( 264341 )  2025/02/12 18:23:00  
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写真:ダイヤモンド・オンライン 

 

 日本で1、2を争う売れ行きの軽自動車「スペーシア」の派生モデル「スペーシアギア」。前回、試乗記事を掲載したところ「私も乗っている」「実は僕も」「すごくいいクルマで満足してる」と、担当編集の友人知人3人から連絡をもらってビックリ。「本当に売れてるんだなぁ」と身をもって実感しました。そんなスペーシアギアですが、実はこのクルマ、ある開発者の絶望と苦悩から生まれたものだったのです。(コラムニスト フェルディナント・ヤマグチ) 

 

● 新しいブーツ&板で、ニセコに行ってきました 

 

 みなさまごきげんよう。 

 フェルディナント・ヤマグチでございます。 

 今週も明るく楽しくヨタ話からまいりましょう。 

 

 ニセコにスキーに行って来ました。今回はバックカントリーに挑戦です。専用のFATスキーに踵が上がるタイプの専用のビンディング。もちろんブーツも歩きやすく設計された専用モデル。全てお馴染みのHEADで揃えました(編集より:前回買った板とブーツですね!)。 

 

 スキーの滑走面に滑り止めのシールを貼り付け、登攀(とうはん)開始です。リズミカルに歩いて行くと、ハイキング気分でなかなか楽しい。まさかというような急坂も、シールがいい具合に食い付いてサクサク登って行ける。いやはや、専用の道具というのは素晴らしい。 

 

 アルペンスキーは子どもの頃から慣れ親しんでいるので大得意なのですが、「踵が上がる」という感覚は初めてのこと。方向転換で足を上げようとすると、板がブラブラする。この違和感は大変なものです。慣れるのに少し時間がかかりました。特に頂上に近づき、斜度のきつい斜面での方向転換には難儀しました。 

 

 今回宿泊したのは、松尾くんが経営する、センスの塊のような素敵な宿STRADDIE HOUSE niseko village。床も壁も天井も、全てがイケています。ゲレンデからも近く、サウナも完備。また来月も行きますのでよろしくね。 

 

 バスタブも水道の蛇口の海外から取り寄せるこだわりよう。利用者はほとんどがインバウンド客だそうです。しかし、彼らはどうやってここを見付けるのだろう……? 

 

 ということで本編へとまいりましょう。スズキの大ヒット作、スペーシアギアの開発者インタビューです。 

 

 

● ものすごく売れてる軽自動車「スペーシア」の派生車種「スペーシアギア」 

 

 スズキの軽自動車、スペーシアが好調である。2024年には合計で16万5679台も売れている。この数字は前年比35%の伸び率であり、瞬間風速的ではあるが、絶対王者ホンダのN-BOXを抜いた月もある。 

 

 そのスペーシアに、派生車種の「スペーシアギア」が追加された。スーパーハイトワゴンをSUV“風”に仕上げ、広い室内空間とアクティブなスタイルを融合させた、新しいジャンルのクルマである。 

 

 撥水加工を施したシートや防汚タイプのラゲッジフロア。屋根にはルーフレールが標準で装備され、“アウトドア感”を演出している。価格帯は最安の自然吸気2WDモデルが195万2500円。最も高いモデルはターボの4WD・2トーンルーフ仕様で221万7600円だ。 

 

 スペーシアギアはどのような背景で開発されたのか。 

 スズキのポートフォリオの中では、どのような立ち位置にあるのか。 

 開発責任者に話を伺った。 

 

 フェルディナント・ヤマグチ(以下、F):好調ですね、スペーシアギア。SUV風、アウトドアテイストを付加した軽スーパーハイトワゴンは、三菱から「デリカミニ」、ダイハツの「タントファンクロス」、ホンダからは「N-BOX JOY」と、各社出揃った感があります。そもそもこのジャンルを切り開いたのはスズキの初代スペーシアギアと理解しているのですが、この理解で正しいでしょうか? 

 

 スズキ 商品企画本部 四輪軽・A商品統括部 鈴木猛介さん(以下、鈴):はい。正しいと思います。先代のスペーシアが2017年12月に出て、1年後の2018年12月に初代のギアを出しました。それまでこういう風なクルマは、他にありませんでしたので。 

 

● SUV風軽スーパーハイトワゴンという市場には自信があった 

 

 F:ギアを出した後に、すぐに追いかけてきたのはどこですか? 

 

 鈴:2018年にギアが出て、2019年3月に日産、三菱さんがモデルチェンジのタイミングで、三菱から「eKクロス」が出てきました。その後、三菱さんがスーパーハイトワゴンの「eKクロススペース」を出し、それからダイハツさんの「タントファンクロス」(2022年10月)。そして三菱さんの「デリカミニ」(2023年5月)。最後がホンダさんの「N-BOX JOY」(2024年9月)。こんな流れですね。 

 

 F:後追いされるお気持ちはいかがでしょう。「真似をされた」という思いはありますか? 

