( 265896 )  2025/02/16 03:39:21  
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Photo:JIJI 

 

 トランプ大統領が「紙ストロー廃止」を宣言したことが話題だ。これを「ポピュリズム」とか「理解に苦しむ愚策」と切って捨てることは簡単だが、「脱プラ・脱炭素が抱える矛盾」を炙り出したと捉えることもできる。「レジ袋課金」「紙ストロー導入」以上の政策が進まない現状は何を意味するのか。今こそ、脱炭素について考え直すときが来ている。(百年コンサルティング代表 鈴木貴博) 

 

● ストローを紙にする前に やるべきだったこと 

 

 アメリカのトランプ大統領が連邦政府機関での紙ストロー使用を廃止する大統領令を出しました。 

 

 このニュースを耳にして鼻にプラスチックのストローが刺さったウミガメを思い出した人も少なくないかもしれません。2015年にYouTubeで動画が拡散され、海洋に廃棄されるプラスチックが世界的な問題となりました。これをきっかけに、レジ袋の廃止や紙ストローへの置き換えが世界に広まります。 

 

 プラスチック削減の動きは、脱炭素と海洋保護の2つの社会課題に向き合うために必要なことだと考えられてきました。トランプ大統領の政策はこれまでの常識をかき回します。 

 

 紙ストローを廃止するトランプ氏は、次のように主張しています。 

 

 「使ったが、破れたり、折れたり、裂けたりした。熱いものを入れると長く持たず、数分、時には数秒しか持たないばかげた状態だ」 

 

 紙ストロー以外にもトランプ大統領がパリ協定を離脱したり、EVへの補助金を打ち切ったりと、脱炭素や環境保護に反する決定ばかりしていることが気になっている読者は少なくないかもしれません。 

 

 しかし、これらは本当によくない動きなのでしょうか。結論から言えばよくないのですが、事はそれほど単純ではありません。 

 

 トランプ大統領はXにいろいろと極端な話をポストする傾向があり、その主張はしばしばフェイクだとして周囲から噛みつかれます。明らかな間違いもよくあるのですが、必ずしもトランプ氏が間違っているとはいえない主張も見られます。 

 

 日本ではあまり報道されていませんが、トランプ政権の政府効率化省トップに任命されたイーロン・マスク氏が連邦政府機関である国際開発局(USAID)の閉鎖を表明して大混乱が起きています。 

 

 情報には表と裏があることをトランプ大統領は暴こうとしています。今回、トランプ大統領の支持者が怪気炎を上げているひとつの背景が、USAID閉鎖にともないこれまで陰謀論とされてきた情報に政権のメスが入ろうとしていることにあります。 

 

 そして脱プラにも表と裏の情報があります。ストローやレジ袋について脱プラスチックを目指すのはいい話ではあるのですが、実は脱炭素効果としては不十分です。 

 

 本当は小売流通業界で脱炭素で排出量を50%削減するのであれば、レジ袋からスタートして、精肉や鮮魚のトレイや、総菜弁当の容器などどんどん脱プラを進めていかなければ目標に届かないことがわかっています。 

 

 でもそれはやってこなかった。シンボリックにレジ袋やストローのように目立つところで、マイバッグ化や紙ストロー化を推進して産業界はSDGsを宣伝してきました。 

 

 現在、紙ストローには消費者から使いにくいという声が上がっていて、その課題を解決するためにバイオマスストローへの転換が提唱されています。本当ならここでおかしいと気づくべきです。 

 

 紙ストローがバイオマスストローへ置き換わっても脱炭素はほとんど進まない。それも大事なのかもしれませんが、優先して実行すべきことは他の脱プラです。 

 

 

 私の家ではマイバッグを徹底して、よほどの事情がない場合はスーパーで有料のレジ袋を買うことはありません。にもかかわらず、ここ数年、毎週出す資源ごみの量は増える一方です。中身を見ると調味料の容器やスナック菓子の包装、そして牛肉や魚のトレイなど。 

 

 よく買って帰るせんべいの菓子袋をみると外袋の内側に透明のトレイが敷かれて、その中に個包装のせんべいが入っています。比較的高価な商品に多いこの過剰包装は、インフレ経済下ではステルス値上げに役立っています。包装を全部捨てて、外袋に中身だけを入れ直すと半分以下の量しか入っていないのです。 

 

