を得た」として問題視される可能性がある。
また、運送会社が破損した貨物を買い取った場合、その所有権は運送会社に移転しているはずだ。運送会社に所有権がある貨物を荷主が回収するのは、窃盗ではないか。
運送会社のミスで貨物が破損したとしても、荷主が貨物を回収するのであれば、弁済金は貨物の代金相当分を減額するべきだ。破損した貨物の代金全額を運送会社に要求しておきながら、貨物そのものを荷主が回収するというのはやはりおかしい。
物流トラック(画像:写真AC)
日本郵便のケースのように、貨物破損ではなく、配達員の行動やルール違反に対して違約金を課すケースはどうだろうか。
・配達ミス(誤配)に対して5000円 ・タバコの臭いについて、配達先からクレームが入ったら1万円
日本郵便では、このような違約金を配達業務を委託する事業者に課していたことが問題になった。
日本郵便と配達委託業者の間でどのような運賃設定がされていたかは不明だが、例えばAmazonなどの配達を担う軽バン配達員なら、200個の荷物を配送して日給は2万円強になる。となると、配達荷物1個あたりの運賃は100円強だろう。おそらく、日本郵便の運賃水準も似たようなものだ。
となると、1件の誤配をやらかすと、事業者側は
「約50倍のペナルティ」
を課されることになる。これはさすがに厳しすぎる。タバコの臭いについては、さらに疑問だ。「ウチに配達しに来た配達員がタバコ臭い」とクレームとして認められるなら、例えば
「あの人、にんにく臭い」 「体臭が臭い」 「たくさん汗をかいて気持ち悪い」
といった声もクレームになるのか。こういったクレーマーまがいの暴言も、事業者に責任を押し付けるつもりなのか。
こういった違約金を課すこと自体が、下請法で禁じられている「下請代金の減額」や「不当な経済上の利益の提供要請」に該当するという指摘もある(弁護士JPの記事「クレームやタバコの臭いが原因で給与から“罰金”が差し引かれる…日本郵便「違約金制度」は合法か?【弁護士解説】」)
物流トラック(画像:写真AC)
いずれにせよ、これまで紹介してきたような荷主が実際の配送を行う運送会社に対して、精神的または金銭的に虐げる行為は、優越的地位の濫用に該当し、商道徳の基本とされる信義誠実の原則に反している。信義誠実の原則は、民法第1条2項において
「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」
と明確に規定されている。それにも関わらず、この原則が意外と知られていないように思う。これもひとつの課題だろう。
運送会社は、荷主に対して立場が弱く、不誠実で高圧的な荷主の行為に泣き寝入りしてきた。最近では、こういった荷主に対して毅然とした態度を示す運送会社の経営者が増えてきている。しかし一方で、取引打ち切りなどの報復措置を恐れ、自ら行動を起こせないものの、トラックGメンや公正取引委員会といった公的機関による摘発に期待する声もある。また、筆者のようなライターやメディアに対して、
「特定の荷主企業を糾弾する記事」
を依頼してくる物流関係者もいる。特定の企業を糾弾する記事の是非は議論が分かれるが、確かにメディアが報じることも大切だ。
しかしそれ以上に重要なのは、運送業界に蔓延る荷主・元請による不埒な行為を、もっと適切に、もっと広く取り締まるための
「法整備」
を進めることだろう。今国会では改正下請法が公布される予定だ。さらに、公正取引委員会には、本稿で紹介した弁済金や違約金の適正な運用方法を広く周知してほしい。
ドライバー不足が深刻化し、さらに物流の2024年問題のような物流クライシスが起きている今、メーカーや卸、小売などの荷主、あるいは元請となる大手物流事業者にとって、実際に運送を担う運送会社と良好なパートナーシップを築くことは、ビジネスを継続するために不可欠だ。
もし、本稿で挙げたようなエピソードに心当たりのある荷主がいるのであれば、今すぐ態度を改めたほうがよい。時代は変わりつつあるのだ。
坂田良平(物流ジャーナリスト)
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