( 266256 ) 2025/02/16 17:32:19 0 00 (撮影:今井康一)
近頃のセブン&アイをめぐる話題といえば、カナダからの買収提案に対抗するため、9兆円規模ともいわれる大型MBO(経営陣による買収)の資金調達先が注目されている。創業家や伊藤忠商事に加え、海外ファンドやタイの財閥などの名が日々取り沙汰されているものの、まだすべてが固まってはいないようだ。
このような局面では業績を伸ばして株価を上げることが求められるが、2025年2月期第3四半期の業績は大幅な減益となった。その後のディールを見越してか、株価は大きく下落するには至らなかったが、依然として冴えない動きが続いている。こういうタイミングで減益が発表されるのは、なんとも間が悪いと言わざるをえない。
■揺れるセブンのブランドイメージ
かつてセブンは、小売り最大手として揺るぎない存在感を誇っていた。しかし現在は、市場に翻弄されている印象が強く、ネットニュースでも「セブン苦戦」「独り負け」「ファミマ逆転なるか?」といった見出しを頻繁に目にする。SNSでは弁当容器の“上げ底”が話題となり、ステルス値上げのように見なされるなど、セブンを取り巻く風向きが大きく変わってしまった感がある。
直近決算では北米事業の業績悪化が懸念材料となったが、現時点で比較対象となる情報が限られており、詳細な分析は難しい。しかし国内に限れば、そこまで深刻な落ち込みではないようにも見える。とはいえ、国内コンビニ業界の力関係はどうなっているのか。ここで一度、データを使って整理してみたい。
図表に示したように、2024年度第3四半期の国内業績ではローソンが増収増益を達成する一方で、セブンとファミマは減収減益となり、特にセブンの減益率が大きい。
ただし売り上げ動向を対前年比で見ると、コロナ期の落ち込みの影響が残るため、次の図では「平均日販(1店舗あたり1日あたり平均売上)」の推移を比較している。これはセブンが圧倒的に高いことで知られるデータなので、セブンを100とした場合にファミマとローソンがどのように推移したかを可視化したものだ。
下位2社はセブンの8割前後と依然として差があるものの、コロナ後、差を詰めてきていることがわかる。その要因として、セブン自身も認める“価格対応の出遅れ”が指摘されている。
■価格戦略の後手がもたらした影響
コロナ後の物価上昇に伴い、消費者の懐事情は厳しさを増している。実質賃金はマイナス傾向が続き、価格に敏感になった消費者が急増中だ。こうした環境で、ファミマやローソンは素早く対応策を打ち出してきたが、セブンが「うれしい値」という値下げ施策を始めたのは2024年秋頃と後れを取った。この差が売り上げに影響して業績の停滞要因になったということである。
ここまでを見てくると、セブンは価格戦略で失敗しており、これを機に価格についてはより対応感度を高めていくべきなのは確かである。一方で「価格感応度がコンビニの勝敗を決めるのではない」という違和感も覚える。コンビニの重要な競争要因が、価格であるのなら、とっくの昔にスーパーに負けてしまっているはずだからである。でも、決してそんなことはない。少し説明したい。
消費者の購買行動は、①予算制約と②時間制約という2つの要因に大きく左右される。金銭面も時間も限られた中で、消費者はその範囲内で最適だと思う選択をするわけだ。特に、仕事中の昼休みにペットボトルを買う場合など、時間の制約が厳しいときは、往復20分かけてスーパーで78円の飲料を買うよりも、近くのコンビニで130円の飲料を買うことになる。つまりコンビニとは、差額分で「時間」を買っている場所ともいえる。
一方、勤務時間後などに余裕ができれば、より価格の安いスーパーへ足を運ぶかもしれない。ざっくり言えばスーパーは予算制約を緩和し、コンビニは時間制約を緩和する役割を担う。そのため両者は住み分けが可能であり、原則的にはコンビニが価格を全面的に争点にする必要はない、ということになる。
だがそれなら、コンビニの価格対応で売り上げに差が出たり、セブンが追加的に価格対応をするのと話が合わない、と思われるだろう。しかし、前述の理屈は原則の話であって、すべてがこの理屈だけで語れるわけがないからだ。実際には時間よりも予算制約を重視する層が、コンビニを利用しているケースもあるからだ。そうした層は、価格が高いと感じれば、コンビニで買わなくなるかもしれない
■多様化する顧客層と新業態の必要性
もっとも図が示すように、実際に平均日販へ与えた影響は先の図のとおり、5%ほどである。仮にその5%を引き止めるために、全店で利幅を削った値下げを行うのであれば、利益を損なう可能性がある。そうした顧客層をも取り込みたいのであれば、より低価格帯で構成した新業態を用意すべきということになるのだろう(イオングループの小型スーパー「まいばすけっと」のように)。
これまでコンビニは顧客層の違いに関係なく、ほぼひとつの店舗タイプで全国展開してきた。顧客層に合わせて細分化した店舗はコスト増になるので、大都市で成功したタイプを全国展開してトップシェアを確立することを優先したためだった。
しかし、今やコンビニは全国5万7000店超となって、ほぼ飽和状態になり、店舗数を従来のように増やせない状況になっている。これからは、顧客層に合わせて品揃えや価格帯が異なる業態を生み出していく必要に迫られているのであろう
物価上昇で価格感応度が高まる消費者に対して、価格対応は対症療法として必要だが、それは本質ではない。むしろコンビニが急ぐべきは、ビジネス街や工場内、住宅街、地方ロードサイドといった「時間制約のパターン」ごとに最適な店舗タイプを開発することだろう。ポイントやアプリが普及してきた今なら、ビッグデータを活用し、顧客の求める品揃えや価格感応度を分析することが十分可能なはずである。
コンビニは小売業の中ではDX化が進んでいるように見えるが、顧客層の細分化など、マーケティングや業態開発にビッグデータを活用するという発想は、これまではあまり強くなかったようにも見える。その背景には、コンビニがPOSを活用した単品管理の成功者だったからではないか。単品管理は商品動向を細かく把握するのに大いに貢献したが、商品が主体であり、顧客が「どんな人か」は基本的に見えにくい。
一方ビッグデータは個人ID単位で収集・分析できるため、他のITプラットフォーマーと連携すれば、顧客の生活全体を把握する可能性すらある。現在のコンビニは、この方向へと発想転換の途上なのであり、ローソンが三菱商事に加え携帯キャリア・デジタルプラットフォーマーでもあるauをパートナーに選んだのも、こうした考えが背景にあるのだろう。
■立地特性による価格と品揃えの最適解
新幹線に乗る前に食料を買おうとすると、周辺の商業施設や駅構内、ホームの売店など、列車に近づくほど価格が高くなる。消費者もそれに文句を言わない。選択肢が少なくなれば、値段が高くても代替できないからであり、それは商売の手法としてなんら間違ってはいない、と皆が納得しているからだ。コンビニも店舗ごとに提供する利便性が異なるのなら、それに応じて品揃えや価格設定を変えるべきだろう。
たとえばJR東日本の駅構内(エキナカ)という閉鎖商圏では、NewDaysというコンビニが独自の価格と品揃えで成立している。大手コンビニもこうした顧客特性ごとの業態を作り、それぞれの収益極大化を模索していくべき時期に入っているのだが、それが遅れている、ということなのであろう。「セブン独り負け」といわれていた事象は、単一業態の王者セブンから浮き彫りになった、多業態化への転換を促すアラームのように思えたのである。
中井 彰人 :流通アナリスト
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