( 269496 ) 2025/02/24 16:26:55 0 00 ドラッグストアチェーンのイメージ(画像:写真AC)
地方の風景と聞くと、多くの人がイオンを思い浮かべるだろう。しかし、実際に地方を巡ると、そのイメージが誤りであることに気づく。現在、地方で最も存在感を放っているのは、乱立する「ドラッグストア」だ。
2025年1月、X(旧ツイッター)まとめメディア・トゥギャッターでも「田舎にはイオンしかないというのは解像度が低い→ドラッグストアが乱立していて支配されるのが田舎」が盛り上がりを見せた。
この変化は、地方のモビリティ環境の変遷と密接に関係している。かつて地方の買い物の中心は、駅前商店街や大型ショッピングモールだった。しかし、モータリゼーションの進展により、自家用車での移動が一般化し、広い駐車場を備えた郊外型店舗が支持されるようになった。その流れのなかで、スーパーマーケットやホームセンターと並び、ドラッグストアが新たな商業の主役として台頭した。
ドラッグストアは、郊外の幹線道路沿いや住宅街の入り口など、自動車でのアクセスが容易な場所に集中して出店する傾向がある。駐車場の完備率も極めて高い。その結果、近隣住民だけでなく、車で数キロ圏内からの来店客も取り込める。
さらに、地方では公共交通の衰退が進み、高齢者や免許返納者の移動手段が限られている。こうした状況に対応するため、多くのドラッグストアが調剤薬局を併設し、地域のヘルスケア拠点としての役割も果たすようになった。処方薬の受け取りに加え、食品や日用品の購入がワンストップで可能となり、
「日常の移動距離を最小限に抑えたい」
と考える消費者にとって、ますます欠かせない存在となっている。
その影響力は、数字にも表れている。イオンの全国店舗数が1万7887か所であるのに対し、ドラッグストアは381社2万3041店舗(日本チェーンドラッグストア協会、2023年度調査)にまで拡大。売上高では、イオンが9兆5535億円であるのに対し、ドラッグストア業界全体で9兆2022億円と、ほぼ肩を並べる規模に成長している。
ドラッグストアチェーンのイメージ(画像:写真AC)
では、ドラッグストアはどのようなビジネスモデルで急成長を遂げたのか。一見すると、ドラッグストアは薬や化粧品を専門に扱う小売店のように思える。しかし、それは過去の概念にすぎない。日野眞克氏の『ドラッグストア拡大史』(イースト新書 2021年)では、ドラッグストアの進化について次のように述べられている。
「「日本でもっとも遅れて登場し、平成時代の後期に大成長した「総合業態」である」
その成長を支えるのは、巧妙な収益構造だ。この構造は、
・低原価率商品 ・高利益率商品
の組み合わせによって成り立っている。具体的には、日用品や食品を非常に低い利益率で提供することで、顧客を店舗に引き寄せている。食品の粗利率は15.1%と、
「コンビニの半分以下」
で、場合によっては原価ギリギリや赤字覚悟で販売することもある。この戦略は一見非効率的に思えるが、実際には緻密な計算に基づいている。
なぜなら、店舗に引き寄せた顧客に対して、医薬品や化粧品などの高利益率商品を提供することで、全体としての収益を確保しているからだ。市販薬の場合、大手チェーンでは販売価格の60~70%が店舗の取り分となっている。また、化粧品の原価率は20%未満であり、非常に高い利益率を誇る。
この収益構造によって、ドラッグストアは食品や日用品を安価で提供しながらも、全体として高い収益性を実現している。重冨貴子氏の論文「ドラッグストア業態の動向と商品構成の変化、および、企業戦略の方向性-ドラッグストア業態の展望と課題-」(『流通情報』No.556)によると、2020年の売上構成比では、医薬品・化粧品関連カテゴリーが市場規模の約半分(49.0%)を占めており、2012年以降は食品・酒カテゴリーの構成比も増加し、2020年には約3割(27.8%)に達している。
食品分野への進出は、ドラッグストア業態そのものを大きく変えつつある。特に注目すべきは、従来スーパーマーケットの専門分野とされていた生鮮食品への参入だ。2012(平成24)年、クスリのアオキが一部店舗で生鮮食品の販売を開始した後、各社は青果や精肉、さらには鮮魚まで取り扱う店舗を展開している。2022年3月時点では、ドラッグストア上場企業12社中9社が生鮮食品を取り扱っている。
