( 269341 )  2025/02/24 05:04:10  
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2月13日、ハワード・ラトニック商務長官が相互関税に関する発表を行なった。手前がトランプ大統領(AFP=時事通信フォト) 

 

 日本製鉄によるUSスチール買収計画や、米国に輸入される自動車関税の「25%前後」への引き上げなどをめぐり、トランプ大統領のディール術に改めて注目が集まっている。1990年代から2000年代に、経産省米州課長として日米鉄鋼摩擦の対応にあたった明星大学教授・細川昌彦氏は、日本側の交渉過程を見ると「トランプ2.0の本質」を見誤っていると指摘する(前後編の後編。前編から読む)。【聞き手/広野真嗣(ノンフィクション作家)】 

 

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 USスチールの買収問題がまさにそうですが、トランプ政権下でのディールでは“トランプ流の本質”を理解することがカギになります。その視点は今後、日本の自動車産業の競争力低下が懸念されている関税問題などほかの分野でも有効です。 

 

 トランプ2.0の政権の構造は、「3派連合」から成り立っています。具体的には、保護主義による“アメリカ第一”を旨とする「MAGA(=Make America Great Again)派」、ウォールストリートの経済人で減税や規制緩和を好む「親ビジネス派」、そして対中強硬路線を取り“力による平和”を唱える「外交タカ派」の3つです。 

 

 政権スタート前から私は、「トランプ大統領は3派を競わせ、気に入った政策をつまみ喰いする」と予想していましたが、発足1か月、その通りになっています。このため、原理的に、一貫した政策にはなりえないのです。 

 

「ちぐはぐ」の典型例は関税政策です。2月1日にメキシコ・カナダからの輸入品への高率の関税導入を打ち出すと、発動日と予告されていた4日になって、3月まで1か月延期すると発表。また、その後、「鉄鋼・アルミ製品」の関税(9日)、貿易相手国と同水準まで関税を引き上げる「相互関税」を13日に、「自動車」関税を14日に打ち出し、自動車については「4月2日ごろ」から発動するとしています。 

 

 この振れ幅、発表日もばらばらの政策について、その内容から整合的に説明しようとする解説も見受けますが、第1期政権の動きを分析してきた私からみると的外れです。実は、水面下では政権内での綱引きが行われていて、その一部が表面に見えているに過ぎません。 

 

 

 関税政策を主導しているのは、「MAGA派」の代表格、大統領顧問のピーター・ナバロ氏です。ナバロ氏は第1期政権でも要職を務めた経済学者で、2021年の連邦議会襲撃事件を調査する下院委員会の証言を拒否して禁固刑にも服した側近です。 

 

 大統領就任式の1月20日から、ナバロの過激な主張にしたがった関税政策が出てきてもおかしくはなかったのですが、そうはならなかった。ブレーキをかけたのは、「親ビジネス派」、ウォール街出身の財務長官スコット・ベッセント氏です。 

 

 ベッセント氏の持論は、数か月かけ現状を網羅的に調査したうえで、着実に関税を打ち出すべきだという考え方。この“押し返し”をおもしろく思わないナバロ氏が動いたのが、2月1日のメキシコ・カナダ関税でした。この日の記者ブリーフィングで、ナバロ氏が説明役を担っていたのです。逆に、数日後に出た「延期」は、ベッセント氏側の引き戻しと見るべきで、ようするに綱引きの産物なのです。 

 

 喧嘩上手のトランプ流も表現されています。メキシコ・カナダから始めるのは、最終的にアメリカの意向に逆らわないことがわかっているから。第1期でも、やはりメキシコ・カナダから始め、韓国、日本やEUが続きました。弱い相手から着手し、強い相手は後回しにするのです。 

 

 成果を急ぐトランプ氏はナバロ氏の策を採用したものの、ベッセント氏の制止にも耳を傾けたともいえます。これも、第1期で対中関税交渉が長引いたせいで株価が一時下がった反省を踏まえています。 

 

繰り返しになりますが、トランプ大統領にとって最優先事項は「2026年の中間選挙に勝つこと」。負ければあとの2年はレームダックに陥る。バロメータでもある株価がダメージを受けたら元も子もないわけで、ベッセント氏という「株価のお目付け役」も重視しているのです。 

 

 ちなみに注目の自動車に対する関税を発表したトランプ氏が、「やるのは4月2日ごろからだよな」と同意を求めて振り返った時、その相手は、商務長官のハワード・ラトニック氏でした。ベッセント氏と同じ「親ビジネス派」ながら、少し毛色の違う人物です。 

 

 ラトニック氏は投資銀行トップも務め、大口献金を行なってきたことでも知られています。野心家でナバロ氏が主導する状況に、巻き返しの機会を狙っていたはず。ラトニック氏の持論は自動車関税で、とりわけ狙いは日本です。 

 

 心配なのは、日本政府の対応です。岩屋毅外相は、マルコ・ルビオ国務長官に適用除外を求めていましたが、ルビオ氏は“関税をめぐる綱引き”の当事者ではありません。やっと人事が承認されたラトニック氏に対してカウンターパートの武藤(容治)経済産業大臣がどうやり合えるかがポイントです。 

 

 また、カナダとEUは早速、首脳レベルで対応策を話し合っているのに、日本は自国の除外を申し入れただけ。米中対立の世界で、自国だけ免れればよいと考える発想ではとても生き残れません。ルール重視と唱えるならば、WTO(世界貿易機関)提訴も視野に入れて国際連携をしながら、同時に交渉もするしたたかなセンスが不可欠です。 

 

 反対に、「外交タカ派」のルビオ氏や国家安全保障担当補佐官のマイク・ウォルツ氏は、日中首脳会談に前のめりになっている石破政権のことを冷ややかな目で見ていることも見逃せません。 

 

 トランプ大統領との首脳会談が波乱なく終わってホッとしているだけではいけない。閣僚レベルではどういう目で見られているか、そうした自覚がないことが、現状の日本の危ういところだと私は見ています。 

 

■細川昌彦氏インタビュー前編:日本製鉄・橋本英二会長がトランプ大統領との“直接ディール”へ 日米鉄鋼摩擦の交渉にあたった元経産官僚が読み解く「石破政権、日鉄に足りないもの」 

 

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 現在、「マネーポストWEB」では、日本製鉄側の最大のキーマンである橋本会長のインタビュー記事4本を全文公開している。関連記事『【独占インタビュー】日本製鉄・橋本英二会長「USスチールの買収チャレンジは日鉄の社会的使命」、社内の賛否両論を押し切った決断の経緯』などで、海外に打って出て成長にチャレンジする必要性が語られている。 

 

 

 
 

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