 

 鈴:いえいえ。私としてはこの界隈が盛り上がってくれるので良かったと思っています。初代を出すまでは、他に誰もいなかったので。初代のギアを出した時は、今までにないクルマということで話題性もありましたし、お客様からのウケも上々でした。だから競合車は早々に出て来るだろうと予測していました。我々としても、「絶対に市場はあるよね」と思って出していますし。 

 

 F:18年にギアが出て、ホンダがJOYを出したのが遅れること6年の2024年。ホンダはかなりノンビリ構えていますね。 

 

 鈴:なにしろN-BOXは売れていますからね。別に他の手を打たなくてもいいや、ということなのかもしれません。それにホンダさんにはN-VANもある。N-VANもどことなくアウトドアテイストの色を打ち出していますしね。 

 

 

● 2018年、スペーシアギアは「危機感」から生まれた 

 

 F:初代のギアを出したのが2018年。これにはどのような背景があったのでしょう。 

 

 鈴:危機感です。我々の強い危機感。 

 

 F:危機感、ですか?それはどういう……? 

 

 鈴:ギアのベースになるスペーシアが売れていなかったんです。先代のスペーシアを開発している時、もうスペーシアの存在自体がお客様から忘れ去られているのでは?というくらいに売れていなかった。「もともと売れていなかった」と言ってしまうと、身も蓋もないのですが、スペーシアの前に「パレット」という車種がありました。ダイハツさんからタントが出て、それに当てるような形で少し遅れて出したクルマなのですが、その販売が芳しくなかった。だから早々に撤退して、その後継機種として出したのがスペーシアだったんです。 

 

 ちなみにパレットは、スズキの中では珍しい「一代限りで終わってしまったクルマ」である。他に一代限りで有名なのは「スズキのマー坊」ことマイティボーイがある。面白いクルマだったんですけどね……。 

 

 F:なるほど。名前も変えて心機一転。 

 

 鈴:ところが、これも初動はパッとしなかった。ダイハツさんのタントはしっかり売れているのに、ウチはパレットもスペーシアも売れない。 

 

 F:スズキの軽でも売れないクルマなんてあるんですね。出すクルマ出すクルマがすべてバシッと売れているのかと思っていました。 

 

● 軽自動車No.1「ワゴンR」が売れていたのに、パレットが大苦戦 

 

 鈴:外の方から見ると、そういうイメージがあるかもしれません。その頃のスズキには「ワゴンR」という主力ブランドがありました。それこそ月に1万6000台も売れていた。だから何となく「ナンバーワンを取るのはそこだろう」という雰囲気もありました。 

 

 F:ワゴンR、売れていましたよね。 

 

 鈴:はい。それはもう大変な勢いで売れていました。それもあって、我々が時代の流れについていけなかったのかもしれません。結果としてパレットが売れない。そうこうするうちにホンダさんがN-BOXを出してきた。 

 

 F:一気にガサッとやられてしまった。 

 

 鈴:そうなんです。N-BOXさんに、あまり売れ行きの芳しくなかったスペーシアだけでなく、ウチのワゴンRのユーザーまで根こそぎ持っていかれてしまった。ワゴンRは長期間軽ナンバーワンの座を守っていたクルマなのですが、それをホンダさんに全部持っていかれてしまった。結果として、スズキ全体が沈むような形になってしまったんです。 

 

● N-BOXの登場は衝撃だった 

 

 F:N-BOXの登場はそんなに大きかったですか? 

 

 鈴:大きかった。衝撃でした。初代のスペーシアには3つのカテゴリーがありました。ベースになるスペーシア、スペーシアカスタム、そしてカスタムZの3種類。売れていない状況を何とかして覆さなきゃ、このままだとスペーシアは本当に沈んでしまう、という状況で。カスタムのさらにカスタムみたいな形で、かなり押しの強い感じの顔のZを造ったんですね。 

 

 F:かなりオラオラ感の入ったスペーシアですね。これを後から追加した。 

 

 鈴:はい。「スペーシアはこのままだと本当にヤバいぞ」という強い危機感があって、それで途中からカスタムZを造りました。その時私は、カスタムZをやりながら、2代目スペーシアの開発も担当していました。今のスペーシアは3代目ですから、ひとつ前のモデルになりますね。 

 

 F:初代のカスタム版をやりながら、次世代のクルマの開発もやられていた? 