 結局、ステルス値上げを優先したい企業としては、脱プラは後回しにしているという事実があります。政府もあうんの呼吸で、レジ袋運動以降は、口を閉ざして脱プラの指導は声高にはしていません。 

 

● トランプ大統領が暴いた エコ満足の偽善 

 

 さて、話をもう少し複雑にしてみましょう。 

 

 日本経済新聞社に『ウミガメはポリ袋で死なず 悲話が生む「脱プラ」の矛盾』という記事が掲載されました。その中で、個体数が減少しているのは「ポリ袋を食べてしまうアオウミガメ」ではなく、「ポリ袋をあまり食べないアカウミガメ」だといいます。 

 

 海洋投棄されたポリ袋は海の比較的浅い場所を漂うため、誤食をするのは浅いところに生息する草食系の生き物で、アオウミガメもその仲間です。一方で個体数が減っているアカウミガメは比較的深い場所に生息していて、肉食傾向が強いせいもあってアオウミガメのように海藻と間違えてポリ袋を食べる傾向が少ないといいます。 

 

 そして、アカウミガメが生息する深い海では最近、漁業に異変が起きています。たとえばイカが獲れなくなっている。地球温暖化で海の生態系が変化したせいだと言われますが、そのイカもアカウミガメの食糧です。 

 

 それで視野を海の中から地球全体に広げてみると、確実に起きていることは気候変動と、それに伴う生態系の変化、そして気候災害です。 

 

 

 日本では能登半島の地震や豪雨が大きかったことでそちらに注意が向きがちですが、昨年も全国各地で豪雨に伴う洪水や土砂災害が発生しています。 

 

 このような気候災害は海外ではさらに被害が大きくなっています。今年大きなニュースとなったロサンゼルスの山火事も、あそこまで被害が広がった背景要因の可能性としては気候変動が指摘されています。冬に吹く乾燥した風が以前よりも強く、そして長く続くようになったのはCO2の増加が関係しているというのです。 

 

 このままだと、日本でも2020年代後半の気候災害の犠牲者数は、増加の一途をたどるでしょう。ではどうしたらいいのか。ここでトランプ大統領の問題に話が戻ります。 

 

 問題は日本だけでなく世界中で「情報がおかしいこと」です。 

 

 脱石油、脱炭素については、どんなテーマに関しても真逆の情報が溢れます。例えば、太陽光発電は自然にいいという情報があれば、太陽光パネルは環境に悪いという情報もあります。EV化を進めるべきだという情報に対しては、EV化は欧州の自動車会社の陰謀でその野望はすでに破たんしているという情報も流れます。 

 

 どちらの情報が間違っているかというとそうでもない。どちらも正しいといえば正しい情報であることが往々にしてあります。ただ政策が対立する2つの陣営があるとしたら、片方の情報は都合がよく、もう片方の情報は不都合だという場合があり、それを自分の政策に都合よく切り取るような情報操作が行われます。 

 

 脱炭素に関して言えば、特にグローバルな石油業界では何十年も昔からロビイストが暗躍し、怪情報が飛び交う世界であることは少なからず常識となっています。現実に情報戦が行われているのです。 

 

 脱炭素には今、大きな逆風が吹いています。AIブームのため全世界でデータセンターの建設が進んでいて、予測では2040年頃には電力需要は現在の1.2倍以上に膨れ上がるとされています。そこでAIを推進するトランプ大統領は石油業界に対して「どんどん石油を掘れ」と言うわけです。気候変動を憂う人たちにとっては状況はどんどん悪くなっています。 

 

 「ウミガメ」と「水害のリスクがある地域に住む日本人」には共通の利害があります。それは気候変動を止めることが安心して生活できるための最大の目標だという事実です。どちらもなんとか脱炭素を進めてほしいと願っているのです。 

 

 そんな中、脱炭素にはメスをいれないけれども、国家レベルの情報操作にメスをいれるトランプ大統領は、単なる悪ではなく、この時代の矛盾点をかき回す狂言回しの役割を果たしているのかもしれないのです。 

 

 「ストローよりも優先すべき政策課題は何か」ということに気づかせてくれたことで、わたしたち日本人が未来に向けて行動を変えていくきっかけが生まれたとポジティブに捉えるのはどうでしょう。できれば「ウミガメのこともちょっと考えながら」です。 

 

鈴木貴博 

 

 

 
 

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