( 267656 ) 2025/02/19 17:26:07 0 00 鉄道(画像:写真AC)
本連載のタイトルは「ビーフという作法」である。「ビーフ」とは、ヒップホップ文化における対立や競争を指す言葉で、1984年のウェンディーズのCMで使われた「Where’s the beef?(ビーフはどこだ?)」というキャッチコピーがその起源だ。この言葉は相手を挑発する意図で使われたが、後にヒップホップの世界で広く受け入れられた。本連載もその精神を受け継ぎ、モビリティ業界におけるさまざまな問題やアプローチについて率直に議論する場を提供することを目的としている。ほかのメディアの記事に対してリスペクトを持ちながらも、建設的な批判を通じて業界の成長と発展に貢献することを目指す。
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2月16日、「北海道の鈴木知事、黄色線区は「利用促進PR」も並行在来線は廃止強硬姿勢で、鉄道政策「ダブスタ」疑惑」という記事が配信された。この記事は鉄道ライターの鉄道乗蔵氏によって書かれた。
記事では、釧網線や花咲線などの「黄色線区」では補助金を活用した利用促進策を実施しながら、函館本線の小樽~長万部間(山線)を含む並行在来線については廃止方針を堅持していることに矛盾があると指摘されている。
しかし、この批判は感情的な側面が強く、経済合理性の観点から十分に検証されていないのではないか。本稿では、北海道庁がなぜこのような方針を採るのかを経済的視点から掘り下げ、その政策の整合性を再考する。
観光客のイメージ(画像:写真AC)
鉄道の存廃を議論する際に最も重要なのは、「コストに見合う便益があるかどうか」という点だ。鉄道は社会的インフラであり、単純な利益計算だけでなく、地域経済や環境負荷などの広範な要素を考慮すべきだ。しかし、それでも一定の財政負担の合理性は求められる。
北海道が維持支援を行う黄色線区(釧網線・花咲線)と、廃止の方針を貫く山線では、経済的な条件が大きく異なる。
黄色線区(釧網線・花咲線)は地域の観光資源と密接に結びついており、インバウンド需要の増加が見込まれる。補助金を投入して利用促進策を行えば、一定の経済効果が期待できる。インフラ維持費用は高いが、人口密度が低いため道路整備の代替コストが高く、鉄道維持の意義がある。
一方、山線(小樽~長万部)は観光需要はあるものの、全線を維持するための費用が莫大だ。並行する北海道新幹線が整備されるため、二重投資を避ける必要がある。物流ルートとしての利用価値も限定的で、経済波及効果は乏しい。
「観光客が多い」 「インバウンド需要がある」
といった理由だけでは、路線維持の正当性は担保されない。重要なのは、鉄道維持に投入するコストとその経済効果とのバランスだ。
また、山線のバス転換に関しては、ドライバー不足や観光シーズンの混雑などの問題が指摘されている。しかし、これが即座に「鉄道を残すべき理由」にはならない。バスの運行コストは安価であり、必要に応じて便数を増減できる柔軟性がある。地域住民の移動ニーズは観光需要と異なり、定時性よりも利便性を重視する傾向がある。冬季の悪天候による輸送安定性は鉄道のほうが優位だが、それでも維持費用との比較が必要だ。
つまり、仮にバス転換がスムーズに進まないとしても、それは「鉄道を残すべき」という結論には直結しない。「バス運行の課題をどう解決するか」が問われるべきであり、鉄道維持のコストと比較しながら判断すべきだ。
公平のイメージ(画像:写真AC)
「黄色線区は維持し、山線は廃止する」という方針がダブルスタンダードだと批判される背景には、「すべての鉄道路線を公平に扱うべきだ」という感情がある。しかし、公共交通における「公平」とは
「単なる平等主義」
ではなく、限られた財源のなかで最大の社会的便益を追求することが求められる。
北海道の鉄道政策が採るべき「公平性」は、路線ごとの経済合理性に基づいた選別的支援だ。すべての路線を一律に扱うことは財政的に不可能で、むしろ政策の非効率を招く。観光価値が高く、経済波及効果が期待できる路線には補助金を投入して維持し、代替手段が確保できて維持コストに見合わない路線は整理する。このような選別は、感情論ではなく、経済的合理性に基づいた判断だ。
鉄道の存廃を議論する際、短期的な利用状況だけでなく、長期的な交通ネットワークの構築という視点も重要だ。
まず、山線の廃止は、北海道新幹線の開業を前提とした交通体系の再編という側面がある。並行在来線を維持すると、新幹線との競合が発生し、双方の採算性が悪化する。財政負担の最適化を考えれば、山線の整理は一定の合理性がある。
また、山線の廃止による貨物輸送の影響は無視できないが、それを「山線を残すべき理由」とするのではなく、「代替ルートの整備が必要」という議論に発展させるべきだ。貨物輸送に特化した新たなインフラ整備や、既存路線の活用を模索する方が建設的だろう。
JR北海道のウェブサイト(画像:JR北海道)
北海道の鉄道政策は単なるダブルスタンダードではなく、経済合理性に基づいた「選択と集中」の結果だといえる。すべての鉄道路線を一律に扱うのではなく、路線ごとの特性に応じた対応をとるのは、財政的な限界がある中で合理的な判断だ。
もちろん、政策には改善の余地がある。バス転換の課題解決や貨物輸送の代替ルート確保など、細部の詰めが必要だ。しかし、それらは「鉄道を存続すべきか」という議論ではなく、「最適な交通ネットワークをどう構築するか」という視点で議論されるべきだ。
感情的な反発を超えて、北海道の鉄道政策を経済の視点から見つめ直すことが、未来のモビリティを考える上で不可欠である。
清原研哉(考察ライター)
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