( 266281 )  2025/02/16 18:02:10  
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直江津~佐渡のイメージ(画像:国土地理院) 

 

 筆者(碓井益男、地方専門ライター)は、これまで当媒体において「広島と愛媛の「この場所」に、なぜ橋を作らないのか?」といったような、架橋に関する記事を執筆してきた。今回は、佐渡島に焦点を当てる。 

 

 佐渡島は佐渡金山が世界遺産に登録され、世界的な注目を集める島であり、人口は4万9336人(2024年1月1日時点)を数える国内有数の離島だ。しかし、佐渡島と本土を繋ぐ架橋計画は、これまで実現していない。 

 

 直江津(新潟県上越市北部)と佐渡を橋と鉄道で結び、地域活性化を目指す提案は、過去の選挙において立候補者によって掲げられてきたが、現実のものにはなっていない。 

 

 このような現状から、架橋が実現する可能性は薄いように感じられる。しかし、もし架橋が実現すれば、佐渡島と本土を繋ぐことで経済的な利益を生み出す可能性がある。この視点から、今回この問題を掘り下げて考察していきたい。 

 

国道350号(画像:OpenStreetMap) 

 

 佐渡島の交通状況を見てみると、本土と佐渡島を結ぶ航路は 

 

・新潟両津航路 

・直江津小木航路 

 

のふたつある。これら航路は「海上国道」として、国道350号に指定されている。 

 

 国道350号は新潟市から佐渡島を経由して上越市に至る道路で、そのうち約145kmが海上区間だ。海上国道は東京湾口を横断する国道16号などと同様に全国に存在するが、本土から島へ迂回する経路を持つ国道350号は、少々特異な存在といえる。 

 

 この国道指定には興味深い背景がある。1967(昭和42)年、新潟両津航路にカーフェリーが就航し、好景気の影響もあって観光客が増加した。しかし当時、島内の道路事情は劣悪で、主要ルートである両津~小木間はすれ違いもままならない砂利道の県道に過ぎなかった。 

 

 地元からの陳情を受け、1974年に国道350号が設置された。ふたつの航路を道路とみなし、その間の島内区間を含めて国道に指定するという斬新なアイデアは、当時の建設大臣・田中角栄によるものだといわれている。ちなみに、角栄といえば1946年に 

 

「谷川岳を切り崩す。そうすれば新潟に雪は降らなくなる。崩した土で佐渡海峡を埋めるんだ。雪は関東にも平等に降るようになる」 

 

という有名な言葉も残している。 

 

 

ジェットフォイル(画像:写真AC) 

 

 しかし、この国道指定が佐渡島の発展に直接貢献したわけではない。1960年(昭和35年)に11万3296人だった佐渡島の人口は、現在では4万9336人まで減少している。つまり、60年間で島の人口はほぼ半減したことになる。 

 

 男女別の人口推移にも特徴的な傾向がある。1960年には男性が5万3194人だったが、2024年には2万4040人まで減少した。一方、女性は6万102人から2万5296人へと増加している。女性の人口は常に男性を上回り、男性の減少率が女性よりも高い。この傾向は、島の産業の状況と深く関係している。 

 

 佐渡市の統計によると、産業別就業人口は以下のように推移している。 

 

 1980年のデータでは、第一産業が1万8361人(37.7%)、第二産業が9605人(19.8%)、第三産業が2万694人(42.5%)を占めていた。しかし、2015(平成27)年には第一産業が5862人(20.2%)、第二産業が4885人(16.8%)、第三産業が1万8248人(62.7%)に変化している。 

 

 特に注目すべきは、男性が主に従事していた第一産業と第二産業の縮小だ。このふたつの産業の就業者比率は、1980年の57.5%から2015年には37%にまで低下した。なかでも、第二産業(建設・製造業)の衰退により、男性の雇用機会が大きく失われ、その結果、男性の島外流出が進んだと考えられる。 

 

 さらに、佐渡島では第二産業の回復が容易ではない。離島という地理的な条件から、原材料の調達や製品の輸送コストが本土よりも高く、島外からの企業誘致も進まない。加えて、人口減少により島内需要も縮小し、悪循環に陥っている。 

 

 観光産業も当初の期待に見合った効果を上げていない。観光客数は1994年の年間約114万4000人をピークに減少を続け、2019年には約49万8000人と、ピーク時の半分以下にまで落ち込んでいる。 

 

 

佐渡島(画像:写真AC) 

 

 佐渡観光交流機構の分析によると、観光業の低迷には以下のような要因がある。 

 

・団体旅行から個人やグループ旅行への変化に十分に対応できていない 

・海路に頼らざるを得ない佐渡観光において、距離によるハンディを克服するような特色を打ち出せていない 

 

 佐渡金山は世界遺産に登録され、観光スポットとしての期待を集めているが、多くの観光客は一泊二日程度の短期滞在であることが明らかとなっている。このため、観光業は佐渡の経済を支える主要産業にはなり得ていない。 

