( 272161 )  2025/03/05 06:19:37  
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 備蓄米がついに放出される。スーパーによっては税込みで5キロ5000円を超すような状況にもなっている。日本人の食事に欠かせない米の大騒動になぜ政府はここまで放置したのか。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が解説するーー。 

 

 全ては自民党と農水省の長年続く無為無策なのだが、米価格の高騰は国民の怒りを大きな買い、その一部がJAへと向かっているようだ。 

 

 全国のスーパーの店頭からコメが消えた「令和の米騒動」において新米流通後もコメの価格高騰が収まらず、国は備蓄米21万トンを市場に放出する方針を決定した。JA福井県五連の宮田幸一会長はこの国の方針に対して当初反対の立場を表明していたが、後に受け入れる方針へと転換した。 

 

 宮田会長は1月の会見で「農業団体としては備蓄米放出に反対していきたい。もし足らないのであれば生産調整をしている面積を増やし、主食用米を作れる状態にして需給バランスを合わせてもらう」と明確に備蓄米放出への反対姿勢を示した。この発言の背景には「生産者の安定した収入のため」という考えがあった。 

 

 2月25日に開催されたJA県五連の定例会見において宮田会長の姿勢に変化が見られた。会見では「政府の備蓄米の放出については、消費者の目線があり、コメが高くなると消費が落ち込むところもある。政府の方針に従って受け入れをしたい」と述べた。 

 

 この方針転換について宮田会長は「1月に備蓄米放出反対と言ったら全国から色んな反響があった。生産者からは『よく言った』と言われたが、消費者からはボロカスに言われた」と胸の内を明かした。さらに「生産者の先頭に立ってコメの価格を安定化させるのがJA福井県の狙いで、基本的には備蓄米放出に反対していかなければならないが、国が放出を決めた。国の立場もあるので、それはそれで我々も従っていかなければならない」と苦渋の表情を浮かべながら説明した。 

 

 JA福井県としては基本的な備蓄米放出への反対姿勢は維持したものの、国の決定した方針に従う形で受け入れを決断した。この決断は消費者からの厳しい批判を受けたことが大きな要因となった。宮田会長の一連の発言からは生産者の利益を守りたいという農業団体としての立場と消費者の声や国の方針との間で揺れ動く心情が読み取れる。最終的には消費者への配慮と国の決定を尊重する判断に至った経緯が明らかになった。 

 

 

 米の価格が上がって農家が嬉しいのは、当然のことである。むしろ批判を受けるべきは、なぜこのタイミングで、備蓄米を放出という決定を下したのかにある。それはどこまでいっても農水省が無能なせいである。 

 

 農水省は「お米だけは自給率を100%にする」という謎に満ちた政策を続けてきた。日本人のシンボルである稲作、主食であるお米が大事だという認識を筆者は持っているが、だったら、100%どころか、120%でも140%でも作らせて、余剰分は、海外へ輸出することを応援していくべきだったのである。 

 

 昨今のグローバルな日本食ブームもあって、日本の短粒種、ジャポニカ米のニーズは高まっていて、しかも、海外産のお米は普通に炊くと硬くて食べにくい。私たちの普段味わっているような食感を持たせるためには、一定の手間暇が必要なのである。 

 

 そして、今回の騒動になれば、海外への輸出分を日本で流通させれば良い。農家の収入も上がるし、消費者も突然の高騰に悩む必要はなかったのである。 

 

 誰が見てもわかりそうな政策だが、農水省は、昨日してきたことを今日やり、明日もやる。裏を返せば、昨日やらなかったことは今日やらない。明日もやらないという姿勢を繰り返してきたのである。 

 

 端的なのは、食料自給力であろう。これは自給率とともに、農水省がムダに大事にしてきた指標である。 

 

 食料自給力とは、国内の農地や労働力などの生産資源を最大限に活用した場合、国内でどれだけの食料を生産できるかを示す指標である。これは、食料自給率が現在の生産量と消費量の割合を示すのに対し、潜在的な生産能力を評価するものである。農林水産省は、平成27年(2015年)からこの指標を公表している。  

 

 令和5年度(2023年度)の食料自給力指標によれば、米や小麦を中心とした作付けの場合、1人1日あたり1,752キロカロリーの供給が可能である。一方、いも類を中心とした作付けでは、1人1日あたり2,362キロカロリーの供給が見込まれており、推定エネルギー必要量である2,167キロカロリーを上回っている。 

 

 ここで出てくるのが、イモを作ればカロリーは満たされるという安易な発想である。しかし、人間の生命維持にはエネルギーのみならず、タンパク質、ビタミン、ミネラルなど多様な栄養素が不可欠である。 

 

 

 特定の作物に偏った生産では、カロリー供給が満たされても、必要な栄養素が不足する可能性が高い。例えば、いも類を主体とした作付けではエネルギー量は確保できるが、必須アミノ酸や鉄分が不足し、健康維持に深刻な影響を及ぼす。 

 

「芋だけ食っていられるか!」という率直なツッコミが、なぜか農水省には入れられないのである。 

 

 農地や労働力の最大活用を前提とする指標であるが、実際の農業生産は気候変動や土壌条件の影響を受け、理論値通りには機能しない。多様な食材の生産を考慮しなければ、栄養バランスの崩壊を招く。食料安全保障の視点からも、特定作物に依存する政策は脆弱である。家畜飼料の確保や魚介類の供給も考慮すべきである。カロリー基準だけでは国民の健康を支えられず、より包括的な栄養指標が必要である。 

 

 要するに、お米の自給率を100%にするという謎の指標を何十年も大事にしてきた経緯があり、カロリーさえ、エネルギーさえ、日本人は満たせればいいという不可思議な感覚に陥っているわけである。 

 

 世界的に権威のある調査レポート『潜在的自給率と多様性の世界的分析が示す多様な供給リスク』(2023年、スウェーデン王立科学アカデミー他)は、世界196カ国の食料自給率と生産多様性を分析し、それが供給リスクとどのように関連するかを明らかにしている。このレポートにおける「食料自給率」は、日本のようなカロリーベースによるものではなく、はるかに実態に即した指標である。その方法は、9種類の栄養素(炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミンA、葉酸、鉄、亜鉛、カルシウム、果物・野菜の摂取量)の自給率を算定するものだ。 

 

 これら9種類の栄養素を自給できて、初めて「完全自給」と定義される。炭水化物の自給率が100%に達したとしても、世界標準の基準では「低自給」という最低ランクに分類されてしまう。 

 

 お米農家の手足を縛っておいて、今更、備蓄米の放出をしたわけだが、今年の米が不作だったら、それこそ日本列島に備蓄米の余裕は無くなっているわけだ。農水省はどれほどのリスクを犯しているのかさっぱりわかっていないのだろう。 

 

 さっさと事実上の減反政策をやめて、農家に自由にお米を作らせ、余った分は海外市場へ回せる環境整備こそ、農水省の役目なのだが、戦後何十年と脳死状態になっている自民党や農水官僚にその意識転換ができるのだろうか。不安で仕方がない。 

 

小倉健一 

 

 

 
 

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