( 268796 ) 2025/02/22 16:32:23 0 00 頬を染めて食べるのは、2000年代以降のグルメ漫画においては多くの作品で取り入れられている手法だ(筆者撮影)
東洋水産のカップ麺「赤いきつね」のアニメCMがプチ炎上した。うどんをすする若い女性キャラの口元や、ほんのり赤く染まった頬がアップになるなどの描写が「性的だ」などとして、批判の声が上がったのだ。これに対し「そうは見えない」「何が問題なのか」といった反論もあり、ちょっとした論争になっている。
問題のCMは「ひとりのよると赤緑」と題して公開されたうちの「おうちドラマ編」で、男性キャラが「緑のたぬき」を食べる「放課後先生編」と対をなす。まず、女性が家でドラマを見て泣いたあとに食べるのに対し、男性は職場で残業しながら食べるという設定自体、今の時代にジェンダーバイアスを指摘されるのはやむをえまい。
■リュウジ氏「頬を染めて食うのはデフォルト」
「性的だ」という批判が出てくるのも理解はできる。男性編より女性編のほうがカメラワーク(視線)がねっとりしている感じがするし、赤く染まった頬や口元のアップに性的な意味を見出すことは難しくない。ついでに言えば、一人の部屋でカップ麺をあんなふうに(男ウケする感じで)食べる女性も現実にはまずいないだろう。
今回の件について料理研究家のリュウジ氏は、X(旧ツイッター)で「このアニメが性的だと話題らしいけど 炎上覚悟で言わせて貰うと一昔前のグルメ漫画で育ったから頬を染めて食うのはデフォルトだし全く性的に見えない なんならいつ服が破れて口からビームが出るのかと思った」と述べた。
このポストにも賛否あるが、グルメマンガで「頬を染めて食うのはデフォルト」というのは、2000年代以降においては基本的に正しい。多くの作品で取り入れられている手法であり、『きのう何食べた?』(よしながふみ/2007年〜)のケンジも1話目からシロさんの炊き込みごはんを食べて頬を染めている。これを性的と見る人はいないだろう。
同様に、『しあわせゴハン』(魚乃目三太/2013〜2017年)でも、おっさんがしっかり頬を染めながら一心不乱にラーメンを食べる。同作はセリフも擬音もないサイレント形式のグルメマンガ。表情豊かに食べるキャラクターたちの顔芸が雄弁においしさを物語り、背景のストーリーが泣き笑いを誘うが、これを性的と見る人もたぶんいないだろう。
■「服が破れて」のネタ元『食戟のソーマ』
ただし、リュウジ氏の言う「服が破れて」のネタ元と思しき『食戟のソーマ』(作:附田祐斗・画:佐伯俊/2012〜2019年)の場合は話が違う。おいしい料理を食べたリアクションとして(男女問わず)イメージの世界で半裸もしくは全裸となり快感に悶える。これはどう見ても性的と言わざるをえまい。前後のセリフも性的なシチュエーションを想起させるものになっている(「口からビーム」のほうはアニメ版『ミスター味っ子』の演出を指すものと思われるが、原作マンガにはそういう描写はない)。
グルメマンガの「おいしさ表現」においては、1)料理そのものの描写、2)オノマトペ(擬音語・擬態語)、3)食べた人のリアクションが3大要素といえる。料理描写とオノマトペはひとまず措くとして、ここで注目すべきはリアクションだ。
『包丁人味平』『クッキングパパ』『美味しんぼ』『孤独のグルメ』など、90年代ぐらいまでのグルメマンガでは、言葉によるリアクションが中心だった。しかし、2000年代に入りグルメマンガが爆発的に増加し多様化が進むとともに、言葉に頼らない表現も増えてくる。そのひとつが「頬を染める」などの表情描写だった。
おいしいものを食べて頬を染めて陶然となる表情を強調して描いた点では、『花のズボラ飯』(作:久住昌之・画:水沢悦子/2009〜2015年)、『たべるダケ』(高田サンコ/2010〜2013年)あたりが先駆けとなる。前者はオノマトペも独創的だ。