 

 人口減少と産業縮小の進行は、佐渡島と本土との結びつきにも影響を与えている。現在、佐渡島と本土を結ぶ航路は新潟両津航路(カーフェリーとジェットフォイル)と直江津小木航路(カーフェリー)のふたつだが、これらの航路利用者数は1994(平成6)年に年間114万4213人を記録したものの、2020年には25万4133人へと激減した。特に、新潟県内からの利用者数は1994年の32万4497人から2020年には15万8486人にまで減少しており、これは佐渡島と本土との日常的な交流が希薄化していることを示している。 

 

 利用者数の減少は、航路の維持にも深刻な影響を及ぼしている。直江津小木航路では2003年にジェットフォイルが廃止され、2008年以降は冬季の運休も実施されている。運航を担う佐渡汽船は自治体からの支援を受けながら航路を維持してきたが、コロナ禍による輸送量の激減が追い打ちをかけ、2021年12月期には約22億円の債務超過に陥った。 

 

 この経営危機を受け、佐渡汽船は2022年に地方交通再生の実績を持つみちのりホールディングスの子会社となり、同社からの15億円の出資と、第四北越銀行からの金融支援を受けることとなった。 

 

佐渡市のウェブサイト(画像:佐渡市) 

 

 佐渡島は、 

 

・人口減少 

・産業衰退 

・航路維持 

 

という複合的な課題に直面している。では、本土と佐渡を橋で結ぶことができれば、状況は変わるのだろうか。 

 

 本土との架橋が実現すれば、現在約2時間30分を要するカーフェリーでの往来が、架橋により自動車で約30分~1時間に短縮される可能性がある。このアクセス改善は、人々の行動パターンを大きく変化させるだろう。 

 

 まず期待されるのは観光スタイルの多様化だ。これまでの佐渡観光は「佐渡金山と尾畑酒造を巡って帰る」といった効率重視の周遊が中心だった。しかし、架橋により気軽に往来できるようになれば、例えば 

 

「たらい舟体験だけを楽しみに日帰りで来島する」 

 

といったピンポイントの観光も可能になる。 

 

 物流面でも大きな変化が期待される。現在、佐渡島では地場産品を除けば物価が高く、島外から運ばれる商品には船賃が上乗せされる。架橋によって物流コストが削減されれば、島民の生活コストは大幅に低下する。また、佐渡の特産品である農水産物を鮮度の高い状態で本土市場に出荷できるようになれば、その商品価値も高まる。 

 

 通勤・通学圏の拡大も重要な変化をもたらすと考えられる。現在、佐渡の若者が本土の高校や大学に通学するには下宿が必要だが、架橋が実現すれば通学という選択肢が生まれる。また、直江津や上越市内の企業への通勤も現実的な選択となり、若者の島外流出を抑制できる可能性がある。さらに、医療面でも救急搬送の際のアクセス向上が期待できる。 

 

 

港珠澳大橋(画像:写真AC) 

 

 佐渡島は現在、企業誘致に積極的に取り組んでいる島であり、その成果は注目に値する。佐渡市は「起業成功率ナンバーワンの島」を掲げ、2017年から2023年にかけて、IT企業を中心に48社を島外から誘致することに成功した。そのなかには、島内にデータセンターを設置した企業も含まれている。これだけでも、佐渡が経済的に魅力的な場所であることを示している。 

 

 現在のところ、佐渡島への企業進出には地理的な制約があるため、限界が存在する。しかし、架橋が実現すれば、これまで物流コストが障壁となり進出を見送っていた企業が、佐渡島への進出を検討する動きが加速するだろう。特に、自然環境を活かしたワーケーション施設や、IT企業のサテライトオフィスといった業態には、大きな誘致効果が期待できる。 

 

 とはいえ、架橋実現には大きな課題も存在する。最大の問題は 

 

「建設コスト」 

 

だ。佐渡と本土の距離は最短で約32km。現存する世界最長の海上橋で、香港・珠海・マカオを結ぶ港珠澳大橋(55km)の約60%に当たる長さだ。港珠澳大橋が湾内にあるのに対し、佐渡と本土の間には日本海が広がっており、技術的な困難が予想される。 

 

 また、建設コストに見合う収益が得られるか疑問だ。1kmあたり300億円として試算すると、総工費は約1兆円規模となる。これは新潟県の年間予算に迫る規模であり、完成後も年間数百億円の維持管理費が必要になる。 

 

 通行料を片道5000円と設定しても、現在の年間利用者数(25万人)では年間収入は25億円にしかならない。維持管理費をカバーするためには利用者数の大幅な増加が求められるが、佐渡島の人口減少が予想されるなか、観光客の増加に頼るしかない。しかし、その増加幅も現実的には見込みづらい。 

 

 このように、架橋は現実的な選択肢としては難しいかもしれないが、佐渡島の発展のためには、他の方法で新たな経済活動を促進する必要があるだろう。 

 

 

 
 

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