( 270296 )  2025/02/26 17:11:10  
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2025年2月14日、ドイツのミュンヘンで開催されたミュンヘン安全保障会議でのJ.D.ヴァンス・アメリカ副大統領。欧州大陸が自国防衛の必要性に目覚める中、欧州の指導者と軍関係者が会議に参加している(写真・2025 Bloomberg Finance LP) 

 

 複雑な問題を解くには、その問題の前提を根本から壊すしかない。古くから「コロンブスの卵」「ゴルギアスの結び目」といわれることわざは、まさにそのことを意味している。 

 

 ウクライナ戦争もちょうど3年が過ぎた。3年も続いたというべきだろうか。いまだにロシアは戦争ではなく、特別作戦といっている。 

 

■トランプのロシア寄りの停戦交渉 

 

 アメリカ第47代大統領トランプは、魔術師である。3年かかっても解けなかった問題を、もののみごとに解いたのだ。そのやり方は、それまでNATO(北大西洋条約機構)が前提にした条件をすべて壊し、ロシアの立場に近付き、停戦を進めるというものだ。 

 

 これはNATOがあきれる強引なやり方ではある。NATOの面食らった顔が見られたのが、2025年2月14日のミュンヘンでの副大統領J.D.ヴァンスの演説のときである。 

 

 ヨーロッパはロシアの脅威、中国の脅威といっているが、脅威は外からではなく、むしろ中から起こっている。その脅威とはヨーロッパの民主主義の衰退と官僚制であると、大勢の高官たちの前でとうとうと述べたのだ。 

 

 列席者の多くは顔をゆがめ、苦笑いをするだけであった。それはなぜか。 

 

 ウクライナ戦争は、ヨーロッパにとって民主主義国家を全体主義国家から守る聖戦だったからである。 

 

 聖戦の前提は、民主主義の祖国ヨーロッパの確固たる存在が前提なのだが、その前提が存在しないと述べたのだから、空いた口が塞がらなかったのだ。戦争の意味自体を破壊したのだ。 

 

 なるほど、フランスのマクロン政権はEU議会選挙と国民議会選挙で、いずれも支持を喪失している。ドイツのショルツ率いるSPD(社会民主党)は2月23日の選挙で大幅に議席を減らし、政権能力を失っている。 

 

 EU委員長のフォン・デア・ライエンに至っては選挙によって選ばれたわけではない。ヨーロッパの民主主義は、すでに民意を失った政権と化しているのである。 

 

■アメリカ副大統領による「ディール」 

 

 ヴァンスは、民主主義は民意の反映であり、選ばれたエリートたる政権担当者もそれに従わねばならないという民主主義の基本を、民主主義発祥の地ヨーロッパに教えたのである。 

 

 「オックスフォード大学の経済学教授シーニョアは、商人に経済学を学ぶためにマンチェスターに行った」という表現が『資本論』の中にあるが、欧州は民主主義のイロハを学ぶために若いアメリカのヴァンスのもとにはせ参じたというわけだ。 

 

 

 もっとも最近では、EUは「プーチンはウクライナ戦争をヨーロッパ侵略に拡大しようとしているのだ」というヨーロッパ侵略論に傾いていて、もはや民主主義を守るかどうかは問題ではないのかもしれない。 

 

 ヴァンスの演説は、トランプが図った駆け引き(ディール)であったことは間違いない。トランプは策士である。彼が書いた自伝は『駆け引きの仕方』(The Art of the Deal、邦訳『トランプ自伝』相原真理子訳、ちくま文庫、2008年)というタイトルである。そこにこういう言葉がある。 

 

「私の取引のやり方は単純明快だ。ねらいを高く定め、求めるものを手に入れるまで、押して押して押しまくる。時には最初にねらったものより小さな獲物で我慢することもあるが、大抵はそれでもやはりほしいものは手に入れる」(63ページ) 

 

 世界の最高権力であるアメリカ大統領に再度返り咲いたトランプは、まさに怖い物なしの境地にいると思われる。就任後、矢継ぎ早にショッキングな政策を出し、人々を大混乱に陥れている。 

 

 イーロン・マスクを従え、アメリカのタブーであるUSAID(国際開発局)、CIA(中央情報局)、FBI(連邦捜査局)、フォートノックス(軍保留地)を査察し、保険政策、移民政策、ウクライナ戦争を処理しようとするやり方は、もはや革命である。 

 

■トランプの巧妙なやり方 

 

 もっともこのやり方、2007年フランスでサルコジが大統領に就任したときと似ているともいえる。サルコジは、リビアに幽閉されていた看護師を救出したり、数兆円の契約を諸外国から取り付けたりと、就任早々、八面六臂の活躍であった。あれから20年近くがたった今、サルコジはカダフィ疑獄を含め、裁判に巻き込まれ、窮地に陥っている。トランプもそうなるのか――。 

 

