( 274151 )  2025/03/12 06:11:47  
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 コメ価格の高止まりが国民生活に打撃を与え続ける中、石破茂政権は3月10日から政府備蓄米の放出に向け15万トンの入札を実施する。ただ、政府が“禁じ手”とする備蓄米放出の公表後も価格は下がらず、前年同期に比べ2倍近い高騰が続く。なぜ店頭価格は上昇傾向が止まらないのか。経済アナリストの佐藤健太氏は「裏に溜め込んでいる業者を焦らせない限り、表にコメは出てこない。石破政権の対応は『too late, too little』だ」と指弾するーー。 

 

「備蓄米の放出がどのくらい価格に影響を与えるかはわからない。市場の状態を見ながら生産者も判断する部分があるのではないか」 

 

 江藤拓農林水産相は2月28日の記者会見で、今後の動向を注視する考えを示した。ただ、放出公表後のコメの価格を見ると、全国にあるスーパーの平均販売価格(2月10~16日)は5キロあたり3892円と7週連続で値上がりしている。実に前年同期比1.9倍になっているのだ。 

 

 総務省が発表した東京23区の消費者物価指数(2月)によれば、「米類」は77.5%も上昇し、上昇率は5カ月連続で過去最大を更新している。野菜や果物の価格も上昇しており、「キャベツ」は92.4%、「ブロッコリー」は62.3%も値上がりしている。もはや、政府の目算通りに推移していないことは明らかだろう。 

 

 農水省の説明によれば、コメ価格高騰の理由は次のようなものだ。2024年産米の生産量は679万トンと前年産より18万トン増えたものの、JAなどの集荷業者が買い入れたコメは今年1月末時点で前年同期比23万トン少なかった。コメは生産者からJAなどの集荷業者が買い、卸売・小売業者を通じて消費者に流れるのが一般的だが、流通に「目詰まり」が生じているのだという。 

 

 最近はJAを介さずに生産者が直接販売したり、高値で売ることができるタイミングを見定めたりする業者も存在する。ネット直販の普及に加え、新規参入者などがJAよりも高価格で生産者から買い取るなど流通経路の多様化が進んでおり、政府はコメの「在庫抱え込み」を解消するため備蓄米の放出を決めた。 

 

 

 林芳正官房長官は「生産量が前年より多いにもかかわらず、大規模な集荷業者にコメが集まっていない。供給に滞りが生じている」と指摘。その上で「円滑なコメの供給が行えるよう政府備蓄米の買い戻し条件付き売り渡しを実施することとして、農水省において初回分15万トンの入札公告が行われ、3月10日から入札を実施する予定となっている」と説明する。3月半ばに落札者への引き渡しが開始され、3月下旬以降に店頭に並ぶスケジュールを描く。 

 

 ただ、備蓄米の放出を予定するのは21万トンであり、初回となる3月10日からの入札は15万トンが対象だ。集荷量が前年同期比23万トン少なかったにもかかわらず、21万トンとしていることもナゾなのだが、そのスピード感を懸念する声は尽きない。江藤農水相は「正直なところ、15万トンを出してしばらく様子を見ることも必要かと思っていたが、2万トンが集荷業者に集まっていないというエビデンスが揃ったので、早めに追加する方が正しいだろうと判断した」と語り、残る6万トンについても早期に入札を実施する考えに方針転換している。 

 

 コメ価格上昇の要因には「転売ヤー」の存在も指摘されている。日本人だけではなく外国人のブローカーも少なくない。ネット上のフリーマーケットには「コメ売ります」といった表示が目立ち、高値で取引されているケースもみられる。これまでコメの買取価格が安すぎると不満を持つ生産者にとって、ブローカーなどが高値で買い取ってくれるのであれば応じるのは自然だ。「コメの生産は儲からない」という厳しい現実に苦悩する農家も少なくない。ただ、「令和のコメ騒動」が転売ヤーだけに起因するかといえば、決してそうではないだろう。 

 

 市場価格は本来、需給バランスで決まる。供給量が増加していけば価格は落ち着くはずであり、それでも上昇が長く続くのは需給バランスそのものが崩れている証左と言えるからだ。農水省によれば、2021年から3年間はコメの需要が生産量を上回って合計60万トンが不足。販売価格の推移を見ると、昨年3~6月は5キロが2000円超だったが、台風や地震などによる買い込む需要が発生し、同8月は2600円、同9月は3000円と上昇してきたことがわかる。2024年産の需要は約673万トンと見込むが、消費される量が多ければコメ不足は続くことになる。 

 

 

 農業専門日刊紙である日本農業新聞は2月14日、衝撃的な試算を公表した。今年6月末時点のコメの民間在庫量は農水省が示す158万トンを大幅に下回る可能性があるというのだ。それによれば、民間在庫量は110万~130万トンと低水準となり、国内需要量の約2カ月分にとどまるという。つまり、今年も「コメ騒動」は続くことになる。 

 

 需給バランスが崩れた状態で政府備蓄米を放出し、「先食い」を繰り返すだけでは根本的な問題は何も解決しない。江藤農水相は「今年は29道府県で主食用米の生産を増やすことを計画している。去年は前年より18万トン増えたが、さらに上乗せして生産することになる」と語っているが、今年も需給が逼迫するのは想像に難くない。 

 

 たしかに「転売ヤー」対策をすることも大切なのだが、政府が備蓄米放出という切り札を出すのであれば市場を驚かせるようなインパクトのある量を放出しなければ効果は薄いだろう。あまりに“セコい”し、タイミングも遅い。もはや石破政権は供給力不安に対応できていないのだ。 

 

 2月28日の衆院予算委員会分科会では、備蓄米放出に関する食糧法をめぐり江藤農水相は「(価格の安定ということは)書いていない」と繰り返した。だが、そもそも法律の正式名称は「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」だ。第1条には「主要食糧の需給及び価格の安定を図り、もって国民生活と国民経済の安定に資することを目的とする」と明記され、政府は生産者から消費者までの適正かつ円滑な流通を確保することが求められている。江藤氏は答弁を訂正したものの、本当にこの大臣に任せて大丈夫なのかと疑問を抱いてしまう。 

 

 石破政権は、マイカー利用が多い年末年始のタイミングでガソリン補助金の縮小を決定し、ガソリン価格は高止まりしている。電気・ガス料金については今年1~3月の使用分に限定して補助金が復活したものの、4月使用分からは補助金が打ち切られる予定だ。大手電力10社と大手都市ガス4社が発表した標準家庭向け料金(4月請求)を見ると、前月に比べて電気は294~411円、都市ガスは179~233円の上げ幅となる。 

 

 

 石破首相は3月4日の衆院財務金融委員会で、財務省前などで行われている「財務省解体デモ」について見解を問われ、「国民の不満、怒りというものが体現されている」「等閑視すべきではない。ご理解をいただくべく努力をしていかないといけない」などと語った。だが、評論家のように語っているだけでは国民の生活は改善しない。 

 

 首相は年頭に「楽しい日本」づくりを目指すと表明した。来年度予算の年度内成立に向けて衆院を通過させ、ホッとしているところかもしれないが、国民に寄り添う宰相でなければ今夏の参院選などで思わぬ痛手を受けることだろう。少なくとも、国民生活を高いところから眺めるだけで何ら効果的な手を打たないままならば「楽しい日本」が訪れることはない。 

 

佐藤健太 

 

 

 
 

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