( 266776 )  2025/02/17 18:27:21  
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2024年12月、経営統合の本格的な協議に入り、記者会見する日産自動車の内田誠社長(左)とホンダの三部敏宏社長=東京都中央区 - 写真=共同通信社 

 

■「子会社にはなりたくない」というプライド 

 

 足許、世界の自動車業界を取り巻く環境変化が凄まじい。そうした中、日産自動車は生き残りをかけてホンダとの統合の協議に入るはずだった。ところが、ホンダ側から子会社化の提案を受け、日産は一気に態度を硬化させ協議は破談となった。 

 

 2月6日、日産自動車の内田誠社長は、ホンダの三部敏宏社長に経営統合に向けた協議を打ち切る方針を伝えたと報じられた。専門家の間では、日産の“プライド”が子会社化の一言で統合への道を断念したという。ただ、日産が独自に生き残るのはかなり厳しいだろう。日産は、これからどのような道を歩むのだろう。 

 

■自力で“変革の波”を乗り越えられるのか 

 

 現在、世界の自動車業界は“100年に一度”の大変革期にあるといわれている。昨年は米欧で電気自動車(EV)シフトは鈍化したが、やや長い時間軸で考えると、自動車需要はエンジン車から電動車へシフトすることは間違いないだろう。それと同時に、“自動車のソフトウェア化”も加速している。2030年代、自動車企業の収益の3割以上をソフトウェア関連の収益が占めるとの予想もある。 

 

 自動車の価値を決める基準が、ソフトウェア化の進捗に依存する時代が来る可能性が高い。自動車のソフトウェア化には、多額の開発費がかかるだろう。それを捻出できないと、世界の主要メーカーから脱落することが想定される。 

 

 これまでにも、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業は日産との提携や買収を狙っているといわれてきた。仮に、海外企業が日産の経営を主導するとなれば、大規模なリストラ実施の可能性も高いだろう。今回の交渉打ち切りは日産だけでなく、わが国の経済、安全保障にも無視できないマイナスの影響をもたらす可能性がありそうだ。 

 

■中国市場で勝負できなくなっている 

 

 近年、世界の自動車業界は一大変革期を迎えている。エンジン車から電動車(HV、PHV、EV、FCV)へ需要はシフトしている。特に、中国ではEV、PHVへのシフトが鮮明だ。政府の支援策(産業補助金、買い替え補助金、工場用地の供与や海外企業からの技術強制移転)の効果は大きい。 

 

 昨年、中国自動車工業協会(CAAM)が発表した新エネルギー車販売台数は前年比35.5%の1286万6000台だった。販売台数全体に占める割合は40.9%、昨年から9.3ポイント上昇した。新興国向けの輸出も増加した。価格競争の激化から、日米欧の自動車メーカーの中国事業は苦戦を強いられた。 

 

 自動車のソフトウェア化も加速している。ソフトウェア化とは、車が情報・通信などでつながり、自動運転や映像・音楽を楽しむことが可能になることだ。中国では、BYDやファーウェイが車載用AIの開発に取り組んでいる。米国でも、テスラやGM、フォードがソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)の開発体制を拡充し始めた。車載用ソフトではグーグルのシェアも高まった。 

 

■自動車を作れば作るほど貧乏になっていく 

 

 自動車開発において、ハードウェア(エンジンや車体)よりソフトウェアの重要性は高まるだろう。欧州ではフォルクスワーゲンが、EV戦略の失敗とソフトウェア創出力の向上のために大規模リストラを余儀なくされた。 

 

 わが国では、トヨタ自動車がエヌビディアやNTTと協業し、SDVの開発体制を拡充した。ホンダは、2040年の新車販売のすべてを非エンジン車にする方針を掲げ構造改革を推進中だ。自動車メーカー同士、あるいはIT企業と自動車の連携や買収など、業界再編の機運も高まっている。 

 

 そうした変革の中、日産の業績は悪化傾向が鮮明だ。2024年度上期の純利益は前年同期比93.5%減の192億円だった。米国で人気が高まったHVを投入できなかったことや、中国事業の収益減少が主たる要因だった。上期、自動車事業のフリーキャッシュフローは4483億円のマイナス。日産は、自動車を作れば作るほど、現金が流出する負の循環に陥ったといえる。 

 

 昨年8月、日産はホンダとの「戦略的パートナーシップの検討」に合意した。主に、EVや車載ソフトウェア、部品の共通化で協業する方針を示した。11月にはグローバルで生産能力を20%削減し、9000人の人員削減を行うリストラを発表した。 

 

 

■統合協議を阻害した日産のプライド 

 