■食べる女子の表情に力点が置かれた作品も
『オリオリスープ』(綿貫芳子/2015〜2017年)では、四季折々の素材を使ったスープが艶のある絵で描かれる。調理過程や食べたときの表情も含めて、生命力にあふれた描写が読み手の食欲をそそらずにおかない。
一方、『クミカのミカク』(小野中彰大/2015〜2018年)、『鳴沢くんはおいしい顔に恋してる』(山田怜/2015〜2017年)、『肉女のススメ』(小鳩ねねこ/2015〜2018年)といった作品では、料理描写よりもむしろ食べる女子の表情に力点が置かれているようにすら見える。
こうした表現の中に性的な視線が(作者や編集サイドの意図として)含まれている可能性は否定できない。少なくとも、言葉本来の意味で「官能的」、つまり感覚器官に訴えることを狙って描いているのは間違いないだろう。
ただし、女子の食事姿に性的ニュアンスを持たせるのと同様に、近年は男子の食べっぷりをフェティッシュに描いた作品が増えつつあるのも事実である。典型的なのが『めしぬま。』(あみだむく/2016年〜)で、さえない会社員がメシを食うときだけ見せる表情に、周囲の女たちがメロメロになる。
ほかにも『イケメン共よメシを喰え』(東田基/2016年)、『男のやる気メシ!』(鬼嶋兵伍/2017年)、『小塚部長、ごはん一緒にどうですか?』(グリコ/2022〜2024年)など、男性の食事シーンを性的ニュアンスを込めて描いた作品はいくつもある。
そもそも食と性は表裏一体であり、食が性のメタファーとして用いられること自体は古今東西珍しくない。小説では谷崎潤一郎『美食倶楽部』、映画では『タンポポ』がわかりやすく有名だ。真偽のほどは定かでないが、節分の丸かぶり(今でいう恵方巻)の起源にも性的要素が絡んでいるという説もある。『食戟のソーマ』や『花のズボラ飯』の作画担当者がエロ系出身、『めしぬま。』や『男のやる気メシ!』の作者がBL系出身というのも食とエロの親和性を示すものだ。
■食欲と性欲は密接な関係にある
そしてもうひとつ、食と性にまつわるマンガとして、藤子・F・不二雄『気楽に殺ろうよ』という作品を挙げておきたい。ある男が、異世界に飛ばされる。異世界といっても剣と魔法の世界ではなく、何も変わらない普通の世界。ただ、人々のモラルと価値観だけが変わっていた。その世界では食事は恥ずかしい秘め事でセックスはあけっぴろげ。そうとは知らず大声で朝食の催促をする男に、妻は「ご近所に聞こえるじゃありませんか!」と顔を真っ赤にするのだった。
困惑する男に精神科医は言う。食欲は個体を維持するためのもので「個人的 閉鎖的 独善的」欲望であり、性欲は種の存続を目的とするもので「公共的 社会的 発展的」欲望である、と。同様に殺人も合理的紛争解決手段として公認されているという。そう言われればそうかも、と思った男はある行動に出るのだが……。藤子・F・不二雄ならではの価値観の逆転、ブラックな味つけに少しのエロスがあり、説明しすぎないオチも絶妙な傑作だ。
ことほどさように食欲と性欲は密接な関係にあるわけで、両者を結び付けた表現を過敏にあげつらうのはどうかとも思う。とはいえ、マンガ作品として描くのと、企業のCMで世に出すのとでは配慮すべきラインが違ってくる。性的うんぬんは別にしても、最初に述べたように、ジェンダーバイアスの観点からは批判されてもやむなしだろう。
どうせなら、「おうち編」と「職場編」を男女それぞれ同じシチュエーションで、同じカット割りで作ればよかったのではないか。その中でディテールに微妙な差があったりすると、見ているほうとしては、より面白いと思うのだがどうか。次回への課題として、ご検討いただきたい。
南 信長 :マンガ解説者
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