( 274146 ) 2025/03/12 06:04:34 0 00 うなぎを焼くイメージ(画像:写真AC)
老舗うなぎ店の隣に後から建てられたマンションの住民が、うなぎを焼く際に発生する煙やにおいに対しクレームをつけた──そんな投稿がSNSで話題となった。
この投稿は、うなぎ店とは別の飲食店アカウントによるもので、「最初からそのマンションに住まなきゃ良い」「べらぼうめい、江戸っ子は匂いで白飯三杯食えらあ」といった言葉とともに、不満を訴えた住民を批判していた。
これに対し、多くの人が
「理不尽なクレーム」 「後から来たのに文句を言うな」 「先にいる人を優先すべき」
と同調した。一方で、「入居前に説明はなかったのか」と不動産業者の責任を問う声もあり、議論は広がった(3月9日付け『弁護士ドットコムニュース』)。
このような問題は近年、各地で見られるようになっている。元東京都立大学教授で社会学者の宮台真司氏はこれを「新住民化問題」と呼び、
「土地にゆかりのない者たちのマジョリティ化による『合理的な非合理』の徹底排除」(2020年10月22日付けツイッター)
と指摘する。これは、地域固有の文化や慣習が、後から移り住んできた人々の「合理性」によって排除される現象を指す。
この視点から考えると、うなぎの煙のクレームは単なる一飲食店の問題ではなく、都市の変容と文化の衝突の縮図ともいえる。
古い街のイメージ(画像:写真AC)
「新住民」という概念は、戦後の日本の急速な都市化と深く結びついている。戦後、日本は高度経済成長を迎え、都市部への人口移動が急速に進んだ。この動きは、農村から都市への人口流入に加え、都市部での工業化やインフラ整備によって加速した。
1950年代から1960年代にかけて、特に東京や大阪などの大都市で都市化が進み、新たな工場や企業が次々と設立された。これにより、地方からの移住者が急増し、都市部の人口は大規模に流動した。背景には、農村部での過疎化や、都市での仕事を求める動きがあった。
また、戦後復興期の住宅不足が新住民の増加をさらに加速させた。都市部では住宅が不足し、空き地や既存の建物を利用して新たな住宅が建設され、大規模マンションの建設も進んだ。その結果、都市の人口は急増し、「新住民」と呼ばれる人々が地域に加わることとなった。
このような流れのなかで、従来の地域住民との間に文化や慣習の違いが生じ、社会的な摩擦が発生することもあった。新住民は必ずしも地域の既存の文化や生活様式に順応せず、その結果として旧住民との対立が生じることもあった。都市の発展と共に、異なるバックグラウンドを持つ人々が共生するための調整が求められるようになった。
現在、新住民の流入は都市の成長と変容に大きな影響を与え続け、都市のダイナミズムの一部として認識されている。宮台氏は前述のツイートで、マジョリティ化による「合理的な非合理」の徹底排除の具体例として、以下を挙げている。
・危険遊具排除 ・組事務所撤廃 ・店舗風俗一掃 ・モンスターペアレンツ ・子供の抱え込み ・夕方以降の外遊び禁止 ・よそんちでの晩ご飯禁止
そして、これらを「クソ社会化」と指摘している。
新築マンションのイメージ(画像:写真AC)
「新住民化問題」は、うなぎ店の煙の問題にとどまらない。かつて地域で当たり前だった文化や慣習が、新たに住む人々の価値観と合わないとして、次第に淘汰される傾向が強まっている。
前述のように、公園の遊具が「危険」として撤去されることがあり、町内の祭りも
「うるさい」 「道路を塞ぐ」
として縮小される。また、伝統的な商店街は
「駐車場がない」 「品揃えが悪い」
という理由で衰退し、チェーン店が進出してくる。このような変化は、表面的には「合理的」に見えるが、地域固有の個性や文化を失わせる結果を招くことが少なくない。
うなぎ店の煙に対する苦情も、この「合理的な非合理」の排除の一例として捉えられる。うなぎを焼く際に出る煙は自然なことであり、それは単なる「迷惑」ではなく、地域の歴史や文化に深く根ざしている。それを
「生活環境の改善」
という名目で排除しようとするのは、一見「合理的」に思えるかもしれないが、実際には地域の文化やアイデンティティを損なう結果につながる恐れがある。
古い街のイメージ(画像:写真AC)
都市が発展するなかで、新たな住民の増加は避けられない。特に都市部では、古い住宅地の再開発や新築マンションの建設が進み、新住民の流入が加速している。その結果、地域の雰囲気や文化が変化するのは当然のことだ。
しかし、その変化は一方的であってはならない。新住民が
「地元に適応する」
のか、それとも「地元を変える」のか――このバランスが重要な課題となっている。
例えば、昔ながらの商店街の近くに新築マンションが建ち、住民が「商店街の騒音が気になる」と訴えることがある。一方で商店街側は
「長年営業してきたのだから、理解してもらうべきだ」
と主張し、新住民側は「商店街の存在は知っていたが、実際に住んでみると予想以上に不便だった」と感じることもあるだろう。このような問題をどう解決すべきか。
・行政 ・不動産業者
の役割は非常に重要だ。新住民に対して、「地域の環境や文化を理解してから入居する」ことをしっかりと伝える責任がある。
新住民のイメージ(画像:写真AC)
かつて、日本ではひとつの地域に長く住み続けることが一般的だった。しかし、現代では仕事やライフスタイルの変化によって、頻繁に住む場所を変える人が増えている。新築マンションに住む人々も、数年後には別の場所に移ることが珍しくなくなった。このような社会では、定住者と移住者の関係をどのように調整するかが重要な課題となる。
現代の都市では、「地域のルールを守るべきだ」という従来の考え方だけでは解決できない問題が増えている。地域の歴史や文化を尊重しつつ、新たに住み始めた人々とどのように共存していくのか、柔軟に対応することが求められている。
例えば、うなぎ店の例では、いくつかの対応策が考えられる。まず、不動産業者が新築マンションの入居希望者に対し、「近隣には老舗の飲食店があり、煙やにおいが発生することがある」と事前に説明することが重要だ。次に、
・うなぎ店側が排煙設備の改善 ・焼く時間帯の調整
などの配慮を行うことが必要である。そして、住民と店舗が対話を通じて互いの事情を理解し合い、地域コミュニティの強化を図ることも大切だ。
これらの取り組みを通じて、「新住民化問題」による衝突を和らげ、共存の道を模索することができるかもしれない。
古い街のイメージ(画像:写真AC)
都市は絶え間なく変化しているが、その変化のなかで
・何を守り ・何を変えていくか
を見極めることが求められる。
うなぎの煙の問題は単なる環境問題にとどまらず、都市の文化と住民の関係に関わる重要な課題である。歴史的な地域の文化や伝統をどのように未来へと継承していくのか、新たな住民と既存の住民がどのように共生していくのかが問われている。ここで重要なのは、
「新しい住民が悪い」 「古くからの文化を守れ」
という単純な対立ではなく、より建設的な解決策を見つけ出すことである。
都市の魅力はその多様性にある。変化を受け入れつつ、地域の文化や歴史をどのように尊重し、調和を取っていくか──うなぎの煙の問題は、まさにその問いを私たちに突きつけている。
伊綾英生(ライター)
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