( 269651 ) 2025/02/25 03:28:47 0 00 手を握る鈴木凜さん(左)と姉の莉子さん(いずれも仮名)
父親から長年、性虐待を受け続けた鈴木凜さん(19歳、仮名)。姉の莉子さん(20歳、仮名)の通報がきっかけとなり、父は逮捕・起訴され、一審で懲役6年の実刑判決を受けた。事件は一応の決着を迎えたようにもみえるが、この姉妹にとっては、そうではない。「一番の難題」が残されていた。家族の将来、とりわけ2人の下にいる5人の弟妹の今後をどうすべきか。 実は2人が性被害者などを一時的に匿うシェルターに避難した際、支援団体の関係者からこう力強く言われていた。 「あとは大人に任せて」 この言葉に、疲弊していた莉子さんは救われた。弟や妹たちの周囲には学校や自治体、児童相談所がいる。適切に支えてもらえれば大丈夫とも思った。しかし、事態は今も何も改善しないどころか、悪化していると言わざるを得ない状況に陥っていた。(共同通信=宮本寛)
2024年に莉子さんと凜さんが出かけた上野動物園
凜さんと莉子さんの2人がシェルター に入ったことで、5人の弟妹は自宅に残された。離婚して家を離れていた母親は父親の逮捕後に戻ってきたが、父親が逮捕され、長年、恐怖によって家族を支配していた父親という存在が突然消えた結果、5人の生活は荒れ始めた。 うち4人は不登校に。教師たちは当初、家庭訪問をして登校を促してくれたが、途中からは〝さじを投げた〟ようだった。 弟妹は一日中、テレビを見たりゲームをしたりしている状態に。児童相談所も定期的に訪問しているが、保護してくれない。弟妹たちは担当者に「自宅で過ごす方が楽だから家にいたい」と答えたという。 莉子さんが直接問いただすと、弟はこう返した。「児童相談所の人が嫌い」 莉子さんは落胆を隠せない。「児童相談所が忙しいのは分かるが、ただ訪問するだけではなく、心を開かせてほしい。何の手助けにもなっていない」 一方で、莉子さんには弟妹たちに後ろめたい思いもある。5人には父が逮捕された理由も、姉妹でシェルターに避難した理由も、もちろんシェルターの場所も明かせないためだ。弟たちからは頻繁に「いつ帰ってくるの?」「どこにいるの?」と聞かれるがごまかし続けるしかない。こんな状態をいつまで続けなければならないのかと、心配は尽きない。
なぜ「大人たち」は5人に救いの手をさしのべられないのだろうか。 父親の逮捕から約2カ月後、支援に携わる関係者が一堂に会した。学校、自治体、児童相談所、支援団体で総勢20人以上。何が話し合われたのか、出席者たちの話を総合すると次のようになる。 5人が通う各学校側からは、生活状況に危機感を訴える発言が相次いだ。「学校に来ても勝手に帰ってしまう」「夜もずっとゲームをしている様子で、母親は登校させようとする働きかけがない」「勝手に夜食を作ったら母親に叩かれたと聞いている」 それなのに児童相談所は、なぜ5人を保護しなかったのか。児童相談所は実際、家庭を複数回訪問し、5人のうち2人から「母親から暴力を振るわれた」という証言を得ていたため、母親に子どもたちを保護すると説明した。だが、母親は「頑張ります」などと言い、子どもたちも「家で生活したい」との希望を示した。その結果、児童相談所の対応は指導にとどまり、保護に踏み切れず機を逸したのだと釈明した。
