( 264726 ) 2025/02/13 16:15:48 0 00 政府備蓄米を保管している倉庫(写真:共同通信社)
昨年(2024年)の秋から続く「令和のコメ騒動」について、約91万トン(2024年6月時点)の在庫がある政府の備蓄米がようやく放出される見通しとなった。当初、農水省は「新米が流通すれば価格は一定の価格水準に落ち着く」との見通しを示していたが、コメ価格は2025年1月以降も「5kg4000円台」という高値が続いていたため、政府はやむなく方針転換した。だが、こんな対症療法的な手法や補助金漬けの農政では本格的な食糧危機は乗り切れない。ジャーナリストの山田稔氏がレポートする。
■ コメ価格は1年前と比べて72%上昇、庶民生活は苦しい状況に
東京23区郊外の住宅街。1km四方に食品スーパーが4軒ある激戦区だ。昨年秋のコメ不足のときも、4件のスーパーは独自のルートを駆使してコメの確保に努め、「棚が空っぽ」の異常事態は数日で収まり、5kg3000円台で購入できた。当時は「新米が出回れば量も値段も落ち着く」と言われていた。
ところが、今年の1月後半になってもコメの価格は高値に張り付いたままである。4軒のスーパーを回っても、5kg3800円程度〜4300円程度の値が付いている。ちなみに昨年の夏前、6月ごろまでは千葉産や栃木産のコシヒカリなどは安いときは5kg1700〜1800円で買えていた。重いコメの買い出しは筆者の仕事なのでよく覚えている。
この数年間の東京都区部のコメ(コシヒカリ5kg)の小売価格の推移を見てみよう(別掲【表1】参照)。
コメ価格はコロナ前から昨年までは2200〜2400円台で推移、一般家庭にはありがたい物価の優等生だった。それが一変した。この統計データでも、昨年から今年にかけての異常な高騰が裏付けられた。1年前と比べてなんと前年比72%上昇、つまり1.72倍に上がっているのだ。筆者の自宅近所には中学生と高校生の男子生徒がいる4人家族がいるが、母親が嘆く。
「上の子のお弁当を入れると1日に7合は炊いています。1カ月で50kgちょっとになりますかね。5kg4000円だと4万円。以前なら2万3000円ほどで、週末は外食をすることもありましたが、今はとても無理です」
そんな庶民生活の危機的状況にようやく気が付いたのか、それとも支持率アップのためなのか、石破政権は1月下旬になってようやく備蓄米の放出を決めた。
■ 価格高騰の要因、「あくまで流通面の問題」と強調する農水相
備蓄米放出の具体的な手順、放出量、価格などは2月14日にも明らかになる。
昨年8月下旬、大阪府の吉村洋文知事が放出を要請したが、当時の坂本哲志農水相は「コメの需給や価格に影響を与える恐れがある」と備蓄米放出には否定的で、実際、放出はなかった。
同時に「今後、新米が順次供給され、円滑なコメの流通が進めば、一定の価格水準にも落ち着いてくる」(2024年9月6日の坂本農水相会見)との見通しを示していた。それが大外れしたのである。
従来の方針から一転して今回、備蓄米放出を決めた江藤拓農水相は、1月24日の記者会見でこう語った。
「(米価は)今年になっても高い状況が続くのではないか」 「政府備蓄米の買い戻しの条件付きの販売を可能とすることを(有識者会議で)議論してもらう」
そして1月31日、農水省は備蓄米放出に向けた新制度の概要を発表。価格高騰が続く中で、大凶作などに限っていた放出方針を転換することとなった。2月4日の衆院予算委員会では、対応の遅れを追及された江藤農水相が「大いに反省はある」と答弁する一幕もあった。
今回の方針転換について、江藤農水相は2月7日の記者会見で「石破総理から早急に進めるよう指示があった」と内情を明かしたうえで、
「今回は昨年と違って明らかにコメはあるのに、21万トンも集荷業者(の集荷数量)が集まらないというエビデンスが明らかになったので、いわゆる流通上のスタック(停滞)を解消するという意味での放出。価格が変動するかは私から申し上げることは避けさせていただく」
と話し、備蓄米放出の背景にある現状のコメの流通不足=価格高騰は、あくまで流通面の問題だとの認識を強調した。
■ そもそも需給見通しが甘かった農水省の見解「消費がやや増加した」
これまでの経緯を簡単にまとめると、令和6(2024)年産のコメの生産量は679万トンで前年比18万トンの増加だった。ところがJAをはじめとする主な集荷業者が生産者から集めたコメは前年比で約21トン少なかった。その背景には、コメ不足が顕著になった昨年の夏場後半から秋以降の“例年にない動き”が影響している。
JAの概算金(生産者への前払い金)引き上げや、業者による新米などの争奪戦が繰り広げられて相対取引価格が大幅に上がった一方で、「コメ価格は上がる」とにらんだ業者間取引が活発化し、スポット価格も急騰した。
