( 267426 ) 2025/02/19 04:34:43 0 00 「『だし』が美味いとホッとする。」をテーマに制作されたアニメーションCM(画像:YouTube「maruchanchannel」より)
「東洋水産株式会社(マルちゃん)」の公式Xアカウントが2月6日に投した「赤いきつね」のアニメ動画が“性的”だと物議をかもしており、SNS上では賛否両論の議論を呼んでいる。
動画の内容は、若い女性が自宅で「赤いきつね」を食べるシンプルなものだ。女性が露出度の高い服装をしているわけでもなければ、男性に媚びを売るような態度を示しているわけでもない。
女性が頬を赤らめたり、口元がアップで映されていたりするシーンや、髪を耳元に上げる仕草を“性的”と感じる人がいたようで、「気持ち悪い」「不快」という声が上がっている。
こうした反応に対して、「クレーマー」「過剰反応」といった反発も出ており、議論が巻き起こっている状況だ。
【写真を見る】「女からしたら本当に気持ち悪い」「どこがダメなん?」物議をかもした「赤いきつね」の実際のCM内容(9枚)
■「赤いきつね」のCM内容に問題はない
SNSの声を見る限り、CM動画を擁護する意見のほうが優勢で、批判的な意見は少数派だった。
人々の意見はさておいても、このCM動画は、表現上問題があるとは思えないし、取り下げる必要もない。
しかしながら、今回の騒動は、今後の広告表現で考えるべき論点を提供しているのもまた事実であるように思う。
近年、広告表現で最も炎上が多いのがジェンダー表現に関するものだが、性的な表現が問題になることも多い。
昨年、マクドナルドの「いまだけダブチ食べ美」のキャラクターを論じた際にもいくつか例を挙げたのだが、日本でアニメやキャラクターの性的表現が議論になることは、過去にいくつもあった。
ただし、これまでは肌の露出が多かったり、女性の身体的特徴が過度に強調されたりしているものが大半だった。今回の「赤いきつね」のケースはそうした事例とは異なっている。
企業側も、性的な表現が炎上しやすくなっていることは重々理解しており、細心の注意を払うようになっている。
■「性的な表現」は効果よりもリスクが高い
1990年代くらいまでは、他の日本企業と同様、広告業界も男性中心の社会で、女性の管理職はごく少数だった。そのため、広告表現も男性目線になりがちな傾向も確かにあった。さらにその頃は、家計の収入源も男性のウエイトが高く、商品購入の意思決定も、男性の関与度が高かった。
そうした時代においては、広告に性的な表現を盛り込むことは、一定の効果があったといえるだろう。
『メディア・セックス』という書籍が、1989年に日本語訳版が発行され、ベストセラーになったことがあった。本書の中では、企業が広告の中に性的な表現を埋め込むことで、消費者の潜在意識に働きかけ、購買意欲を喚起しているという主張がされている。
「性的イメージの刷り込みによって、消費者はマインドコントロールされている」というのは刺激的な説ではあったが、本書はいまでは「トンデモ本」の類いとして位置づけられており、この説は受け入れられてはいない。
広告業界で長らく働いてきた筆者の体験からしても、そんなに容易にマインドコントロールできるほど、消費者は単純ではない。
表現規制が厳しくなっており、不適切な表現が炎上しやすくなっている現在では、意図的に広告に性的な表現を含ませることは、効果よりもリスクのほうが高い。
今回の「赤いきつね」のアニメ動画ついては、性的な表現をするつもりはなく、意図せずに批判を浴びてしまった――というのが実際のところだろう。
企業側に意図がなくとも、性的な解釈が勝手になされて、ネット上で広がってしまうことはたまに起こることだ。
先に挙げた、昨年10月にマクドナルドが公開した「いまだけダブチ食べ美」のアニメキャラクターもそうだった。キャラクター自体は性的な要素がかなり薄かったにもかかわらず、ユーザーが勝手に性的な二次創作を行い、ネット上で拡散したのだった。
10年ほど前のことになるが、某学習塾の広告が「エロい」とSNSで話題になっていたことがあった。広告の中で「思いがけないところに穴があった」というキャッチフレーズが使われていたことが、受験生の妄想をかき立て、SNS上にそれが吐き出されてしまったようだ。
さすがにここまでくると、企業に対して「配慮が足りない」と責めるわけにもいかない。今回の「赤いきつね」も上記のケースに近いといってもよいだろう。
■「どん兵衛」はなぜ許された?
