( 265741 )  2025/02/15 16:53:53  
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ローカル線(画像:写真AC) 

 

 赤字ローカル線の存廃に関する議論は、ネット上で盛り上がるテーマのひとつだ。しかし、議論を追ってみると、特定の意見ばかりが目立つことに気づく。 

 

 例えば、 

 

「普段乗らないのに存続を求めるのは利己的だ」 

「鉄道会社は民間企業だから採算を重視すべき」 

「自治体が維持するのが合理的だ」 

 

などの意見だ。なぜこうした意見が集まりやすいのだろうか――。 

 

 それは、ネットの特性に加え、日本社会の構造や価値観が影響しているからだ。この記事では、この現象を多角的に掘り下げ、ネット上での交通インフラに関する議論がどのような力学で動いているのかを考える。 

 

ローカル線(画像:写真AC) 

 

 ネット上での議論は、意見を表明する動機を持つ人たちによって主導され、そのため発言者は限られている。 

 

 経済学者の田中辰雄氏と浜屋敏氏が実施した10万人規模の調査によると、「ネット上での投稿の約半数」は実際にはわずか0.23%の人たちによって書き込まれていることが明らかになっている。この0.23%は 

 

「435人に1人」 

 

という割合であり、その発言者の「特殊性」が際立つ。さらに、過激な意見を発信する人たちは「高齢者」に多いことが示されており、炎上に参加するのは「40万人に1人」という極めて少数派に過ぎない。ヤフーニュースやX(旧ツイッター)などに積極的にネガティブコメントを書き込んでいる人たちは、自らの「特殊性」にそろそろ気づいたほうがいい。大多数はサイレントマジョリティーなのだ。 

 

 さて、ローカル線の存廃問題に強い発言力を持つ層は、 

 

・経済的観点で鉄道を語る層 

・自家用車を主に利用する層 

・自己責任論を強く持つ層 

・冷笑的、懐疑的な態度を取る層 

 

などだ。経済的観点で語る層は、企業経営の視点から採算性を重視し、「赤字なら廃止すべき」と考える。自家用車を利用する層は車社会に適応しているため、鉄道の必要性を感じにくい。自己責任論を強く持つ層は、地方の衰退をその地域の「努力不足」と捉え、鉄道維持の責任を利用者や自治体に負わせる。一方、冷笑的、懐疑的な態度を取る層は、「鉄道存続を求める人は自分で乗っていない」といった矛盾を指摘し、揶揄する傾向がある。 

 

 しかし、ネット上には意見を表明しにくい層も存在する。普段からローカル線を利用しているがネットに書き込む習慣がない人たちや、交通政策に関心がありながら議論に参加しない人たち、鉄道の存続を願っているが批判を恐れて沈黙する人たちがこれに該当する。 

 

 要するに、ネット上で目立つ意見は、発言する人たちのバイアスがかかっているため、現実の世論を必ずしも正確に反映しているわけではない。 

 

 

ローカル線(画像:写真AC) 

 

 ネット上での議論では、「鉄道は採算が取れなければ廃止すべきだ」という意見が多く見られる。この論理は一見合理的に思えるが、実際にはその前提に問題があることが少なくない。 

 

 まず、公共インフラの価値を「利益」で測るべきかという点である。鉄道は単なるビジネスではなく、地域の生活基盤そのものである。道路や上下水道、警察、消防といったインフラと同様に、収支だけで存続の可否を決めるべきではない。例えば、赤字だからといって過疎地の消防署を廃止することはあり得ないが、鉄道に関しては「採算重視」の意見が強くなる。 

 

 次に、JRの民営化以降、鉄道は「営利企業の事業」として認識されやすくなった。特に都市部の鉄道は利益を出しているため、 

 

「鉄道 = 儲かるなら存続、赤字なら廃止」 

 

という考え方が広まった。しかし、鉄道は元々国が整備した社会インフラであり、「儲かるかどうか」を唯一の基準にするのは短絡的である。さらに、日本社会には 

 

「自分で何とかするべき」 

 

という価値観が根強くある。そのため、ローカル線の問題も「沿線住民が利用しないのが悪い」「自治体が負担すべき」といった論調に偏りがちである。しかし、公共交通は地域単位で成り立つものではなく、広域的な視点での議論が必要である。 

 

ローカル線(画像:写真AC) 

 

 ネット上での議論は、意見が対立するほど活発化しやすい。そのため、ローカル線の存廃問題も「存続派vs廃止派」という構図に陥りやすい。 

 

 鉄道存続を訴える側は、「普段乗っているのか?」という問いに対して返答に困ることが多い。その結果、存続派の声は弱まり、廃止を支持する意見ばかりが目立つことになる。また、ネットには 

 

「建前を崩すこと」 

 

に快感を覚える層が一定数存在している。例えば、「公共交通は大事だ」という意見に対して、「でも乗っていないよね?」と指摘し、相手の主張を無効化しようとする。こうした論調が広まると、まともな議論が成立しにくくなる。 

 

 さらに、ネット上では「論破」することが快感となる傾向があり、鉄道存続派の主張に対して「正論」で切り返すことが評価されやすい。例えば、「赤字だから廃止は当然」といった意見は、シンプルで分かりやすいため共感を得やすい。逆に、「鉄道は長期的な視点で維持すべき」といった複雑な議論は、支持を集めるのが難しくなる。 

 

 

ローカル線(画像:写真AC) 

 

 ローカル線の存廃議論を健全に進めるためには、いくつかの重要な視点が求められる。 

 

 まず、「経済的視点」以外の論点を提示することが必要だ。鉄道の価値は、単に採算の問題にとどまらず、地域社会の持続可能性や環境負荷の低減など、幅広い要素を含んでいる。これらの視点を積極的に発信することで、より多角的な議論が促進されるだろう。 

 

 次に、「普段乗らない人」の意見を排除することは避けなければならない。「普段乗っていないなら意見をいうな」という論調が蔓延すると、議論が一方的になり、健全な対話が難しくなる。鉄道は地域全体の未来に関わる問題であるため、利用者に限らず、広く意見を交わす場が必要だ。 

 

 さらに、ネットの特性を理解した上で情報発信することも重要だ。ネット空間では、 

 

「目立つ意見 = 正しい意見」 

 

ではないことを認識する必要がある。議論の構造を理解し、バランスの取れた情報提供を心がけることで、より効果的な議論が実現するだろう。 

 

 赤字ローカル線の存廃問題は、単なる収支の問題にとどまらず、地域の未来を形作るための社会全体の課題である。ネット上での議論を深め、より多様な意見が可視化される場を作ることが、今後ますます求められるだろう。 

 

 この文章が、選ばれし0.23%の人たちに届くことを願っている。 

 

出島造(フリーライター) 

 

 

 
 

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