( 263581 )  2025/02/11 05:40:39  
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(写真:ブルームバーグ) 

 

 石破茂首相にとって「一世一代の大勝負」(側近)となった8日未明(日本時間)のアメリカ・ワシントン・ホワイトハウスでのトランプ大統領との初の対面首脳会談での「成果」は、国内だけでなく国際的にも高い評価を獲得。 

 

 石破首相自身も得意満面で帰国すると、疲れも見せずに各主要メディアのインタビューなどで、トランプ大統領との「相性のよさ」や「日米同盟のさらなる強化・発展」をアピールし続けている。 

 

■「関税」でのディール本番はこれから 

 

 最大の焦点だった日本製鉄のUSスチール買収問題についても、「投資するが、買収はしない」との妥協案を落とし所に、なんとか円満決着への道筋をつけた。この「石破外交の強かさ」(外交専門家)に、中央政界でも与党だけでなく、多くの主要野党が日米首脳会談の成功を評価するという、過去に例のない展開となっている。 

 

 ただ、有識者の間でも「大成功の印象が振りまかれているが、最大の原因はそもそも期待値が極めて低かったことへの反動」(同)との厳しい見方もある。たしかに、トランプ大統領の得意とする「関税」でのディール(駆け引き)の本番はこれからで、「新たな日米黄金時代」の裏側には、日本の巨額な対米貿易黒字解消策の達成時期や財政負担など、難題は山積しており、「石破対米外交」の前途には、「なお多くの落とし穴が並んでいる」(同)というのが実態だ。 

 

 今回の石破首相訪米による日米首脳会談について、与野党各幹部は石破首相帰国直後の9日午前から一斉に論評。自民党の森山裕幹事長は「日米同盟をさらなる高みに引き上げていくことを確認したことは重要な成果だ」、小野寺五典同党政調会長も「USスチールの問題は『買収ではなく投資』という、よく考えられたメッセージを伝え、問題の解消に近づけることができた」などと高く評価。与党公明党の斉藤鉄夫代表も「個人的な信頼関係を築く重要な一歩となった会談」とコメントした。 

 

 

 一方、野党側も、立憲民主党代表の野田佳彦氏が「日米安全保障条約の第5条が沖縄県の尖閣諸島に適用されることも確認できた。一定の成果を挙げた」と評価し、日本維新の会共同代表の前原誠司氏は「『自由で開かれたインド太平洋』の堅持に向けて日米同盟の抑止力・対処力を強化していくことを確認したことを歓迎する」と述べ、古川元久・国民民主党代表代行も同様の認識で足並みを揃えた。 

 

 これに対し、田村智子・共産党委員長は「卑屈で危険な『日米同盟絶対』の姿が露呈した。アメリカ言いなりの政治は変えていかなければならないし、トランプ大統領とどのような約束をしてきたのかも含めて国会で徹底追及していきたい」と厳しく批判した。 

 

■互いに褒め合い、慣例破りの「公開会談」に 

 

 そこで、今回の石破首相の訪米を振り返ると、「過去に例のない異例ずくめの日米首脳会談」(政治ジャーナリスト)だったことが浮き彫りになる。首相動静などを踏まえると、石破首相の訪米日程は1泊3日で、現地滞在時間が約24時間なのに対し、フライトが約25時間という「弾丸出張」。「窮屈な国会日程が原因」(自民国対)とはいえ、「全く時間的余裕がない訪米を余儀なくされた」(官邸筋)ことは否定しようがない。 

 

 その一方で、石破首相は事前に国会日程の合間を縫って、秘書官や外務・防衛担当者らとの「訪米勉強会」を繰り返し、“対トランプ戦略”を練り上げて日米首脳会談に臨んだのも事実だ。 

 

 今回のホワイトハウスでの日米首脳会談がスタートしたのは現地時間7日正午前(日本時間8日午前2時前)。多くのメディアの見守る中、両首脳は「(石破首相は)安倍昭恵夫人から素晴らしい人だと聞いている」(トランプ大統領)、「大統領選で銃撃された写真は、歴史的な写真」(石破氏)という、まずは互いに褒め合い、笑顔での握手で親密さをアピールした。 

