( 269696 ) 2025/02/25 04:20:22 0 00 町中華のイメージ(画像:写真AC)
帝国データバンクの調査によると、2024年に法的整理で倒産したラーメン店は72件に達した。これは前年の53件から3割以上の増加で、過去最多を大きく更新する結果となった。この背景には、原材料費や人件費、電気代などのコスト高騰と、依然として根強い「ラーメン1杯 = 1000円の壁」が存在している。
その一方で、昭和から続く「町中華」は今も変わらず街角で暖簾を掲げ続けている。店内には年季の入った木製のカウンターがあり、壁には色褪せたメニュー表が掲げられている。ラーメン1杯600円、餃子350円、チャーハン700円といった価格設定だ。
新規参入のラーメン専門店が次々と淘汰されるなかで、なぜ彼らは生き残ることができるのだろうか(店主の高齢・病気引退を除く)。この疑問を、モビリティ(移動)経済の視点から探っていきたい。
町中華のイメージ(画像:写真AC)
近年のラーメンブームを牽引してきたのは、SNSで話題になる「行列店」だ。新規開業のラーメン店は、話題性を武器にして広範囲から集客を目指している。しかし、このビジネスモデルは消費者の「移動」に依存しており、景気やライフスタイルの変化には脆弱である。
一方、町中華は「地域密着型」の営業スタイルを貫き、主に徒歩圏内や自転車圏内の常連客に支えられている。この点は、コスト高や不景気の影響を受けにくく、大きな利点となる。地域住民にとって、町中華は
「移動せずに食事を済ませられる生活インフラ」
であり、景気が悪化して遠出を控える消費傾向が強まると、むしろ需要が安定する。
さらに、テイクアウト需要にも注目すべきだ。コロナ禍をきっかけに家庭で食事を済ませる傾向が定着し、町中華では炒飯や焼きそば、餃子の持ち帰りが増加した。これは、ラーメン専門店と比較して汁漏れのリスクが少ないため、優位性がある。
町中華が存在するエリアは、住宅街や下町、商店街が中心である。これらの地域は、食事、買い物、通勤といった生活動線が比較的狭い範囲に収まり、「コンパクト経済圏」を形成している。この経済圏内では、消費行動が「利便性」に基づいて決定されやすく、徒歩圏内にある町中華は自然と選ばれやすくなる。
例えば、東京都内の下町エリアでは、昼休みに近隣の工場や事務所の従業員が徒歩5分圏内の町中華でランチを済ませ、夕方には買い物帰りの主婦が餃子を持ち帰る。これは「目的地としての飲食店」ではなく、「生活動線上に存在する飲食店」として機能していることを示している。
さらに、町中華の経営者が地域住民であることは少なくない。これにより、家賃や通勤コストを抑えることができ、さらに地域コミュニティーとの結びつきが強くなるため、固定客を確保しやすい。実際、客の大半が近所の常連であり、常連客から「今日は野菜炒めね」といわれれば、それだけで注文が成立する。
町中華のイメージ(画像:写真AC)
ラーメン専門店は、一般的に複数のスタッフを雇用し、分業制で効率的な営業を行う。しかし、町中華では夫婦や親子で経営するケースが多く、この形態は労働コストの抑制に加え、経営の持続性を高める要素となる。店主が調理を担当し、妻がホールを担当、息子が仕入れをサポートするスタイルだ。この家族経営の利点は、最小限の人件費で急な人手不足にも柔軟に対応できる点にある。さらに、親から子へ経営を引き継ぐことで、世代を超えて経営の継続が可能になる。
このような経営形態は、町中華が「生計を立てるための仕事」であり、必ずしも「利益最大化を目指すビジネス」ではないことを示している。店主が生活費を賄える程度の売上を確保できれば十分であり、事業拡大に伴う大規模な投資を避ける姿勢が、経済環境の変化に対して柔軟に対応できる理由となっている。
デジタル化が進むなか、ラーメン業界ではSNSやデリバリーアプリの活用が増えているが、町中華はこれらのデジタル戦略とは一線を画す存在だ。看板は手書き、注文は口頭、会計は現金のみ。一見時代遅れに見えるが、これが地域密着型経営には有利に働いている。SNSで話題になるラーメン店は、広告費やマーケティング費用がかさむが、町中華では口コミによる集客が中心で、広告宣伝費はほぼゼロである。また、現金取引を維持することで、キャッシュレス決済にかかる手数料も発生しない。
さらに、常連客との「顔なじみの関係」は、デジタルでは再現できない価値を提供する。毎週決まった曜日に訪れる高齢の常連客が「今日はいつもの定食ね」というだけで、注文が完了する。「効率化」ではなく「親しみ」に基づく接客は、デジタルでは代替不可能な競争力を持っている。
町中華のイメージ(画像:写真AC)
町中華が生き残る理由は単なるノスタルジーにとどまらない。複線経営や地域密着型経済圏、さらに家族経営といった「小さくても強い経済構造」が、外部環境の変化に対する耐久力を支えているのだ。
とはいえ、単に「古い店だから」というだけでは生き残ることはできない。設備の更新や衛生管理の徹底、時代に即したメニューの柔軟な調整といった「進化する町中華」であることが、今後の生存条件となるだろう。
新規ラーメン店が次々と姿を消していくなか、町中華は「生活に寄り添うインフラ」としての役割を果たし続けている。モビリティの進化とともに人々の移動や消費スタイルが変わっても、地域に根差し続ける限り、町中華は変わらず暖簾を掲げ続けるだろう。
小西マリア(フリーライター)
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