( 272296 ) 2025/03/06 03:23:43 0 00 転勤は家族への影響が大きく、先を見通せない不安やもどかしさがつきまとう(写真はイメージ)=ゲッティ
「共働きで転勤は無理ゲー」 新年度の人事異動が発表される時期になると、SNS(ネット交流サービス)には、引っ越しを伴う転勤を言い渡された共働きの子育て世帯の悲痛な声が並ぶ。 「今度はあなたが転職してよ」。大阪府在住の会社員、北川梨花さん(38歳、仮名)は、転勤の話題になると夫と口論になる。7年前、夫(37)が東京から大阪に転勤になった時は、梨花さんが退職して帯同したが、キャリアが途絶え、転職先を見つけるのに苦労した。 今春の人事異動を前に、梨花さんは不安げにつぶやいた。「転勤がある限り、数年後のことも見通せない。そもそもこの春、私たち家族はどこにいるのでしょうか……」。
「大阪に転勤が決まった」 2017年末、梨花さんは、飲食店で向かいの席に座った夫から突然こう告げられた。 年明けには婚姻届を出し、春からは千葉県で、夫との新婚生活が始まる予定だった。 新居は、2人で何度も内覧して購入を決めた3LDKの新築マンション。住宅ローンの支払いも始まる。だが、新生活に夢を膨らませていたさなか、まさかの急展開が待っていた。 「えっ……、これからどうするの?」 「サラリーマンだから、どうすることもできない」 思わぬ展開に、頭の中は真っ白。ショックで涙が止まらなかった。
マンションを購入し、新婚生活を始める直前で転勤を言い渡された(写真はイメージ)=ゲッティ
夫婦ともに千葉県出身。都内の職場への通勤に便利な浦安市にマンションを購入した。商社の営業マンとして働く夫の会社は、東京と大阪に拠点があり、将来的に転勤の可能性があることは分かっていた。 だが、大阪への異動は希望していなかったし、定期異動は通常4月と10月。夫は、前任の社員が急きょ退職したことによる「玉突き」人事で、2月異動を言い渡されたのだ。 このとき、梨花さんは都内の医薬品開発会社に勤め、3年目。医療機関で新薬の治験データのモニタリングや管理をする仕事で、患者の病状回復への効果が目に見えて分かり、命を救う手助けになっていることを感じられる点が最大のやりがいだった。 このまま、あと2~3年は現場での経験を積み、いずれは治験の方針などを決めるプロジェクトリーダーになることを目指していた。 千葉と大阪での別居婚になれば、住宅ローンの返済と夫の生活費で二重に経済的な負担がかかる。千葉で一人、夫の帰りを待つのは現実的ではないと思った。 夫とともに大阪に引っ越すのであれば、都内にしか拠点がない現在の会社は辞めざるをえない。自身の今後のキャリアはどうなってしまうんだろう……。大切な問題について熟考する間もなく、次々と決断しなければならなかった。
共働き夫婦の場合、夫の転勤に伴い、妻が離職や転職せざるを得ないケースが少なくない(写真はイメージ)=ゲッティ
18 年2月、夫は先に大阪へ引っ越した。2人で暮らすはずだった新居は賃貸に出すことに。梨花さんはやむを得ず3月末で退職し、すぐに夫の後を追った。「私が仕事を辞めなければ一緒には住めない。こうする以外、選択肢はないと思いました」 まさかの転勤で、何も準備がないまま生活の全てが振り回された。「私のキャリアはぶつ切りになった。働いている女性も多いのだから、夫の会社には妻側の要望ももっと聞いてほしかった」。今も、夫の会社に対する憤りが消えない。 18年5月、大阪で前職と同じ医薬品開発業の会社に転職した。これまでの経験を無駄にせず、キャリアアップを目指したかったからだ。 だが、この業界では、前職で5~6年の経験がなければ、より良い条件の転職先を見つけるのは難しい。実際、梨花さんは転職後、年収が100万円近く下がった。「東京であと少し現場経験を積めれば、転職もキャリアアップもスムーズだったはず。キャリアが途切れたことで、転職はかなり不利でした」
