( 263816 ) 2025/02/11 18:03:16 0 00 スズキ「ジムニーノマド」(写真:日刊工業新聞/共同通信イメージズ)
スズキ「ジムニー」シリーズ初の5ドアモデル、ジムニーノマドがついに日本でもお披露目された。プロフェッショナルツールとして細々と作られてきたジムニーが2018年発売の第4世代で突如大ブレイクした流れを一層加速させることになりそうだが、月1200台どまりという供給力不足などの懸念も残る。果たしてジムニーノマドはスズキブランドをどう発展させるのか──。自動車ジャーナリストの井元康一郎氏がレポートする。
■ 日本市場への投入時期がインドデビューから2年後だったワケ
1月30日、スズキは小型クロスカントリー4×4「ジムニーノマド」を発表した(発売は4月3日)。
ジムニーノマドは2018年に発売した現行世代の「ジムニーシエラ」をベースに車体、ホイールベースを34cm延長し、3ドアから5ドアに改修したモデルだ。単に後席の足元空間を広げただけでなく、後席座面を2cm高めて眺望を含めた居住感の改善を図るなど、本格的な4名乗車を志向した作りとなっている。
ノマドは遊牧民の意で、90年代にスズキが販売していたクロスカントリー4×4「エスクード」の5ドアモデルに付けられたサブネーム。鈴木俊宏社長の意向でその名称を復活させた。
居住区と並んで荷室も拡張された。ジムニーシエラの荷室は後席シートバックを立てた状態では奥行きが20cmくらいしかなく、置けるのは手荷物くらいのものだったが、ジムニーノマドは容量211リットルと、4名乗車でも十分な荷物を積めるようになった。
グローバル市場ではジムニーの5ドアロングは目新しいものではない。生産国であるインドではすでに2年前の2023年1月にリリースされていた。その後販路を東南アジア、中南米、アフリカ、中近東と世界に広げ、日本への導入は101カ国目であるという。
情報化が進んだ現代では海外の動向も簡単に知ることができる。5ドアの存在はインド発売前年の2022年には海外メディアが続々とスクープを飛ばしており、それを知ったファンから発売を熱望する声が沸き起こっていた。
にもかかわらず日本市場への投入時期がインドデビューから2年後というタイミングになったのはなぜか。鈴木俊宏社長は軽自動車の「ジムニー」、普通車3ドアのジムニーシエラの生産が受注に追い付かず、年単位の待ちが発生している中で同じシリーズの新商品を投入するのがためらわれたことを理由として挙げた。
スズキがジムニーノマドのリリースに踏み切った背景には、ジムニーシリーズへの需要を分散させるという意図もある。メディア向け発表会ではジムニー、ジムニーシエラを注文した顧客が希望すればジムニーノマドへの変更も受け付ける方針であることが正式に表明された。
もっとも、分散策についてはあまりうまく機能するとは思えない。ジムニー5ドアを写真で見た段階では幅と高さはそのままにホイールベースを大幅に延長したことで間延びしたプロポーションになっているような印象を受けたが、会場で実車を見ると、大変均整の取れたフォルムだった。
■ よく言えばノスタルジー、悪く言えば前時代的な現行ジムニーの特異性
実用性とデザインを兼ね備え、価格は手動5段変速が265.1万円、自動4段変速が275万円と新車価格がうなぎ上りになっているこのご時世においては相当にリーズナブルな部類のジムニーノマド。
スズキは販売目標を1200台/月と設定しているが、これは需要を読んだというよりはインド工場から日本への供給余力がそのくらいという理由で設定された要素が濃い。今度はジムニーノマドが年単位のウェイティングになる公算大だ。
ジムニーシリーズはなぜ現行世代になって突然これだけブレイクしたのか。最大の要因がラギッド(角張った)の極致といえるデザインであることは言をまたない。だが、デザインがワイルドでカッコいいといっても、ジムニーは本格的なクロスカントリー4×4。オフロードや深雪路などを走るのに最適化されており、快適性や運転の安楽さなどは二の次である。
筆者は3ドアのジムニーシエラの長距離ロードテストを行ったことがあるが、ジムニーの特異性はクルマに詳しくない顧客であっても一発で感じ取れる。
そのフィールはよく言えばノスタルジー、悪く言えば前時代的。発進すると2輪駆動時も常時回転するパートタイム4輪駆動のトランスファーという部品の「ギュオオオ」というノイズと微振動が床下から室内に伝わってくる。
乗り心地は旧世代のジムニーとの比較では明確に進歩しているが、これも一般的な小型乗用車の滑らかさではない。リサーキュレーティングボールという現代の乗用車では珍しくなった作動方式のハンドルは手応えもヌルリとした“トラック風”だ。
自動変速機はめったに見られなくなった4段変速で、シフトレバーにはそれを見たことがないという若年層顧客も多いであろうOD(オーバードライブ)ボタン(最高ギアを3段目にするか4段目のオーバードライブにするかを選択する)が備わる。加速時の変速幅は大きく、これも昭和時代から平成前期くらいまでのクルマが懐かしくなるフィールだ。
