( 270341 )  2025/02/26 18:04:41  
00

(c) Adobe Stock 

 

 経営統合に向けて歩み出したはずのホンダと日産自動車の協議が開始から1カ月半強で破談に終わった。業績が低迷する日産の事業再生が絶対条件と譲らなかったホンダは「やっちゃえ、日産」とばかりに完全子会社化案を打診。これに「対等」を主張する日産側が反発し、世界3位グループ誕生は霧消した。経済アナリストの佐藤健太氏は「激変する世界の自動車業界や『トランプ関税』を考えれば、日産は『やっちゃった感』がある」と指摘する。日本の基幹産業である自動車業界はどうなっていくのかーー。 

 

「経営層や取締役会で慎重かつ真摯な審議を重ねたが、最終的に受諾できないという結論に至った」。日産の内田誠社長は2月13日の記者会見で、ホンダによる子会社化案は受け入れることはできなかったと説明した。理由については“自主性”という言葉を何度も重ね、「自主性はどこまで守られるか、日産のポテンシャルを最大限引き出せるのか最後まで確信を持つに至らなかった」「本当に我々の自主性、強みが発揮できる形になるのか非常に悩んだ」と苦悩したことを打ち明けている。 

 

 たしかに「どちらが上、どちらが下ではない」と対等を強調していた内田社長にとっては、ホンダからの子会社化案をまとめるのは難しかっただろう。昨年12月23日にホンダと日産が経営統合に向けて本格協議に入ると発表した際、内田氏は「対等な関係」をことさらに強調していた。両社が傘下に入る形で2026年8月に持ち株会社を設立し、経営統合による効率化とともに相乗効果を発揮させていくという当初計画こそが“話の前提”というわけだ。 

 

 世界の自動車市場で存在感を高める米テスラや中国のBYDなど新興EVメーカーの台頭をにらめば、両社ともに単独での生き残りは簡単なことではない。ホンダと日産が統合後、「世界第3位の自動車メーカー」となるスケールメリットを活かして競争力を高め、遅れるEV(電気自動車)分野などでの失地回復を目指すのは当然の流れと言えた。 

 

 だが、昨年末の記者会見でホンダの三部敏宏社長は「両社が統合することで、あらゆる領域で化学反応が生まれることによるシナジー効果の可能性は想定以上に大きいことが再確認できた」とする一方、「前提条件としては、日産のターンアラウンド(事業再生)の実行が絶対的条件になる」とクギをさした。 

 

 

 業績が低迷する日産の事業再生こそが“前提”であり、「率直に申し上げれば成就しない可能性も『ゼロ』ではない」とも語っていたのだ。 

 

 その意味では協議の「入り口」から両社トップの思惑は異なっているとも言えるだろう。不振が続く日産は世界の生産能力2割縮小や9000人削減といったリストラ策を発表したが、2025年3月期の最終損益は800億円の赤字、営業利益は前年同期比78.9%減の1200億円となる見通しだ。ホンダには日産の再生策の実行力や内容が不十分と映り、スピード感にも懐疑的な見方が広がった。不信の増幅が完全子会社化の打診につながる。 

 

 ホンダの三部社長は2月13日の記者会見で「(当初計画では)厳しい判断に対峙した時に議論に時間を要し、判断のスピードが鈍る」とした上で、子会社化案は「スピード感と危機感からワンガバナンス体制がベストだと考えたからだ」と説明した。日産の内田社長は自らも子会社化案に反対したという。 

 

 ただ、1つ解せないのは経営統合に向けた協議はホンダの主導が明確だったはずだ。昨年末のプレスリリースを見ても、統合後の経営体制は「共同持株会社の社内取締役および 社外取締役のそれぞれの過半数をホンダが指名する予定」「共同持株会社の代表取締役社長または代表執行役社長については、ホンダが指名する取締役の中から選定する予定」と記されている。そして、ホンダと日産それぞれのブランドについては共に存続させていくスキームだった。 

 

 時価総額で言えば、ホンダは日産の5倍近い。世界で10万人以上の従業員と家族を抱える日産の経営陣からすれば、ホンダによる「完全子会社化」はプライドが許さなかったのかもしれないが、北米市場で販売が好調なハイブリッド車(HV)を投入できず、中国勢とのEV競争で劣る日産に残された選択肢は少ない。内田氏は「やっちゃった感」があると言える。 