 

 鈴:はい。初代のカスタムZと2代目の開発を同時にやっていました。それくらいスペーシアは危機的状況にあったんです。スペーシアがヤバい。何とかここで頑張らなきゃいけない。2代目スペーシアと初代の派生車種になるカスタムZを出しましたが、その時点ではどちらも売れる保証などありません。我々としては、カニバリゼーションを起こさずに、もう一つ、市場をしっかり取れるクルマを考えなきゃ……という命題があったんです。 

 

 

● 「何でも好きにやっていいよ。その代わり、必ず台数を伸ばせよ」 

 

 F:仮想敵は、もちろんN-BOXで。 

 

 鈴:いや、敵というか……N-BOXさんは当時のスペーシアを敵として見ていなかったと思いますよ。ホンダさんには相手にされていない。市場にも相手にされていない。ボロボロのボロ負けです。 

 

 F:辛いなぁ……造り手としてお辛いですよね。初期のスペーシアはそんなに弱かったですか。 

 

 鈴:はい。本当に三番手、四番手で。2012年から13年は日産、三菱さんに抜かれてもおかしくないような状況で……とにかくなんとかしなきゃいけない。本当にヤバいから、もう何をやってもいいよって話になったんです。スペーシアとカスタムを出すから、3本目の柱はもう何でも好きにやっていいよ、その代わり必ず台数を伸ばせよ、と。 

 

 F:ひでぇ(笑)。なんでもいいからともかく売れと。 

 

 鈴:売れと(苦笑)。それでいろいろ考えていく中で、「スズキだったらSUVが一番売りやすいんじゃないか」という思いがありまして。 

 

● スズキが得意なモノとは?と考えて出た答えが「SUV路線」だった 

 

 F:確かに。何しろスズキにはジムニーがある。 

 

 鈴:そう。ウチにはジムニーがある。ハスラーもある。「スズキという会社はそもそも何が得意なの?」と言われたら、ウチはSUV系のクルマが得意ですと答えられるんじゃないかと。でも我々はそれをキチンと表現できていないんじゃないかと。周りを見渡せば、他社もやっていない。それならこの線は行けるんじゃないの、という。 

 

 F:なるほど。それで軽スーパーハイトワゴンのSUVを。 

 

 鈴:そうです。ただ、ジムニーのような本格的な走破性を求めてしまうと、こんな背の高いクルマは簡単に横転してしまう。 

 

 F:何しろ車高が高いですからね。ムチャをすればひっくり返っちゃう。 

 

● SUV「風」なのか「風」じゃないのか 

 

 鈴:僕らも実験で本当に倒したことはありませんが、ムチャをすれば倒れると思います。重心高が全然違いますからね。この話を社内でしたら、営業サイドからは「いや、スズキのお客様が求めているのは、本格的な走破性だろう」という話もありました。 

 

 F:見てくれだけじゃダメだ。リアルでオフロード走行もできなきゃダメだ、と。 

 

 鈴:そうそう。そういう意見は営業サイドから結構強くありました。それは事実だろうけれども、じゃあ実際にこれでバキバキ山に入って行く人なんている?お客様はそんなにヘビーなものを求めている?本当に行きたい人はジムニーで行くんじゃない?と。 

 

 F:ホントに山になんか行くの?キャンプ場がせいぜいじゃない、と。 

 

 鈴:そう。最後の最後まで営業側とはモメたんですよ。SUV「風」なのか「風」じゃないのか。この「風」という議論を、社内で散々重ねました。お客様はもっとライトで、軽い気持ちでそういうアウトドア「風」の雰囲気のものが欲しいんだと。いやいやウチはスズキだぞ。「風」とか言ってどうすんの、と。 

 

 F:いいですね。実に健全な議論です。営業が言うこともよく分かる。「ジムニーの会社だぞウチは!」と。 

 

 鈴:我々としてはこの新しいカテゴリーに挑戦したい。それに何か新しい手を打たないと、スペーシアは本当に沈没しちゃうよ、という話を社内で話をして。何しろ他がないから。他社さんでも前例がないから。 

 

 と、いい所で以下次号。そろそろ会社に行く時間です。サラリーマンは辛いです。それではみなさま、また来週。 

 

 (フェルディナント・ヤマグチ) 

 

● 「ジムニーノマド」がとんでもないことになっている 

 

 こんにちは、AD高橋です。 

 

 スズキが1月30日に発表した新型車、ジムニーノマドがお祭り状態になっています。 

 

 発表当日は平日にもかかわらず、全国のスズキディーラーに人が押し寄せました。受注は初日だけで1万台とも1万3000台とも言われています。 

 

 私は翌31日に野暮用があり都内のスズキディーラーに顔を出したのですが、午前中にもかかわらず商談テーブルは満席で、さらに商談待ちの人がいるほど賑わっていました。平日の昼間にディーラーに人が並んでいるなんて、見たことがない光景です。 

 

 

 
 

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