( 269121 )  2025/02/23 16:24:32  
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(写真:Shinji/PIXTA) 

 

 「決めたなら、どうしてすぐ廃止しないんだ!」 

 

 昨年12月、ガソリン税(揮発油税)に上乗せされている暫定税率25.1円の廃止が与党の令和7年度税制改正大綱に明記されました。しかし、国民民主党が求めた2025年中の廃止は難しい情勢で、国民の不満の声が噴出しています。 

 

 実はガソリン税を引き下げるのはそう簡単なことではありません。今回は、引き下げのハードルとなる4つの論点を検討します。 

 

■道路の補修に支障が出る 

 

 第1に、財源が大きなハードルになります。もし暫定税率を廃止したら、国が約9400億円、地方自治体が約3100億円の税収減になるので、財源の手当てが必要です。 

 

 2024年の日本の税収は過去最高の73.4兆円に達したので、「増収分を財源に充てればよい」という意見があります。ただ、暫定税率を恒久的に廃止するなら、税収増や赤字国債に頼るのではなく、恒久的な安定財源を確保するのが定石でしょう。 

 

 仮に財源確保のために別の税金を引き上げたら、ガソリン車のドライバーからそれ以外の国民に負担が付け替わるだけで、国民全体の影響はプラスマイナスゼロということになります。 

 

 また、ガソリン税の一部が地方自治体に交付されており、道路の維持・補修などに使われています。暫定税率が廃止されると、自治体の財源が大幅に減り、道路の新設・補修などの事業に支障が出ると懸念されます。 

 

 先日も埼玉県八潮市の道路陥没事故が起きるなど、道路インフラの整備は大きな課題となっています。この財源の問題が、合意済みの廃止の実行に手間取っている最大の要因ですが、それ以外にも検討するべき論点がいくつかあります。 

 

 第2に確認・検討したいのは、ガソリン価格の国際比較です。多くの国民が「ガソリンが高い」と訴えますが、日本のガソリン価格は本当に高いのでしょうか。 

 

 OECD加盟38カ国のうち比較可能な35カ国で、日本のガソリン小売価格はアメリカに次いで2番目に低い水準です(財務省「自動車関係諸税・エネルギー関係諸税に関する資料」)。もし暫定税率が廃止されて25円下がったら、主要国で最低水準ということになります。 

 

 最も安いアメリカは世界最大の産油国であるのに対し、日本では国内原油生産量がほぼゼロ。各国の小売価格の差は主に税制の違いによるものですが、原油を全面的に輸入に頼る日本のガソリン価格をさらに引き下げるべきかどうかは、議論の余地がありそうです。 

 

 

■ガソリン車ドライバーだけ恩恵を受ける?  

 

 第3に、ガソリン税引き下げには物価高を抑制する効果が期待されているわけですが、物価高対策として妥当なのかどうか、検討が必要です。ガソリン税引き下げによって直接的に大きな恩恵を受けるのは、ガソリン車のドライバーです。 

 

 それ以外の国民にも物流コスト低減などの効果がありますが、間接的かつ軽微な影響にとどまります。自動車に乗らない高齢者・低所得者にとって、ガソリン税引き下げは不公平な物価高対策です。 

 

 物価高は国民全体の問題であり、国民全体に公平に恩恵が及ぶようにするべきです。円安による輸入物価の高騰が昨今の物価高の主因であることから、日銀が低金利政策を見直すことの方が必要かつ妥当な対策と思われます。 

 

 また、昨今の2%程度の物価上昇率は、2013年にデフレスパイラルの危機に直面して政府・日銀が異次元の金融緩和に踏み切って以来、長く目標にしてきた物価水準です。今後もこれくらいの物価上昇を続けたい政府・日銀は、どこまで物価高対策が必要なのか説明をする必要があります。 

 

 第4に、ガソリン税引き下げでガソリン価格が下がるとガソリン需要が増えて、脱炭素に向けた日本の取り組みに逆行してしまうという懸念があります。 

 

 2020年のG20サミットで菅義偉首相(当時)は、「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする」という日本の目標と実現への決意を示しました。脱炭素は「実現できたらいいなぁ」という願望ではなく、日本の国際公約です。 

 

 物価高という現象は国内の経済問題ですが、国際公約に反する政策の導入は国際的な政治問題です。ガソリン税引き下げを実施するなら、国際社会の理解を得る必要がありますが、ガソリン価格が極めて低く、財政難に悩んでいる日本がその必要性を合理的に説明するのは困難でしょう。 

 

 以上4点の通り、ガソリン税引き下げにはさまざまなハードルがあり、与野党で合意したからといって来年以降すんなり実現するかは不透明です。政府・野党、そして我々国民は、これらの論点について一つ一つしっかり考える必要があります。 

 

■「地方で自動車に乗って暮らす」は持続可能?  

 

 ところで、こうした議論を展開すると、次のような批判をよくいただきます。 

 

 「公共交通機関が充実している都市部と違って、地方では自動車が生活の必需品だ。ガソリン価格の高騰は地方の住民にとって死活問題で、理屈をこねている場合ではない」 

 

 

 地方の住民にとって、ガソリン価格の高騰が大問題だというのは、まったくその通りです。しかし、仮にガソリン税引き下げが実現したとして、「地方に住み、自動車に乗って暮らす」という現在の社会を維持できるのでしょうか。 

 

 今後、地方では人口減少・過疎化と住民の高齢化が加速度的に進みます。民間の有識者グループ「人口戦略会議」によると、全体の4割にあたる744の自治体で、2050年までに20代から30代の女性が半減し、「最終的には消滅する可能性がある」とのことです。 

 

 こうした変化に伴い、地方では、近くにショッピングセンターはおろか零細商店すらない商店過疎地やガソリンスタンド(サービスステーション/SS)が少ないSS過疎地が増えています。 

 

■SS過疎地域が急増する未来 

 

 SS過疎地とはSSの数が3カ所以下の市町村のことで、資源エネルギー庁によると2024年3月末現在、全国にSS過疎地が372市町村あります。すでに全国の市町村の2割がSS過疎地で、今後この数は激増することが確実です。 

 

 この状況で、高齢者が車を30分以上運転して日々の買い物に出かけたり、給油しに行ったりするというのは、ちょっと想像しにくいところです。「地方に住み、自動車に乗って暮らす」社会は、長い目で見るとまったく持続可能ではありません。 

 

 いま資源エネルギー庁は、SS過疎地でSSがこれ以上減らないようにSS過疎地対策補助金を支給するなど対策を講じています。ただ、地域人口が減り、SS運営業者が高齢化する状況で、こうした対策は焼け石に水。せいぜい向こう10年の延命措置にすぎません。 

 

 そこで抜本的な解決策として期待されるのは、コンパクトシティ化で自動車を使わない社会を実現することです。人が住む都市部と人が住まない周辺区域に分けて、都市部で公共交通機関と徒歩で暮らせるようにすることが、現実的な地方の生き残り策と言えるでしょう。 

 

 「地方住民を見捨てるのか」と思われるかもしれませんが、そうとは限りません。2008年からコンパクトシティ化に向けてまちづくりを進めている富山市のように、多くの地方都市がこの方向での改革に舵を切っています。 

 

 今回のガソリン税の引き下げは、夏の参院選に向けて国民にアピールしたい国民民主党が主導し、物価高で苦しむ国民が同調し、大きな注目を集めています。しかし、政治家は目先の選挙、国民は目先の物価高よりも、日本の地方社会のあり方について真剣に議論したいものです。 

 

日沖 健 :経営コンサルタント 

 

 

 
 

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