 ウクライナ戦争に関して言えば、トランプは巧妙な手段を使った。ウクライナのゼレンスキーを支えているのは、資金を援助しているNATOである。そのNATOを支えているのは、アメリカである。第2次世界大戦後、対ソ戦略として創設したNATOに今もその70%近くの資金を提供している。 

 

 

 まずはNATOタダ乗り論をぶち上げ、NATO諸国に拠出金増額を求め、色よい返事がなかったので、アメリカのNATO脱退をほのめかす。 

 

 EU軍の構想を潰したのもアメリカなのだが、アメリカの存在しないNATOなど無力といわざるをえない。ヨーロッパ各地にアメリカ軍は基地を持ち、対ロシア防衛を担っているのである。 

 

 一方でプーチンと電話会談を進め、サウジアラビアのリヤドで米ロ会談を設定した。まるで2018年に米朝会談を実現させた手腕と同じだ。経済制裁をはじめとするロシアへの締め付けをやめようというのである。EUの頭越しに外交を進めたのだ。 

 

 さらにゼレンスキー政権には資金援助をしない旨を告げる。ゼレンスキーは2024年5月以降戒厳令を連発し大統領選を引き延ばしている点で、正規の大統領ではない。だから選挙をしろと政治的圧力をかけた。 

 

 ゼレンスキーへの支持率はウクライナの調査でも低迷している。トランプが5%しかないというと、ゼレンスキーは50%以上の支持があると主張する。しかし、一方で有力な対立候補である前大統領ポロシェンコなどを国家反逆罪で訴追しようと画策している。 

 

 次第に追い込まれたゼレンスキーはウクライナの切り札、レアアース(希土類)をアメリカに売ることを発表する。彼独自の資産価値では15兆ドル(約2250兆円)というレアアースをアメリカに売るというのだが、これは諸刃の剣である。 

 

■追い込まれているゼレンスキー 

 

 なんといってもレアースを埋蔵している東部地区の多くは、ロシアの支配下にある。しかも致命的なことは、レアースをアメリカに独占的に販売することは、ウクライナ国民の反感を買う可能性が高いことである。 

 

 八方を塞がれたゼレンスキーは、辞任もほのめかし始めている。NATOの支援がなくなったらという条件付きの駆け引きだが、再選の可能性はないだろうし、彼にとっての敵はロシアよりも身内にいるのかもしれない。武器と財政援助が凍結すれば、ゼレンスキー政権は内部崩壊する可能性が高い。 

 

 すでにNATOにも認められていることだが、戦況は致命的である。イーロン・マスクの衛星(スターリンクシステム)がなければ挽回など不可能だ。ゼレンスキーが頼みとするEUの武器だけでは到底勝ち目はない。 

 

 

 停戦の重要項目は、ウクライナのNATOそしてEUへの加盟と、クリミア、ドンバスといった地域のウクライナへの返還である。 

 

 トランプは、プーチン同様、この要求に否定的である。EU内にさえ、ハンガリーのオルバン首相のように、こうした要求をやめ、ウクライナを緩衝地帯として存続させるべきだと主張するものもいる。 

 

 歴史的に見て、東欧は複雑な地域である。東欧地域は、西欧の帝国(ドイツとオーストリア)、オスマン帝国、ロシア帝国との均衡関係の上でなんとか生きながらえてきた。「歴史なき民族」といわれる所以である。 

 

 戦争はこの均衡が破れるときに起こる。東欧の社会主義体制の崩壊も、ソ連と西欧との均衡が崩れたときに起こった。 

 

■緩衝地帯がないと均衡が崩れる東欧 

 

 しかし、それに代わる体制であるEUは安定装置として機能しているのか。ポーランドからクロアチアまで、なんとか今のところ機能しているのだが、それはウクライナという緩衝地帯が存在しているがゆえである。 

 

 その地域がEUに入れば緩衝地帯がなくなる。プーチンがウクライナの中立にこだわる理由はここにある。 

 

 理想論としては、どの国にもEUに入る自由はある。しかし歴史的、地理的、経済的にはそうした理想論は必ずしも通じない。ウクライナと並んでコソボ、セルビアもその問題で今も悩んでいる。 

 

 それは周りの大国がその地域の自主権を制限する、経済的、政治的、地理的条件を掌握しているからである。 

 

 19世紀のヨーロッパでもポーランドを緩衝地域とするという議論があった。ロシア帝国に対する防波堤としてポーランドを位置づけるというのだ。フランスやドイツの民主派はそれを主張していた。 

 

 20世紀になるとロシアはソ連になり、反共の砦、緩衝地帯としてドイツを位置づけることになり、それが最終的にヒトラー政権の第三帝国の拡大を生んだともいえる。禁句だが、ヨーロッパはナチスの拡大を容認してしまったのである。 

 

 いずれにしろその原因は、19世紀に西欧社会に浸透した反ロシア主義という脅威にある。反ロシア主義は今でも西欧のそこかしこにあり、それがロシアのプーチンが、西欧社会を征服するのではないかというロシア脅威論の原因になっている。 

 

 

 
 

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