さらに、一部の企業は地域のスーパーマーケットを買収し、食品販売のノウハウを取得したり、生鮮食品をフルラインで取り扱う大型店舗を出店したりするなど、「医薬品・化粧品の専門店」から
「食品も取り扱う総合業態」
への進化を遂げている。この業態転換により、特に地方ではドラッグストアが日常の買い物の中心的な存在となりつつある。
ドラッグストアチェーンのイメージ(画像:写真AC)
この業態では、専門性を保ちながら食品分野での競争力強化を図るという難しいバランス経営を求められるが、ドラッグストア各社は成功している。
その要因は、医薬品や化粧品といった高収益商品を扱うことで、食品の低価格販売を実現できる収益構造を持っている点だ。また、調剤薬局を併設することで、地域のヘルスケア拠点としての役割も果たしている。
ドラッグストアは、医薬品や化粧品の専門店から、食品や日用品を幅広く取り扱う「総合業態」へと進化を遂げている。特に地方では、食品スーパーの撤退や高齢化による買い物困難者の増加という社会課題に対応し、医療や健康という専門性を持ちながら、日常生活に必要な商品を提供する新たな業態として定着している。
この流れのなかで、各チェーンは「総合業態」の店舗出店を加速させており、同一地域内に複数の店舗を集中的に出店する「近接出店戦略」を採用している。その多くは大型店だ。日本チェーンドラッグストア協会の調査によると、2023年度の全国総店舗数2万3041店舗のうち、150坪以上300坪未満の大型店が全体の
「42.9%」
を占めている。この結果、かつての大型イオンに代わり、地方の風景にはドラッグストアが乱立するようになった。
ドラッグストアチェーンのイメージ(画像:写真AC)
一見、この状況は過当競争を引き起こしているように見える。
例えば、『中日新聞』2023年11月20日付電子版では、人口2万人に満たない石川県羽咋市の市道沿線約2kmに4店舗目となるドラッグストアの出店が決まったことを報じている。取材を通じて、新規参入するコスモス薬品は
「商圏人口1万人でも成り立つ」
と判断し、クスリのアオキは「生鮮食料品と処方せんで差別化できる」、ゲンキーも「よい商品を提供することに変わりない」というコメントを掲載している。
実際、過当競争に見えても、各社は収益を見込んでいる。駒木伸比古氏の論文「愛知県におけるドラッグストアの立地分析 チェーンにおける商圏特性の違いに注目して」(『経営総合科学』104)によると、愛知県の主要チェーンの店舗は、最低でも80%以上が医療施設から徒歩圏内(500m以内)に立地しているという。これは、各社が高齢化社会における地域医療拠点としての役割を意識した戦略を取っていることを示している。
その結果、過当競争が指摘されるなかでも、業界は成長を続けている。特に調剤部門では、2015年度の7158億円から2023年度には1兆4025億円と、約2倍の成長を実現している。 将来的な競争激化への懸念が高まっているなか、ドラッグストア業界では再編の動きが加速している。その中心的な役割を果たしているのがイオンだ。
2024年2月、イオンの子会社で業界首位のウエルシアHDと、イオンが13.59%を保有する2位のツルハHDが経営統合を発表した。イオンはさらにツルハ株を追加取得し、グループ会社化する方針で、この統合により売上高2兆円超の巨大ドラッグストアグループが誕生する。
この再編は単なる業界再編にとどまらない。小商圏で成立するドラッグストアの経営ノウハウと、イオンの多様な小売業態の運営力が融合することで、より強固な地域密着型の小売グループが誕生する可能性を示唆している。
皮肉なことに、地方でイオンの存在感を上回ったドラッグストアの成功が、新たな形でイオンの地域における影響力を一層強化することになるだろう。
ドラッグストアチェーンのイメージ(画像:写真AC)
総合スーパーから小商圏型のドラッグストアへと、小売業の主役は変化してきた。
そして今、ドラッグストアの成功を取り込む形で、イオンはより強固な地域小売グループとして進化を遂げている。
総合スーパー、ドラッグストア、小型食品スーパーなどはそれぞれの利点を活かし、地域のニーズにきめ細かく対応する新たな小売業態を形成しつつある。
昼間たかし(ルポライター)
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