転勤は「保活」にも影響する=東京都新宿区で2020年、西夏生撮影
当初「3年程度」と言われていた大阪での暮らしも、丸7年になり、8回目の春を迎えようとしている。その間、23年8月には長女が誕生した。早産のためNICU(新生児集中治療室)に入り、退院までに約4カ月かかった。 小さく産まれた娘の初めての育児。ミルクの飲み具合などに一喜一憂しながら、夫婦で子育てに奮闘する。会社の同僚や子育てサークルで出会ったママ友など、大阪でも知り合いができた。 しかし、自身の体調不良など子育てに助けが必要なときに、近くに親や気の置けない地元の友達がいてくれたらと思う。子育ての環境を考えると、千葉に帰りたい気持ちは強くなる一方だ。夫は今年も東京への異動希望を会社に伝えた。梨花さんも「今年こそは」と願う。 4月には約1年半の育休を終え、仕事に復帰する予定だ。長女の保活は、現時点で住民票があり、申し込みが可能な大阪で入園申請を出した。幸い、今の会社は東京での勤務も可能で、夫が東京へ異動になっても退職せずに続けられる。 もし今春、夫の東京への異動がかなえば、梨花さんは育休を8月まで延長し、保育園探しや見学など一から保活をやり直す必要がある。ただでさえ、自身の職場復帰を控え、仕事と子育ての両立に不安が尽きないなか、二重の保活が重くのしかかる。
一方で、東京への異動がかなっても、夫の会社ではまたいつ転勤があるか分からない。梨花さんは、夫に転勤のない別の会社に転職してほしいと伝えている。 ただ、転職するなら年収アップを条件にしたい夫と、たとえ年収が下がっても転勤のない暮らしを望む梨花さんとの間で、話し合いは平行線が続いているという。 「もし転勤になって夫が単身赴任をするとしたら、子育てと仕事をワンオペでこなすのは私。家族が離ればなれになるのも、また引っ越しになるのも、転勤はどちらになってもつらい。結局私ばかりが犠牲になっていると感じてしまう」と割り切れない胸の内を明かす。
法政大学キャリアデザイン学部の武石恵美子教授=本人提供
梨花さんのように、配偶者の転勤を理由に退職する女性は一定数おり、企業側にとっても対応が迫られる重要な問題となっている。転勤制度に詳しい法政大学キャリアデザイン学部の武石恵美子教授は「結婚・出産による女性の離職が減ってきている一方、配偶者の転勤が女性の就労継続の阻害要因になっており、女性のキャリア形成にとって大きな課題だ」と指摘する。 転勤制度はこれまで、新たな部署での経験がスキルアップや人材育成につながるとして、本人の希望の有無に関係なく言い渡されるケースが多かった。背景には、日本の企業が「勤務地はどこになるか分からないけれど、うちのメンバーとして働いてくださいね」という「メンバーシップ型」採用を行っていることが挙げられる。 欧米で主流の「ジョブ型」採用では、「この仕事をしてくださいね」と職務内容や勤務地、勤務時間に合意した上での契約となるため、異動がある場合は、必ず本人の同意を得て条件をすりあわせる必要がある。 武石教授は「共働き世帯が増えているなかで、人事命令は絶対という暗黙の了解でやってきた従来の転勤制度が通用しなくなってきている。労働市場は、どこも労働力が減って売り手市場。人材確保や労働力の定着のためにも、見直しが必要だ」と提言する。 武石教授によると、配偶者の転勤に伴う退職を防ごうと、配偶者の赴任先に自社の社員を異動させたり、一定期間休職できる制度を設けたりする企業もあるが、こうした制度で対応できるケースは限定的だ。「転勤は、配偶者や子どもにも大きな影響を及ぼす。子育ては、男女同じように責任があることも考えて、仕事と子育ての両立に寄り添う制度にしていく必要がある」と話す。【近藤綾加】 ※この記事は、毎日新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。
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