 

 内田社長は2月13日の記者会見で経営再建策としてタイなどの3工場を閉鎖し、2026年度までに4000億円のコスト削減を進めると発表したが、ホンダだけでなく、日産内にも内田氏ら経営陣に対する不信感は広がる。 

 

 

 内田社長は「業績低迷に歯止めをかけ、現在の混乱を収束させることが喫緊の役割と認識している。可及的速やかに後任にバトンタッチしたい」と自らの責任を語るが、刷新を求める声が内部に存在しているのが実情だ。 

 

 では、日産が持ち得る「次の一手」はどうなのか。英フィナンシャル・タイムズ(FT)は2月17日、内田社長が退任した場合、ホンダは両社の経営統合交渉を「再開する意向」と報じた。2026年まで続投する見通しの内田氏が退任する時期は定かではないが、日産内をまとめることができる新しいトップの下であれば交渉再開の可能性があるという。両社は自動車の知能化・電動化時代に向けた戦略的パートナーシップの枠組みにおいては引き続き連携するとしており、いずれかの時点で統合交渉が再燃する余地はある。 

 

 もう1つの道として注目されるのは、EV事業を手掛ける台湾・鴻海精密工業との関係だ。鴻海のEV事業責任者は、日産で「社長候補」と目されていた元幹部が就いている。田社長は「当社のマネジメントレベルと話をしたケースはない」とするが、鴻海の会長は2月12日に「買収ではなく、連携が主な目的だ」と地元メディアなどに発言している。 

 

 鴻海会長は、日産株を持つ仏ルノーとの交渉を認めた上で「株式を取得することが主な目標ではない」と語る。ただ、鴻海が日産との連携の先に筆頭株主として経営参画を目指していく選択肢も頭の中にはあることだろう。日産社員には元幹部である鴻海EV責任者をトップに迎えることを期待する声もあがるほどだ。 

 

 新たなパートナーシップの機会を模索していくと表明した内田氏が退き、ホンダが交渉再開に向かうのか。それとも、内田氏が「外資」との連携の先に活路を見いだしていくつもりなのかは見通せない。一方、ホンダも激変する世界の自動車業界において単独で生き残っていくのは容易ではない。 

 

 ホンダの現場社員は「部品共用化のコストメリット、ソフトウェア開発の費用分担などを考えれば、日産と一緒にやる意味はある」という。ホンダは2040年までに世界での全新車をEVや燃料電池車(FCV)に切り替えると発表し、巨額の開発費が欠かせない。想定を超えるスピードで新興メーカーが攻勢を仕掛ける中、ホンダが単独で上昇できるだけの力を発揮するのは至難の業と見られているのも事実だ。 

 

 ホンダの三部社長は「次なる一手を考えていきたい」とするが、パートナー探しは簡単にはいかないだろう。ソフトウェアなどの開発費をにらめば、どうしてもスケールメリットが必要となる。だが、日産との経営統合協議が破談に終わった今、独自路線のまま世界で闘い続けるだけの成長戦略は十分に描けてはいない。 

 

 

 加えて、米国のトランプ大統領は2月18日、米国に輸入する自動車への関税措置は税率が「25%程度になる」と表明した。林芳正官房長官は「我が国における自動車産業の重要性を踏まえて問題提起している」と適用除外に向けた働きかけを強める考えだが、“ヨイショ外交”を見せながらトランプ大統領に完敗した石破茂首相の「負の遺産」が押し寄せる可能性もある。 

 

 日本は自動車の輸出全体の3割が米国向けだ。現在の関税は乗用車2.5%、トラック25%となっているが、これが10倍にもなれば日本の自動車関連業界には大打撃となる。「トランプ関税」の発動には、メキシコから米国に輸出している日産は「大きなインパクトになる」と警戒。メキシコとカナダから米国に輸入するホンダは、両国に25%の関税が課された場合には年7000億円規模の影響が生じると試算する。 

 

 ジャパン・アズ・ナンバーワンと日本企業が躍進したのは今や昔、経済成長力が弱い我が国の誇れる数少ない基幹産業が自動車だ。だが、その自動車産業も時代の荒波に飲まれつつある。ホンダと日産の経営統合協議の白紙は、残念ながら「終わりの始まり」をも感じさせるには十分と言える。 

 

佐藤健太 

 

 

 
 

IMAGE