( 269231 ) 2025/02/24 03:06:25 0 00 警視庁本部=東京都千代田区
首都圏の大学に通う20歳の鈴木莉子さん(仮名)は、中学生のころ、妹の凜さん(19歳、仮名)から「パパから性暴力を受けている」と打ち明けられた。その後も延々と被害は続いていた。莉子さんは、父への恐怖との6年にわたる葛藤の末に勇気を出して警察に通報、すぐに父は逮捕されたが、これで一件落着とはならなかった。凜さんは事情聴取された警察官から耳を疑うような言葉を投げかけられ、莉子さんは自分が警察に通報したことを父に知られることに日々おびえていた。性虐待の被害者と家族は、事件後も苦しめられ続ける。(共同通信=宮本寛)
弁護士らが警察に提出した抗議文
父親の逮捕後、姉妹は性被害者などを一時的に匿うシェルターで生活を始めた。しかししばらくして、スタッフが凜さんの様子がおかしいことに気づいた。「補充捜査のため」として警察の事情聴取を受けた直後から食欲が減退し、表情もくもりがちになって口数が減ったのだ。 何があったか尋ねると、凜さんは事情聴取で言われたことを、おそるおそる明かしたという。 支援に当たる弁護士らは、後に警察に抗議文を提出した。それによると、取り調べを担当した男性警察官は凜さんに次のような言葉を投げかけていた。 「『やめてと言ったらいつだって(性行為を)やめたのに、やめてと言わなかった』と父親は言っている」 「父親から物を買い与えられていたから純粋な被害者ではない」 「家庭内売春」 「警察としては昔のことを証拠も記憶もなく事件化するのは無理なのに、告訴しようとしているのは馬鹿な弁護士だと見せつけているようなものだ」 こんな〝暴言〟を、被害者の凜さんは狭い取調室で、ただただ聞かされ続けたという。 支援団体のスタッフは当然、激高した。「あまりにもむごい」
弁護士が提出した抗議文
この内容が真実だとすれば、セカンド・レイプだ。抗議文でも弁護士は「被害者を侮辱し、二次被害をもたらす言動」と指摘。さらにこう続けた。 「被害者は中学1年から約6年間、父から繰り返し性行為を強要され、『被害』と認識することができないままに成長した。被害者の若さ、被害の期間の長さ、閉ざされた関係性のどれをとっても、被害者が自力で拒み、逃げ出すことは不可能であった」 「警察官の言動は父を裏切ったのではないかという被害者の不安感につけ込み、『間違っていたのは被害者だ』『被害者にも非難されるべきことがあった』というメッセージを与えた」 こうした言動は被害者をさらに追い詰め、不要な自責の念を抱かせ、精神的な回復を妨げる―。抗議文はそう記し、「捜査機関による二次加害に他ならない」と断罪した。 関係者によると、警視庁は抗議文の提出から5カ月以上たって、ようやく謝罪した。 捜査に当たった警察署の副署長が弁護士に対し、凜さんへの不適切な発言を認めたという。
そもそも、性犯罪に遭った女性の事情聴取は、一般的に女性警察官が担当する方が望ましいとされる。 政府がまとめた2023年版「犯罪被害者白書」では、警察や検察が被害者の心情を理解し、被害者を支援するための研修を実施しているなどと列挙している。「女性警察官の配置等」との項目では、被害者の望む性別の警察官が対応する必要があるとして、女性警察官の配置を推進し、実務能力の向上を図っていると明記している。 2022年4月現在、性犯罪被害者の事情聴取を担当する指定捜査員は全国で1万2124人で、うち女性は8094人。警察本部に性犯罪捜査指導官を設置し、捜査指導を担当する女性警察官の配置によって性犯罪捜査の指導体制を整備しているのだと誇らしげに書かれている。それなのに、今回は男性警察官が取り調べを担当し、しかも弁護側の主張通りとすれば、セカンドレイプに等しい暴言を被害者に放ったことになる。 二次的被害防止を掲げた「犯罪被害者等基本法」の理念に反する上、捜査当局が掲げる研修の有効性に疑問符が付く。「性犯罪被害者への配慮の推進」とかけ離れたものだったのは疑いようもない。
取材に応じる鈴木莉子さん(仮名)