 

 事前に予定されていた会談時間は「30分間」(官邸筋)で、これまでの例に倣えば、「冒頭2,3分がカメラ撮りとしてメディアに公開されるはずだった」(同)が、この日ばかりは両首脳がカメラの前で会話を続行。その中で、「日本の対米投資額は世界一だ」と語りかける石破氏に対し、トランプ大統領は「投資は素晴らしいが、貿易赤字は解消しなくてはいけない」とくぎを刺したが、石破氏は「いすゞ(自動車)が新たにアメリカで工場を作る」と切り返した。 

 

 

 本来、こうした具体的なやり取りは非公開というのが外交常識で、あわてた日本側同席者は「メディアを外に出して」とスタッフに指示したが、トランプ大統領はお構いなしに会話を続け、見守るメディアの質問にまで答える形で、「(日本への関税は)選択肢としてある」などと踏み込んだ発言まで披露した。 

 

 同席者らによると、メディア公開での両首脳の会話は「20分超」で、「首脳会談の大半が公開という異例中の異例の事態」(日本側同行筋)。同行した外務省幹部は「いすゞ(自動車)の話などは、本来はカメラが出たあとに話す予定だったが、石破首相も仕方なくカメラ前での表明になった」と苦笑するばかりだった。 

 

■「トランプ主導」の共同記者会見でも石破首相に“配慮” 

 

 さらに、こうした「異例」は首脳会談だけでなく共同記者会見でも続いた。両首脳の共同会見では、冒頭部分でそれぞれの首脳が、それぞれの国のメディアを指名するのが慣行。しかし、この日、記者の「指名権」は司会であるトランプ大統領の手に全て委ねられ、トランプ大統領が指名したのはほとんどがアメリカメディアで、日本メディアが指名されたのはわずか2社だけだった。 

 

 その一方で、共同会見で際立ったのはトランプ大統領の石破首相への“配慮”。トランプ大統領の就任後初の首脳会談の相手はイスラエルのネタニヤフ首相で、石破首相は2番目だったが、ネタニヤフ首相への対応と違って、トランプ大統領は会談の冒頭、石破首相に記念の写真をプレゼントするという異例の演出をした。 

 

 さらに、共同会見でアメリカメディアの質問に石破首相が「仮定の質問には答えられない。それが日本の国会答弁」と笑顔でかわすと、すかさずトランプ大統領が「これは、賢い回答だ」と首相を持ち上げ、会場が大爆笑となると、トランプ大統領が「石破首相に質問は?」と繰り返すなど、トランプ大統領による石破首相へのリップサービスが目立った。 

 

 

■矢継ぎ早の「トランプ提案」に苦しい釈明も 

 

 こうして首脳会談は「成功裏」に終わり、内外の評価も得たが、会談後もトランプ大統領は矢継ぎ早に「関税」を軸とする外交方針を打ち出し、世界を困惑させている。その中で、トランプ大統領は、日本製鉄によるUSスチール(USS)買収計画について9日(日本時間10日)に、「日鉄はUSSの株式の過半数を保有しない」と述べた。 

 

 これに対し、林官房長官は10日午前の記者会見で、「日本製鉄は本件を単なる買収と見ているのではなく、日米がウィンウィンになれるような、これまでとは全く異なる大胆な提案を検討していると承知している」と述べた。一方で、それ以上の踏み込んだコメントは控えたが、日鉄側が苦しい対応を迫られる可能性は残るとしている。 

 

 そうした中、国会では12日参院、13日衆院でそれぞれ本会議が行われ、石破首相の訪米報告とそれに対する質疑が実施される。いったんは大多数が訪米を評価した野党各党であったが、今後の展開次第では厳しい追及が行われる可能性もあり、石破首相が「いつまでも『得意満面』を続けることは難しそうだ」(政治ジャーナリスト)との見方も広がっている。 

 

泉 宏 :政治ジャーナリスト 

 

 

 
 

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