 2024年12月、日産とホンダは経営統合に向けた検討に関する基本合意書を締結した。ホンダは1月末までに日産に抜本的な再建計画の策定を求め、日産は米国の生産能力の25%削減を発表した。それでもホンダは納得しなかった。投資家の間では、今後のリストラにより日産は5000億円以上の特別損失を計上するとの懸念が高まった。 

 

 ホンダは、日産の経営再建の加速を目指し買収による子会社化を打診した。収益力の差に加え、日産の時価総額はホンダの5分の1程度だ。持ち株会社に対等に出資して経営を統合するより、ホンダ主導で経営再建を進めたほうが合理的との見方は多かった。 

 

 しかし、日産はあくまでもホンダとの対等な関係に固執した。日産の内部には、「世界トップクラスの製造技術を誇る名門企業」とのプライドが強かった。現在、ホンダは主に新興国の二輪車需要で収益を獲得している。ホンダ傘下入りは日産のプライドが許さなかったとの見方もある。 

 

■ゴーン時代の「負の記憶」も影響か 

 

 企業文化の違いも影響しただろう。日産は、地道に自動車エンジンの製造技術を磨いた。一方、ホンダは新しい動力源の実用化をめざし、二輪、四輪、航空機、宇宙と事業領域を広げてきた。そうした企業風土の違いも影響したのかもしれない。 

 

 日産には、カルロス・ゴーン時代の負の記憶の影響もあっただろう。ゴーンが進めた“ニッサンリバイバルプラン”は、コストカットのために主力工場の閉鎖、人員削減を大規模に実施した。ひたむきにエンジン製造技術を磨き、“スカイラインGTR”など多くの名車を生み出したカルチャーは退潮したとの思いもあるだろう。 

 

 ゴーン問題を経て、とりあえず日産はルノーとの対等な資本関係を手に入れた。それは悲願の達成といってよいだろう。自主性を取り戻した中、自力再建にこだわる組織的な心理が経営統合協議を阻害したとの指摘もある。 

 

 その結果、ホンダとの経営統合協議は難航し、日産から打ち切りを伝えるに至った。2月初旬、観測報道が伝わると日産の格下げリスクは上昇した。2026年3月期、額面で約5800億円の日産社債は満期を迎える。2月第1週、社債価格の下落リスクを回避するために、円貨、外貨建ての日産社債を売ろうとする投資家は増えた。 

 

 

■鴻海やモノ言う株主が日産を狙っている 

 

 13日、日産とホンダは経営統合に向けた協議の打ち切りを正式に決定した。これで日産の先行きは一段と見通しづらくなった。 

 

 注目されるのは、日産の業績が悪化する中で秋波を送ってきた台湾の鴻海精密工業の出方だ。鴻海は、自動車の電動化、ソフトウェア化の潮流に対応して自社の成長加速を狙っている。 

 

 今回の協議の打ち切りにより、鴻海創業者であり筆頭株主の郭台銘(テリー・ゴウ)氏が、日産への出資、買収に乗り出す可能性は高まったとみられる。2月7日、台湾の中央通信社は鴻海の日産出身幹部が、ルノーとの協業や日産株売却の可能性を協議したと報じた。政治面での影響力拡大を狙うゴウ氏は、日産への影響力を強めて鴻海の成長加速を実現し、支持獲得につなげようとしている節がある。 

 

 日産株主の出方も重要だ。昨年11月、アクティビスト(物言う投資家)のエフィッシモ・キャピタル・マネージメントは日産株を取得した。エフィッシモが大規模リストラを要求し、株主還元を経営陣に迫る可能性は高い。エフィッシモが日産に鴻海との提携を求めることもあるだろう。 

 

■再建が遅れれば日本経済への影響は避けられない 

 

 日産は改正外為法上、海外投資家からの出資について事前審査が必要な“コア業種”に分類されている。日産は、わが国の社会、経済、安全保障体制の維持に必要な企業であることを意味する。仮に日産が海外企業の傘下に入り、資産を切り売りするようなことになると、国内の雇用喪失懸念は高まるだろう。 

 

 自動車のソフトウェア化が加速する状況下、日産車の走行データを海外企業が入手することも考えられる。それは、国民のデータを安心、安全に管理し、利用するわが国の“データ主権”に関わる問題だ。 

 

 ゴーン問題以来、日産はリストラを重ねて目先の収益を絞り出してきた。リストラを続けると、最終的には企業の存続が難しくなる。ホンダとの経営統合は、日産が窮状を脱し経営体力の回復と変革に対応するために必要な選択肢の一つだった。今後、再建計画の実行が遅れると日産だけでなく、わが国経済社会への負の影響は拡大することが懸念される。 

 

 

 

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真壁 昭夫(まかべ・あきお) 

多摩大学特別招聘教授 

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。 

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多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫 

 

 

 
 

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