( 273201 )  2025/03/09 03:56:00  
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コロナ禍の教室ではマスクが必須で会話も控えめだった(写真:mon printemps/アフロ) 

 

世界で新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた2020年2月下旬、安倍晋三首相(当時)は突然、全国の学校に一斉休校を要請した。文部科学大臣など当時の閣僚も反対するなか、安倍首相が押し切った決断だった。結局、休校は最長で3カ月近くに及んだが、感染の抑制効果はなかったという研究結果もある。現在では、一斉休校は「副作用」のほうが大きかったという指摘も少なくない。5年前のあの一斉休校は何をもたらしたのか。教育関係者や議員、研究者を取材した。(文・写真:サイエンスジャーナリスト・緑慎也/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部) 

 

「全国すべての小学校、中学校、高等学校、特別支援学校について来週3月2日から春休みまで臨時休業を行うよう要請します」 

 

2020年2月27日、安倍晋三首相(当時)は新型コロナウイルスによる「感染リスクにあらかじめ備える」ためとして、全国一斉休校を要請すると発表した。 

 

突然の発表は児童・生徒や保護者、そして教育現場に大きな影響を与えた。その後、自治体によって差があるものの、大半の学校は5月中下旬まで3カ月近く休校することになった。 

 

2020年2月27日、3月2日から小中高、特別支援学校に休校を要請した安倍晋三首相(写真:毎日新聞社/アフロ) 

 

当時のニュースや各種団体によるアンケートの調査結果には児童・生徒、保護者、教職員の不満や困惑を伝える声が数多く残されている。 

 

児童・生徒の「友達と遊びたい」「先生に会いたい」という素朴な声もあれば、保護者の「(子どもが)一日中着替えもせず寝ている」「ゲームばかりしている」という生活面の心配の声もある。また、教職員の「(期末テストが行えず)成績がつけられない」「卒業式が行えず、学校生活の締めくくりができない」という実務への心配もあった。 

 

あれから5年。学校は一見、コロナ禍以前の日常を取り戻している。しかし、コロナ禍での一斉休校を境に、子どもたちに変化が出たものもある。子どもたちへの影響はどのようなものだったのか。 

 

「一斉休校は学習権、生活権の侵害であり、子どもたちの学校生活という貴重な時間を奪いました」 

 

安倍政権の2016年6月から2017年1月に文部科学事務次官だった前川喜平氏はそう断じる。 

 

「大人と子どもの時間は全く異なります。大人には1年があっという間に過ぎるように感じられますが、成長期の子どもには1カ月でも長く感じられ、大きな変化がもたらされます。一般の休業命令は金銭による補償が可能ですが、子どもたちが集団で学んだり遊んだりするはずだった時間をお金で埋め合わせることはできません」 

 

 

元文部科学事務次官の前川喜平氏 

 

長期の一斉休校から再開した学校は、休校中の学習の遅れを取り戻そうとした。夏休みの短縮や1日当たりのコマ数の増加だ。これが子どもたちにストレスを与えた可能性を前川氏は指摘する。 

 

「運の悪いことにパンデミックが始まった2020年度は新学習指導要領が小学校で本格実施される初年度でした。改訂により学習内容が増える一方、休校により授業日数が減った。その結果、再開すると過重に詰め込むことになりました。授業漬け、宿題漬けで、子どもたちは学習意欲をそがれたのではないか」 

 

一斉休校の前と後ではっきりとした変化が出ているのが不登校だ。 

 

文科省の調査では、全国の小・中学校における不登校児童生徒数は2023年度、過去最多の約35万人(34万6482人)に達した。11年連続で増加した結果だが、2020年度までは1万〜2万人ずつ増加していたものが、2020年度以降は約5万人ずつ増加している。 

 

(図版制作:Yahoo!ニュース オリジナル 特集) 

 

前川氏は、一斉休校が不登校を増やす一因になったと考えている。 

 

「全国一斉休校を要請するとき、安倍首相は『子どもたちの健康、安全を第一に』と言っていました。つまり、『学校は危ない』というメッセージを子どもや保護者に送ったのです。学校が再開した後、コロナの感染回避を理由として長期欠席する子どもたちがかなり出ました。コロナによる子どもたちの重症化率は低いことはわかっていたのに、一斉休校は明らかに不合理でした」 

 

政府は、集団による感染=クラスター化を防ぐことに力を入れていたが、当時から感染経路に学校が少ないことは報告されていた。2021年4月発表の文科省のマニュアルによると、学校再開後、児童生徒の感染経路で最も多かったのが家庭内感染で、学校内感染はその数分の1にすぎない(「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル」)。 

 

その後、2022年には一日に20万人が新規に陽性と判定されるほど感染は拡大した。各地の年代別累計では20代がもっとも多く、30代、40代と続いて、10代、10代未満となっている。だが、コロナによる感染で亡くなった子どもは決して多くなかった。厚労省の人口動態統計によれば、2024年8月までにコロナが原因で亡くなったのは約13万2000人で、そのうち20歳未満は141人、全体の0.1%である。 

 

もし2020年の一斉休校が地域の感染を抑制していたのなら、感染対策として意味があったと言える。だが、その効果は乏しかったという研究結果がある。学習院大学法学部教授(当時)の福元健太郎氏らの調査による論文(Nature Medicine、2021年10月27日発表)は、休校した自治体と、開校した自治体を比較した結果、「休校による新規感染者の抑制効果はない」と結論づけている。 

