( 265366 ) 2025/02/14 18:49:52 0 00 尖閣諸島(写真:共同通信社)
■ 読売新聞のスクープで日本政府がしぶしぶ認めた中国によるブイ設置
日本と中国との間に横たわっていた「トゲ」がまた一つ、ポロリと取れた。尖閣諸島近海の日本のEEZ(排他的経済水域)内に中国側が勝手に設置していた直径10mほどのブイ(浮標物)が、ようやく中国側によって撤去されたのである。
2月11日、中国外交部の定例記者会見の中で郭嘉昆(かく・かこん)報道官は、日本経済新聞社の記者の質問に答えて、こう述べた。
「中国は関係する海域に、気象観測用の浮標を設置しているが、これは中国の国内法と国際法に合致したものだ。最近、ある浮標がそこでの作業任務を終えた。科学的観測の実際の必要性に基づいて、中国の関係部署は自主的、技術的な調整を実施した」
何とも持って回った言い方だが、1年7カ月にわたって日本を振り回した「小さくないブイ問題」を引き下げたことを、中国側も認めたのだった。
この一件の騒動は、2023年9月18日に、読売新聞が報じたスクープ記事から始まった。
〈尖閣諸島(沖縄県)近くの日本の排他的経済水域(EEZ)内で、中国が海洋調査ブイを新たに設置したとして、日本政府が中国側に抗議したことがわかった。(中略)
政府関係者によると、海上保安庁の巡視船が7月11日、日中のEEZの境界にあたる日中中間線から日本側に約500メートル入った海域で黄色いブイを確認した。現場は同諸島・魚釣島から北西に約80キロの海域で、ブイには「中国海洋観測浮標QF212」と書かれていた。海底に重りを下ろして固定しているとみられる。(以下略)〉
翌日の松野博一官房長官(当時)の定例会見で、読売新聞の記者がこの件を質すと、松野長官はあっさり認めた。
「わが国の排他的経済水域において、わが国の同意なく構築物を設置することは、国連海洋法条約上の関連規定に反します。こうした規定を踏まえ、ブイの存在を確認後速やかに、外交ルートを通じて、中国側に抗議し、ブイの即時撤去を求めました。引き続き、関係省庁が万全を期すとともに、わが国の領土・領海・領空を断固として守り抜くとの考えのもと、毅然かつ冷静に対処していく考えであります」
当時、私はこの答弁が腑に落ちなかった。「中国側にブイの即時撤去を求めました」とは何事だろう?
■ 日本政府の抗議も虚しく撤去されなかったブイ
「毅然かつ冷静に対処」するのだったら、さっさと海上保安庁などがブイを撤去し、その上で中国側に厳重抗議したらよいではないか。実際、フィリピンもほぼ同時期に中国側に同じことをやられたが、フェルディナンド・マルコス大統領が「毅然とした命令」を出して撤去し、かつ中国側に厳重抗議している。
ところが松野長官は、「中国側にブイの即時撤去を求めました」。では、中国側が撤去しなかったらどうなるのか?
実際、中国側はいくら日本が抗議しても馬耳東風で、ブイは存在し続けた。記事が出て2カ月後の同年11月から、国会で野党がこの問題を質すようになったが、岸田文雄首相(当時)は、まるで判で押したように答えた。
「ブイの撤去も含め、可能かつ有効な対応を関係省庁で連携して検討して参ります」
結局、昨年も国会で同様の「押し問答」が続き、ブイよりも先に、岸田政権の方が9月に消えてしまった。
■ 強制撤去できないのか?
そもそも中国側は、一体何のために日本のEEZの内側にブイを設置したのか? 考えられる理由は3つある。
第一に、日本側が実効支配している尖閣諸島を近未来に奪い取るため、付近の海域の調査を行ったということだ。海水の温度や塩分濃度、海底の地形、波や風の状況、天候など、収集したい情報は多岐にわたったはずだ。それらを1年7カ月にわたって、ブイから衛星を通じて、本国に送り続けたのである。
第二に、ブイを設置した場所は「中国側のEEZ」であることを、内外にアピールする目的だ。日本側は「日中のEEZの境界にあたる日中中間線」と主張しているが、中国側は「日中中間線」自体を、「日本側が勝手に線引きしたもの」として認めていない。そのため中国側は、「あくまでも自国のEEZ内にブイを設置しただけなのに、日本から文句を言われる筋合いはない」という態度を示したのだ。
第三に、日本を試した可能性だ。日本側が実効支配する尖閣諸島を、スキあらば奪い取ろうとしている中国は、いわゆる「サラミ戦術」を展開している。少しずつ少しずつ触手を伸ばしていく戦法だ。
その一環として、囲碁の「置き石」のように、日本の反応を探るために、一歩進めてみたというわけだ。実際、日本側は右往左往するばかりで、ブイを撤去することはなかった。
それではなぜ日本側は、ブイを撤去しなかったのか? 私は当時の岸田政権の高官に聞いたことがあるが、その回答は意外なものだった。
「尖閣諸島の海域は、当然日本の海域だが、中国側も同様の主張をしているため、国連海洋法条約上、確定ができていない。国際海洋法条約では『他に主張する国家がない』ことが、EEZ認定の前提となるからだ。
確定ができていない場合、ブイは公路障害物となって、設置した側が回収するのが国際法のルールだ。日本は普段、世界に向けて『法の支配』をアピールしているため、厳密に国際法に照らせば、できるのは中国側に撤去を要求することまでなのだ。
仮に強権を発動して撤去するにしても、政府には専用の回収船がないので、民間に委託することになる。その際、どの官庁が委託業務を担当するのか? 民間船が撤去業務を行う際の身の安全を、どうやって保証するのか? 中国側の不測の事態にどう対処するのか? ブイの撤去は、簡単なことではないのだ」
この説明から、国際法を盾にして、関係各省庁が責任をたらい回ししている様子が窺えた。
■ すっかり舐められた日本政府
昨年11月15日、石破茂首相はペルーAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で習近平主席と初会談を行った際、習主席に6つの要求を出した。そのうちの一つが、ブイの撤去だった。
それから3カ月近く経って、中国側はようやく応じたわけだ。重ねて言うが、設置した当初から日本は抗議していたので、1年7カ月もかかったことになる。
中国からすれば、ブイを使って収集したかった情報はほぼ取り終えたし、ブイの存在感も示せた。かつ日本の不甲斐ない対応もよく分かったということなのだろう。
そもそも中国は現在、自国の経済が悪化していることと、米ドナルド・トランプ政権との貿易戦争がヒートアップしていることから、周辺諸国とは「スマイル外交」に徹している。おまけに石破政権は、安倍晋三、菅義偉、岸田文雄の過去3政権に比べたら、中国にとって「望ましい政権」だ。
こうした様々なことから、中国としては機が熟したと見て、撤去したに違いない。
だが、たかだか直径10mほどの無人のブイを、即座に撤去できないようであれば、尖閣諸島の防衛などできるのだろうか? 中国が撤去を発表した日が、日本の建国記念日だったのは、何とも皮肉なことだ。
(追記:与那国島南方の日本のEEZ内で昨年12月に設置が確認されたブイについては、いまだに撤去されておらず、12日に林芳正官房長官は、再び「ブイの即時撤去を強く求めている」と述べた)
近藤 大介
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