SNS上の声を見ると、競合商品購入の日清食品「どん兵衛」を引き合いに出しているものも何件か見られた。
「どん兵衛」は「どんぎつね」シリーズで、商品をきつねのキャラクターに見立てる広告を展開している。
元々、性的な隠語として「食べる」「食う」という言葉が使われていることを考えると、食品を女性キャラクター化することは性的と見なされるリスクはあったように思う。
とはいえ、「どんぎつね」シリーズについては、吉岡里帆さんが演じるキャラクターに対して「あざとい」という声は少なからずあったが、「性的だ」という意見は目立ってはいなかった。
その後、同シリーズは実写版からアニメ版に一時的に変わったが、やはり「性的」という批判は見られなかったように思う。
「どん兵衛」に限らず、日清食品は“攻めた”広告展開を行う企業として知られている。東洋水産としても、「日清食品は大丈夫だったから」という意識はあったのではないだろうか。
日清食品は過去の蓄積があったが、東洋水産にはそれがあまりなかったというのはあるかもしれない。「赤いきつね」「緑のたぬき」は、これまでも既存のアニメ作品とコラボしたりはしているが、今回のCM動画は単発で行われたものだ。
「どんぎつね」のような過去の文脈がないまま、人々にいきなり受容されたため、意図せぬ解釈を生んでしまった可能性はある。
いずれにしても、批判は多分に印象論に基づくもので、「どん兵衛」はいいが「赤いきつね」はダメ――という論理的な根拠は見いだしにくいのが実際のところだ。
■今回は、物議はかもしたが「成功」といえる
今回のケースは、東洋水産にとっては「もらい事故」といえるような出来事だったと思うのだが、今後、同社に限らず、広告を行う企業が注意しておいたほうがよい点を、いくつか見いだすことができる。
ひとつは広告・宣伝にアニメやキャラクターを活用した場合、意図しない解釈を呼ぶことがあるという点だ。
過去にも、日経朝刊に掲載されたマンガ「月曜日のたわわ」のキャラクターを使った全面広告が「性的だ」と炎上したことがあった。アニメ「鬼滅の刃」の交通広告では、女性キャラクターの露出の高さが物議をかもしたこともある。
特定の読者や視聴者に受容されているキャラクターやコンテンツでも、広告として不特定多数の目にさらされると、「不適切」と見なされることがあるのだ。
それでも、これまでインターネットでは、比較的自由な表現が許容されてきた。広告に関しても、テレビCMや新聞広告などのマスメディアではできない表現をインターネット上で行うことも多かった。逆に言えば、インターネットでは攻めた表現をしないと、効果が出にくいという側面もあった。
しかし、最近ではインターネットの世界でも、利用者が拡大すると同時に寛容度は下がり、炎上が起こりやすくなってきている。
今回の場合は、物議はかもしたが、最終的には擁護の声のほうが大勢を占めていたし、大きな話題も呼ぶことができたので、「成功した」といえるかもしれない。
ただし、一歩間違うと単なる炎上で終わってしまいかねない。事前に生じうるリスクは想定して、対応策を講じておくに越したことはない。
ジェンダー表現で炎上が起きるたびに、「女性のチェックは入らなかったのか」、「おじさん目線でやっているからダメなんだ」といった意見が出てくる。
しかし、「赤いきつね」のアニメCMの監督は女性だったようだ。なお、女性キャラクターの露出が問題となる「鬼滅の刃」の原作者の吾峠呼世晴さんも女性である。
■送り手と受け手の認識のズレ
アニメ表現のお作法や様式の中に、性的要素が含まれやすくなっており、業界にいる当事者はそのことに気づきにくいというのがありそうだ。
「赤いきつね」のアニメCMに関しても、女性がおいしいものを食べたときの表現手法が、性的なものに見えてしまった――というのがありそうだ。
アニメ表現は若者層に受けやすく、表現のコントロールがしやすいというメリットがあるが、商品をアピールするには、リアリティや臨場感が出しにくいという難点もある。
特に、料理や食品の広告では、実写と比べて「おいしさ」を伝えることが難しい。それをうまく伝えるために、作者のキャラクターの表情や仕草で表現したのではないかと思われる。
送り手と受け手の認識のズレは、広告に限らず、表現全般につきまとう課題である。受け手側が多様化、細分化されており、かつ彼らの声がSNS等を通じて顕在化しやすい現代においては、ズレに対してより意識的になることが求められるだろう。
西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
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