その結果、昨年12月末の民間在庫量は近年では最も低い水準の253万トンにとどまった。つまり、「消えた21万トン」の多くは、大手以外の集荷業者や販売業者(農水省の公表対象は年間500トン以上の集荷業者、4000トン以上の販売業者)などがコメを押さえたのではないか、と見られている。こうして流通段階での価格高騰が重なり、消費者に届く段階では、昨年1月に比べて1.7倍(東京都区部)に跳ね上がったのである。
農水省の言い分や多くのメディアの報道を見ていると、こうした流通業者の行動が価格引き上げにつながった元凶であるかのように受け取れてしまう。もちろんその側面があるのは間違いないが、根本的な原因を見落としている。それは農水省のコメ政策のあり方である。
コメの生産量(主食米)の推移を見てみる(別掲【表2】参照)。
昨年夏以降の流れの中で注目したいのが、令和5(2023)年の生産量661万トンである。農水省が昨年7月30日に開いた食糧部会の中で、令和5年7月〜令和6年6月末までの主食用需要量は前年比11万トン増の702万トンであることが示された(インバウンドの消費量は5.1万トンと試算)。この結果、6月末の民間在庫量は156万トンと前年比41万トンの大幅減少となった。
この時点で農水省は「令和5年産米の高温・渇水の影響による精米歩留まり率の低下や、食料品価格の上昇が続く中で、米の価格が相対的に上昇が緩やかだったことから消費がやや増加した」との見解を表明した。
しかし、令和5年産をみれば、主食米生産量661万トンに対し需要量は702万トンで、41万トンも足りなかったのである。つまり、昨年夏場以降の「コメ騒動」の根本原因は、農水省の需給見通しの甘さにあったということだ。それが流通現場での「コメ不足」を招き、その後の価格高騰につながっていったのである。
こうした事態を招いた背景にあるのが、国によるコメの生産量調整である。
■ 減反政策、転作奨励のビジョンなき「補助金農政」が招いた危機
生産量調整の基盤となったのが、半世紀に及んで実施した減反政策である。巨額の補助金を伴う減反政策は2018年度に廃止されたが、その後も補助金で“生産調整”を行う政策がとられてきた。主食用米から麦、大豆、飼料作物などへの転作を支援する「水田活用の直接支払交付金」の存在だ。しかも、水田維持のために5年ごとに水を張ることが交付金の要件となっていたが、このルールを2027年度以降は廃止するなど、交付金の要件を緩和。
令和7年度予算の概算要求では「水田活用の直接支払交付金等」に3015億円も計上されている。国中が大騒ぎとなったコメ騒動があったにもかかわらず、いまだに国民の税金を使って飼料用米などへの転作を奨励しているのである。
令和6年産の主食用米は、作付面積が1.7万ヘクタール増えたこともあって、生産量が増加したのだが、今回の「水張りルール」廃止などの要件緩和と、昨今のコメ価格高騰、そして政府の買い戻し条件付き備蓄米放出が、令和7年産の主食用米の生産量、つまり農家の生産意欲にどんな影響を及ぼすのか。
転作奨励に向けた要件緩和、あるいは備蓄米の買い戻しによって今年の秋以降もコメ不足=価格高騰となることを見越した生産者が作付面積を増やすのか、そして大手、中小の集荷業者、流通業者はどう動くのか。今年のコメ争奪戦の行方はまさに不透明だ。
そんな事態を招いたのは長期ビジョンを欠いた政府のコメ政策に他ならない。昭和の時代、戦中戦後を通じて食料不足を解消するために食糧管理制度が実施された。国がコメをすべて買い上げ、消費者への配給、価格などは政府の統制下に置かれたのだ。
やがて買い取り価格よりも売り渡し価格が安い逆ザヤが発生し、財政赤字が拡大。本格的な生産調整である減反政策が1970年度になって実施され、転作奨励金という補助金をばらまいた。その後転作奨励金の予算額が減少し、安倍政権下の2018年度に廃止となった。
とはいえ前述したように、農水省はいまだに奨励金を出して転作を奨励し、その要件を緩和しようとしている。近年は年間10万トンペースで消費量が落ち込んでいたことから、それに合わせるかのように農水省は巧みに“生産調整”を行い、コメ余りによる価格下落を防ぎ、農家と農協を守ってきたかのように見える。
しかし、この“国家管理経済”の構図に、新自由主義の利益追求型業者、投機筋が参画してきたことから農水省の思惑は外れてしまい、備蓄米放出といった事態に追い込まれたということか。
昨年夏の終わりから秋にかけてのコメ不足、今年になっても続くコメ価格高騰、そして窮余の策である備蓄米放出──。コメ価格の高値安定を望む生産者や農協と、高騰前の水準に戻してほしい消費者、飲食関連業者などの思惑は異なる。
そこへきて世界的な気候変動による生産活動への影響、地球規模の食糧争奪戦という、従来の農政ではクリアできない課題が迫っている。戦後一貫して続けてきた補助金農政では、これらの課題に対処できないのは目に見えている。一連のコメ騒動は食料危機の一端でしかない。抜本的な農政改革が迫られている。
山田 稔
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