一方、父が妹に性暴力をふるっていたことを知り、自ら警察へ通報した姉の莉子さん のもとには、逮捕された父親から手紙が届いていた。面会に来てくれるよう求めている。妹を苦しめ続けた父親からの要求に、莉子さんは素直に応じた。理由は、自分が警察に通報したことを、父親に知られたくなかったからだ。 「通報したことを父に気付かれているのではないかとおびえていました。あえて面会に行けば疑われないだろうと考えたのです」 面会室はドラマのように無機質で殺風景。アクリル板越しに、父はこう語り出した。 「(妹と)ケンカしちゃったんだよ」 「(妹の)友だちが『警察に相談しなよ』ってそそのかしたんじゃないか」 陳腐な言い訳に呆れた一方で「通報したことはばれていない」と安堵した。
そして、父の次の言葉で、莉子さんに面会を求めた理由が判明する。 「仕事場のデスクの下にあるかばんを捨ててほしい。サプリなどが入っているけど、気にせずにそのままかばんごと捨ててほしい」 その週末、父の仕事場でかばんを見つけた莉子さんは驚愕した。 入っていたのは大量の勃起薬の空箱。証拠隠滅の指示だと理解し、そのまま東京地検に持参。証拠品として提出した。
東京地方裁判所
初公判を傍聴するため、莉子さんは初めて裁判所を訪れた。 「父が何と言うのか、罪を認めるのかが気になりました」 罪名は不同意性交罪。東京地裁は事前に、被害者への配慮として、被害者や被告の名前など、人物が特定されないよう、起訴状や証拠の読み上げの際に被告を「A」、被害者を「B」などとする秘匿決定をしていた。 目立たないようにマスクを着用し、地味なブラウス姿で傍聴席の隅に座っていると、傍聴人同士の会話が聞こえた。「匿名だってよ」 莉子さんはそのやりとりに嫌悪感を抱いた。「あなたたちに私たちの名前をさらせと言うんですか?はたから見るとそんなに興味を注がれるものなんですか?って」 被告人席に座る父の姿は小さく見えた。一緒に暮らしていた時のような威圧感はない。それでも「怖いという気持ちは変わらなかった」。
東京地検などが入る合同庁舎=東京・霞が関
検察官は、凜さんが懸命に訴えた供述を次々と読み上げていく。 「本当に気持ち悪かった。ただ時間が過ぎるのを待つだけで、自分の感情を無にするしかなく、心が壊れてしまいそうでした」 「父からは性処理の相手にされているだけで、家族として、娘として、大事にしてくれていないことも悲しかった」 「今はシェルターに住んでいますが、それでも、またどこかで父に見つかり、復讐されるのではないかと不安です」 「父にはできるだけ長く刑務所に入ってもらいたいと思いますので、厳しく処罰してください」 傍聴席からすすり泣く声が漏れた。父はうつむいたままで反応はなかった。 続いて莉子さんの供述調書も読み上げられた。 「妹は高校にも行けず、このままずっと父の相手をさせられるだけではあまりにもかわいそうです」 「妹の人生をぼろぼろにしたことについて、自分がしたことがどれほど悪いことであるか、自覚してもらいたいです」 そして、自分が警察に通報したこともついに読み上げられた。身がまえたが、父の反応は最後まで読み取ることはできなかった。
東京地裁の法廷(今回の事件の法廷とは異なります)
罪を認めた父に、裁判所は「養父の立場を悪用し、長年にわたって性的虐待を繰り返した。被害者の人格を無視した卑劣かつ悪質なもので、常習性も認められる。被害者の身体的、精神的苦痛は計り知れず、被告人の刑事責任は重い」として懲役6年の実刑判決を言い渡した。 「思ったより短かったですが、刑務所に入るんだと確信できました」 莉子さんが長年の恐怖をやっと克服した瞬間だった。しかし、警察や父親の言動によって、姉妹の心には深い傷が刻み込まれた。
共同通信・宮本寛
6年にわたる性虐待に対する一審判決は懲役6年(求刑懲役8年)の実刑だった。「あまりにも短い」。正直、法廷でそう思った。 だが、ある検察幹部にこの話を打ち明け、感想を聞くと真逆の答えが返ってきた。「1件の起訴事実ではむしろ重い方だ」と言うのだ。 実は、被害者代理人の弁護士は凜さんの最初の被害など別の事件でも再逮捕するよう警察に求めていた。そうなれば、求刑もより重くなるはずだ。だが、警察は再逮捕をせず、検察は冒頭陳述で「被害は12歳のころから始まり…」と言及するのにとどまった。 検察幹部はこう指摘する。「古い事件の場合、確実にその日、その場所で被害があったと特定するのが難しい。頻繁に繰り返されていた場合、悪質なこととは対照的に、捜査は難しくなるのが実情だ」 ※この記事は、共同通信とYahoo!ニュースによる共同連携企画です
|
![]() |