( 269166 )  2025/02/23 17:21:48  
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(c) Adobe Stock 

 

 トランプ大統領の就任により、DEIと呼ばれる多様性などの実現に向けた取り組みを見直す動きがアメリカの企業の間で広がっている。つい先日も、白人男性だけで取締役会を構成する企業とは新規株式公開(IPO)のビジネスはしないと表明してきた米金融大手ゴールドマン・サックスも、この方針を白紙に戻した。こうした例はあくまで一部で、他の巨大企業も「反DEI」の方針を掲げるようになった。日経新聞の編集委員である小平龍四郎氏が解説していくーー。 

 

 気候変動問題に取り組むためのパリ協定からの離脱、海外開発援助を担う米国際開発局(USAID)の閉鎖、さらには紙ストローの禁止。就任して1カ月余りが経過した米トランプ大統領のやりたい放題ぶりが加速している。共通する狙いは「民主的なものを根こそぎ否定すること」だ。世界一の経済大国は日々、トランプ色に染まりつつある。 

 

 性別や民族などの面での弱者に配慮するDEI(多様性、公正性、包摂性)への風当たりも激しさなるばかりだ。トランプは大統領就任演説で「米政府の公式方針として、性別には男性と女性の二つのみとする」と発言、さらに大統領令でトランスジェンダーの女子競技への参加も禁止した。こうした流れに合わせ、米国企業の間にも採用や人事評価、昇進などの面でDEIへの配慮を停止、縮小する動きが目立ってきた。 

 

 顕著なのは、リベラルな考え方が強いと思われてきた米西海岸シリコンバレーのテック企業だ。メタやアマゾン、グーグル、ズームなどが軒並み、DEI関連の取り組みや組織の見直しを打ち出している。メタのマーク・ザッカーバーグCEOは「(企業には)もっと男性的なエネルギーが必要」と公言、マッチョ路線を前面に押し出している。 

 

 吹き荒れる反DEIへの逆風のなかで注目されているのが、アップルだ。同社のティム・クックCEOは大企業トップとしては珍しく同性愛者であることを公言するなど、DEI経営のアイコン的な存在にもなっている。これに対して、保守系シンクタンク全米公共政策研究センター(NCPPR)はアップルのDEIポリシーを取りやめるべきだとする株主提案を、2月25日のアップル株主総会に提出している。 

 

 

 アップルの株主総会招集通知に記載されたNCPPRの言い分はこうだ。 

 

 米国では最高裁が大学入試における女性や人種的少数派の優遇に対して意見判決を出している。これをきっかけにDEI政策を持つ企業は女性・少数派優遇を差別と感じる従業員などから訴えられるリスクが高まっている。「8万人の従業員がいるアップルには、おそらくこの種の差別の潜在的な犠牲者が5万以上いるだろう」。アップルにDEI訴訟が起きた場合、そのコストは「数百億ドルに達する可能性がある」 ――。 

 

 これに対してアップル取締役会は、同社は確立されたコンプライアンスプログラムを持っており、DEI政策の廃止はビジネスやチームワーク、戦略などを不当に制限しようとしていると反論。NCPPRの株主提案に反対を呼びかけている。 

 

 NCPPRによる同種のアンチDEI提案は1月23日のコストコホールセールの株主総会にも出され、注目された。総会ではトニー・ジェームズ取締役会議長が「私たちは30万人の従業員を抱えている。性別や人種、出身地、性的指向によらず平等な機会を提供することは会社の中核だ」と訴え、株主提案は98%の反対で否決された。 

 

 コストコの前例や議決権行使助言会ISSの反対推奨もあり、アップルの株主総会でもNCPPRの提案が承認されるとみる向きは少数派だ。しかし、いくつかの懸念はくすぶる。 

 

 一つは、反DEIにみられるトランプ主義が日々、激しくなっていることだ。コストコの株主総会からほぼ一カ月後のアップルの株主総会でもNCPPRの提案が同様に否決されるかどうかは、不透明な部分が残る。否決されたとしても賛成率が上昇するようなことがあれば、それが取締役会へのプレッシャーになり、クックCEOのリーダーシップにも影響しかねない。 

 

 ISSは2月11日、役員の選任にDEIの要素を考慮することを停止すると発表している。これが、既存の株主提案への判断にどのような影響を与えるかは不明だが、少なくとも米株式市場における反DEIの潮流がますます鮮明になっていることは分かる。 

 

 

 米機関投資家の間でもDEIやESG(環境・社会・企業統治)などへの見直しを表明する動きが相次いでいる。それぞれに理由はあるものの、透けて見えるのは、トランプ大統領の機嫌を損ねたくないという打算だ。株主総会での投票行動は事後的に開示される。トランプ大統領の考えに近いNCPPRの提案に反対したと分かれば、ビジネスで嫌がらせをされるかもしれない。それを避けるには本意ではないにせよ、アップルへの株主提案も賛成しておいたほうが得策――。そんな迎合的な投票行動が強まれば、アップルのDEIポリシーも危うい。 

 

 現下の反DEIがトランプ大統領の登場によって始まったとみるべきではない。NCPPRがアップルの株主提案の中で言及した最高裁判決は2023年に出ている。この年はテキサスなど21州の検事総長が議決権行使助言会社のDEI考慮に疑義を表明。ブラックロックなどESGの旗振り役が共和党の強い州で年金ビジネスなどを撮りにくくなるといった動きも出始めた。また、2024年に入ると、二輪車大手の米ハーレーダビッドソンのようにDEIポリシーの廃止、縮小に動く企業も現れた。 

 

 トランプ大統領の登場は反DEIの原因ではない。DEIやESGが象徴される民主党的なリベラルな価値観への揺り戻しが強まり、その力がトランプ氏のような人物を大統領に押し上げたとみるべきだ。社会や企業のDEI政策で割を食っていると感じる人々、例えば非大卒の白人などは、トランプ大統領の岩盤支持層に重なる。 

 

 反DEIから透けて見えるのは米国民の価値観の亀裂であり、世界一の経済大国のぞっとするような精神世界の分断だ。トランプ大統領の2期目の4年をやり過ごせば何とかなる、そう楽観するわけにはいかない。 

 

小平龍四郎 

 

 

 
 

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