一方、自治体の家庭相談窓口は、この家庭をどう見ていたのか。 自治体サイドは両親が離婚する前から家事や育児支援をしていたが、支援への依存度が高く、母親の育児能力が上がらなかったため、支援はその後、止まっていた。母親は普段寝ていることが多く、職員が話しかけても意思疎通が図れない状況だったといい、「母親は家事能力、金銭管理能力がないにもかかわらず、口を出されるのを嫌がり、支援を続ければ増長させる。この家庭にそこまでして支援すべきなのかとも思う」と実情を明かした。 自治体にとっては、生活保護も頭が痛い問題だ。弟妹5人は生活保護を受けているが、家計の管理を担う母親が、すぐに費消してしまうという。 児童相談所は、5人の健康状態も心配している。夕食時に訪問した際におかずとして出されていた餃子の量は、5人分にしては少なかった。母親に「おかずは作っているのか」と尋ねても「お米を炊いている」などとはっきりと答えてもらえないという。 学校は「ネグレクトと判断できる事態があればすぐに通報し、保護につなげる」と述べたが、いまだに保護には至っていない。
莉子さんの二十歳の誕生日に凜さんが贈った化粧品
関係者の話を総合すると、5人の現状はこんな感じになる。 「父親の恐怖がなくなり、母親は家事・育児に関心がないため、5人は放り出されたように昼夜逆転の生活を送っている。彼ら自身が『今の状況が過ごしやすい』と考えていることが最大のネックとなり、保護や十分な支援ができない」 莉子さんらを支援する団体は現状に危機感を募らせている。「救われるべき存在を救わなければならない。そうでなければ何のために妹は性虐待という絶望に耐え、姉が勇気を振り絞って通報したのか。事件の先に姉妹に平穏が訪れるよう、大人たちが行動を続けていくしかない」 莉子さんの願いはシンプルだ。「とにかく学校に行ってほしい。学校に行けば、万一何かあっても気付いてもらえる。いずれ、外部の大人に頼ることはできなくなり、どこから立ち直ればいいのか分からなくなってしまう」
凜さんの心のよりどころだった飼い犬
家族の将来像が描けない一方で、被害に遭った凜さんには明るい兆しも見え始めたという。 父親からの虐待に耐える日々を精神的に支えていたのは飼い犬のラブラドールレトリバーだった。衛生環境の悪い家に残されていたが、支援団体が飼育してくれるブリーダーを見つけてくれた。 ブリーダーは動画や写真でその様子を知らせてくれる。それが何よりうれしい。 凜さんは最近、将来の夢を口にするようになった。「犬の介護士とか、動物に関わる仕事に就きたい」 そのために高卒認定試験も受け、大学のオープンキャンパスにも通って進学先を探し始めた。莉子さんに楽しそうな表情を見せてくれるが、「失った過去の時間」を取り戻したい一心のように見えてしまうこともあるという。 一方の莉子さんはいまだに将来を描ききれない。 「これまで将来に対してポジティブなことが思いつかず、夢についてあまり考えていなかった。ネガティブなことの方が思いついてしまうので。まずはシェルターを出た後など、目先のことを考えることが多いです」
共同通信・宮本寛
最後に、莉子さんにこんな質問をした。 「取材を受けるのにも相当な勇気が必要だったのではないか」 莉子さんは「正直、話すかどうか迷いました。でも…」と口にすると、少し考えてからこう続けた。 「実際に自分が体験したことがあったのだと、知ってほしい気持ちもありました。それよりも、性的な被害を受けた人は世の中にたくさんいて、今も誰にも言えない人がいると思う。そういう人たちが誰かにSOSを伝えるきっかけにしてもらえたら。苦しい状況を変えるきっかけにしてもらえたら。特に家庭内の被害は閉鎖的で、話せる人はほとんどいないと思う。この記事が、そんな被害者の目にとまり、勇気を持って一歩を踏み出せるきっかけになってくれたらうれしいのです」 × × 性暴力や虐待、いじめなどの被害当事者や家族、知人の、これまで誰にも打ち明けられなかった体験の情報提供を求めています。 darenimoiezu★kyodonews.jpまで。★印は@に変換してください。 ※この記事は、共同通信とYahoo!ニュースによる共同連携企画です
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