( 270266 ) 2025/02/26 16:36:10 0 00 電車(画像:写真AC)
電車内でのリュックの持ち方に関する論争は、単なるマナーの問題を超えてきている。「背負うと迷惑」とされ、その後「前に抱える」が推奨されたが、それすらも新たな「迷惑行為」として指摘されるようになった。
この問題の解決策はどこにあるのか。単純な乗車マナーにとどまらず、
・都市の構造 ・モビリティの進化 ・個人の行動様式の変化
といった複数の要因が絡み合っている。本稿では、この論争の背景を掘り下げ、今後の展開について考える。
日本民営鉄道協会が発表する「駅と電車内の迷惑行為ランキング」では、毎年「荷物の持ち方・置き方」が上位にランクインしている。2024年度も7位にランクインし、その具体例の1位は「リュックを背中に背負う」というものだった。この背景には、都市の混雑度が上昇するなかで、人々の「パーソナルスペース」意識が変化していることがある。
2000年代までは、リュックを背負うのが当たり前とされていた。しかし、2010年代に入り、鉄道会社が「リュックは前に抱えるように」と啓発を始めた。2018年には、関西の鉄道事業者20社が協力して大規模なキャンペーンを展開し、啓発ポスターも各所に掲示された。その結果、「前抱え」は公共交通でのマナーとして定着し、前抱え専用のリュックも登場した
しかし、最近では
「前抱えも迷惑ではないか」
という声が増え始めた。SNSでは「スマホを操作するために肘が突き出て邪魔」「胸元のリュックがスペースを圧迫し、乗車人数が減る」といった意見が相次ぎ、2024年度の迷惑行為ランキングでは「リュックを前で抱える」ことが5位にランクインした。
この変化の本質は、「どの持ち方が正しいか」ではなく、
「時代とともに何が迷惑とされるか」
が変わる点にある。そして、マナーの変遷には都市のあり方や鉄道の設計も大きく影響している。
電車(画像:写真AC)
「リュックの持ち方」に関する議論がここまで揺れ動く背景には、主に三つの要因がある。
まずひとつめは、都市の人口動態とモビリティ環境の変化だ。東京や大阪といった大都市圏では、これまで「通勤ラッシュ」を基準にマナーが形成されてきた。しかし、2020年代に入ると、リモートワークの普及や訪日観光客の増加が電車の混雑状況や利用者の行動パターンに大きな変化をもたらした。例えば、かつての満員電車は「詰めれば乗れる」状態だったが、今では
・スーツケースを持った観光客 ・リモートワーカーのオフピーク移動
といった新たな要素が加わった。その結果、どの持ち方も一定の不満を生む状況が生じている。
次に、パーソナルスペースの概念の拡張がある。パンデミックを経て、人々の「パーソナルスペース」への意識が大きく変わった。以前は「物理的にぶつからなければ問題ない」とされていたが、現在では「心理的な圧迫感」も重要視されるようになった。例えば、
「前抱えリュックは視界に入るだけで不快」 「スマホ操作時の指の動きが気になる」
といった指摘が増えているのは、この意識の変化を反映している。
最後に、企業のマーケティング戦略と鉄道の設計思想も影響を与えている。2010年代には「前抱え推奨」のキャンペーンが行われ、前抱えリュックが商品化されたが、2020年代には「手に持つ推奨」に移行し、手持ち用バッグの開発やロッカーサービスの強化が進んでいる。さらに、鉄道車両の設計も変化の兆しを見せている。網棚の利用促進や立ち席スペースへの荷物フック設置などがその例だ。
これからの鉄道利用におけるリュックの持ち方には、いくつかの変化が予想される。
まず、リュックを「足元に置く」ことが新たな標準となる可能性が高い。すでに一部の社は、
「リュックは手に持つ」
という方向にシフトし、啓発ポスターを掲示している。この動きが定着すれば、混雑時の圧迫感が軽減されるだろう。
次に、リュックのデザインそのものが変わるだろう。現在のリュックは、基本的に「背負う」か「前抱え」の形態しか選べないが、今後は電車移動に適した形状が求められる。例えば、足元に置きやすい縦型デザインや、折りたたみ可能なリュックが主流になる可能性がある。
さらに、駅や車両の設計にも変化が見込まれる。海外の都市鉄道では、大型荷物専用のスペースが確保されている例が多く、日本でも座席配置や立ち席スペースの見直しにより、リュックの持ち方に依存しない快適な移動環境が実現するかもしれない。
電車(画像:写真AC)
リュックの持ち方に関する議論は、単なるマナーの問題にとどまらず、都市のモビリティ環境の変化を反映している。「後ろに背負う」から「前に抱える」、「手に持つ」へと変化してきたのは、社会の動向に応じた結果であり、この変遷が終わりを迎えることはないだろう。
未来の鉄道では、個人のマナーではなく、インフラ自体が「荷物をどう持つべきか」を規定する時代が訪れる可能性がある。そうなれば、リュックに関する論争は終息することだろう。
本間めい子(フリーライター)
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