 

そもそもなぜ一斉休校が必要だったのか。いったい誰がどのような経緯で決めたことだったのか。 

 

 

一斉休校が始まる前、20代以下の重症化率は極めて低い(0.2%)と言われていた。当時、コロナ対策のアドバイザーを担っていた政府の専門家会議も一斉休校を支持していなかったとされる。報道によれば、官邸幹部の議論でも菅義偉官房長官が異論を挟み、萩生田光一文科相も賛成していなかった。だが、今井尚哉首相補佐官の助言を受け、安倍首相が一斉休校に踏み切ったとされる。 

 

2020年2月28日、衆院予算委員会の質疑で一斉休校について説明する安倍首相(写真:毎日新聞社/アフロ) 

 

文科省は感染者も濃厚接触者もいないのに休校にするつもりなどなかった。2月25日に全国の教育委員会等に対して発出した事務連絡の内容からそれがわかる。感染して症状のある児童生徒が登校していた場合は学校の一部または全部を休校にする、児童生徒が濃厚接触者だった場合はその児童生徒に対し出席停止の措置を取るなどの方針が書かれていた。一斉休校の「要請」が出る2日前のものだ。 

 

だが、民間団体による調査報告『新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書』によれば、当時の文科事務次官の藤原誠氏は、安倍首相から一斉休校の意向を聞かされたとき、「私もやったほうがいいと思っているんです」と賛同していたという。前川氏は「情けないことに首相に迎合してしまった」と悔やむ。 

 

安倍首相が全国一斉休校の要請を発表した結果、同年3月4日時点で公立の小学校98.8%、中学校99.0%、高等学校99.0%が休校を実施。4月7日には緊急事態宣言が首都圏、関西圏、福岡の7都府県を対象に発令され、4月中は全国の約9割の公立学校が依然として休校を続けた。 

 

2020年4月6日、緊急事態宣言の発令前、都では小池百合子都知事がソーシャルディスタンスを取るよう要請(写真:REX/アフロ) 

 

その後、5月半ばから「宣言」が徐々に解かれるにつれて再開する学校が増え、6月1日にはほぼすべてが再開した。ただし、全面再開は半分にとどまり、残りの半分は分散登校や短縮授業の形態だった。春休みまでの約1カ月の予定で始まった休校は結局約3カ月に及んだ。 

 

休校期間、学校の対応はバラバラだった。紙の宿題や課題を大量に出して提出させる教師もいれば、いち早くタブレットが普及していた学級では録画によるリモート授業に乗り出した教師もいる。前年から進められていたGIGAスクール構想(タブレットなどの機材が1人1台貸与されてデジタル教材が活用される教育)も前倒しされ、急ピッチで導入されるようにもなった。 

 

Wi-Fi機器の貸与も進められたが、なかなか入手できない学校もあった。そんなデジタル環境の違いで学力の格差が広がるのではという懸念が教育関係者から出たのもコロナ1年目の時期だった。 

 

こうした学校の動きを見て、前川氏は全国の教育委員会も情けなかったとこぼす。 

 

 

一斉休校で、急遽リモート授業をすることになった子どもは多い(写真:アフロ) 

 

「公立学校の休校措置をとる権限と責任は、自治体の教育委員会にあります。それなのに、わずかな例外を除いてほとんどの自治体や教育委員会は、首相の要請に唯々諾々と従った。子どもたちには『主体的な学び』が大事だと教えているのに、大人たちのほうが主体性を放棄してしまったのです」 

 

こうした教育関係者の批判的な声もあるが、政府のコロナ対策について、「まだ検証は済んでいない」と考える人もいる。国民民主党代表代行の古川元久氏だ。 

 

古川氏は、出入国を厳しくするなど他にすべき対策はあったのに、真っ先に学校を一斉休校にしたのはおかしいと振り返る。 

 

「子どもたちの学びの場を奪うのは重大なことです。山間部や島嶼(とうしょ)部など全校児童が数人しかいないような学校にまで休校を要請する必要はあったのか。きちんと検証すべきです」 

 

実は一度、岸田文雄政権下では行われている。2022年5月に設置された「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」での検証だ。ただ、古川氏は「国会」に検証委員会を設置すべきだとして、2023年6月16日に国民民主党、日本維新の会、有志の会とともに議員立法「新型コロナウイルス感染症対策検証委員会法案」を衆議院に提出した。モデルにしたのは、東日本大震災のときの対応だ。当時は政府事故調が設置され、事故原因、被害原因の調査がなされたが、それでは不十分だとして国会の場で検証せよと当時の野党・自民党が声を上げた。 

 

国民民主党の代表代行、古川元久氏 

 

「当時はわれわれが与党で、自民党の主張を受け入れて東京電力福島原子力発電所事故調査委員会を設置しました。今度は立場が逆で、われわれが国会に独立の新型コロナ検証委員会の設置を呼びかけました。中立で公正な調査・検証のためには、国会での検証も必要です」 

 

だが、古川氏らが提出した法案は衆議院の解散で廃案となり、そのままになっているという。 

 

「政府はコロナ対応はもう終わったというスタンスですが、果たしてそれでいいのか。既存の法律に基づかずに緊急事態宣言が発令され、国民に行動制限を課した。その経緯や休業補償が遅れた原因など、一斉休校以外にも国会で検証すべきコロナ対応があります」 

 

古川氏は今国会で国民民主党として法案を再提出の予定だという。 

 

 

 
 

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