ジムニーシエラは普通車だが車体は軽自動車版と同じであるため、車内スペースにも限りがある。前席は十分な広さを持つが、シートリフターは装備されない。ステアリングの高さを調節するチルトステアリングが新設されたことで旧型よりはドライバーの体格に合わせやすくなったのが辛うじて近代化されたポイントだ。
後席は床から着座ポイントまでの距離が短く、乗車姿勢は楽なものではない。人を乗せて運べればそれでよしという感じである。シートバックを倒すとハードプラスチックに覆われた床が室内の側面まで隙間なく広がり、荷物を載せるのには非常に適している。つまり、何から何まで業務用なのだ。
■ 道なき道を走れるクルマを安く作り続ける「孤独なチャレンジ」
このように実用面では軽自動車のジムニーと変わらず“普段使い”にはおよそ適さないジムニーシエラ。スズキも売れるとは考えておらず、旧型の販売実績から当初、販売目標を100台/月に設定していた。だが、リリースしてみると大ヒットとなった。その一翼を担ったのは、何と女性ユーザーだった。
ジムニーを得意とする北関東の販売店関係者は、こう話す。
「これまでジムニーはほぼ100%男性ユーザーでした。現行も軽自動車版は男性が多数派なんですが、ウチの場合ジムニーシエラは半数が女性ユーザー。こういう現象は過去に経験がなく、最初は面食らいました。普通の乗用車とは乗り味も操作性もまったく異なりますが、それもかえって面白がられている。好きというだけでは選べないクルマという固定観念が覆されました」
ラダーフレームボディのクロスカントリー4×4は岩山、砂漠、豪雪地帯など過酷な環境で使われるものだが、現在販売されているものの大半はその味を薄め、乗用車ライクな乗り味と豪華装備を持つようになっている。高い価格で売れるため、高所得者層が喜びそうな仕立てになるのは自然な流れだ。
その中でジムニーシリーズが超古典的なテイストを現代に伝えているのは、ひとえにスズキがジムニーをプロユースに徹したクルマとして作り続けてきたということによる。
2018年に現行ジムニーシリーズが発表された時、自動車業界の名物経営者として世界に名を知られる鈴木修会長(当時。2024年12月25日逝去)は、こう語っていた。
「このクルマがなければ生活や仕事が成り立たないというお客さまが世界にいらっしゃる。その思いだけでジムニーを作り続けてきました。それは経済的に豊かな先進国だけではありません。できるだけ低価格、できるだけ丈夫、できるだけ修理しやすくという鉄則は4代目(現行型)でも全く変わっていません」
その発表会では日本の豪雪地帯において除雪の間に合わない深雪路を走るジムニーの郵便車の姿も紹介された。
性能や快適性の向上はコストをかければいくらでもできる。絶対的な商品性を競う中大型クロスカントリー4×4では実際に熾烈な商品性競争が繰り広げられており、性能も豪華さも価格も急上昇する一方だ。
ジムニーシリーズはそういう競争とは無縁のところで作られている。道なき道を走れる能力のあるクルマをどれだけ安く作り続けられるかという孤独なチャレンジである。価格が高くなる要素をすべて排除しながら必要な性能・機能だけは絶対に満たし続けるというクルマ作りをこのジャンルで継続しているケースは今やまれで、結果的にジムニーのストイックなフィールがそのままオンリーワンとなったのだ。
■ ジムニーノマドでも継承された「硬派なフィール」が顧客にどう受け入れられるか
今回発表されたジムニーノマドは車体の延長による5ドア化だけでなく後席配置の見直しや内外装の素材の上級化、また先行車追従型クルーズコントロールを装備するなど、乗用ユースをより意識した仕立てがなされている。
エンジニアによればサスペンションのセッティングもオンロードでの乗り心地を犠牲にしないという方針で行われたという。ジムニーシリーズにとっては初めて付加価値側に振ったモデルといえる。
だが、ラダーフレームの車体様式、トラックと同じ前後リジッド式のサスペンション、パートタイム4輪駆動、1.5リットルエンジンや4段自動変速機といったクルマの基本的な成り立ちはジムニーシエラから丸ごと受け継がれている。乗り心地や居住性は良くなったとしても、プロフェッショナルツールであり続けたことで残った“硬派”なフィールも継承されていることだろう。
発表会が行われた1月30日は故・鈴木修氏の誕生日でもあった。そのことについて問われた鈴木俊宏社長は「5ドア投入はニーズの多様化への対応。相談役もきっと満足していると思います」と語った。
そんな思いを乗せながらジムニー史上初の5ドアモデルとして日本にもお目見えしたジムニーノマドが顧客にどのように受け入れられ、スズキのブランドアイデンティティーをどう発展させていくのか。受注に供給が追い付かないことによる納期の長期化が止まらないなど課題も少なくないが、今後の展開は興味深い。
井元 康一郎
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