( 274686 )  2025/03/14 06:07:54  
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備蓄米放出ぐらいでは根本的な解決にならない(江藤拓農水相/時事通信フォト) 

 

 コメ価格高騰の背景に「政府・農水省が生産調整を行ってきたからではないか」と、責任を問う声があがっている。江藤拓農林水産大臣は「大いなる誤解」「コメの生産は今でも自由」と、そうした考えを否定しているが、はたしてそうだろうか。そもそも農業への支援が過剰になると、かえって食べ物の供給が減ったり、価格が上がったりすることも判明している。コメ価格高騰を生んだ“真犯人”はどこにいるのか。イトモス研究所所長・小倉健一氏がレポートする。 

 

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 江藤拓農林水産大臣は3月11日の記者会見で、国がコメの生産調整を行っているとの指摘について「大いなる誤解だ」と反論した。政府は補助金を通じて水田から畑作への転換を促し、実質的な減反政策を続けているが、江藤氏は「コメの生産は今でも自由」と強調した。 

 

 江藤大臣は「無理やり国が生産調整をしていると決めつけたい意図があるのではないかと、大変違和感を覚えている」と述べ、不快感を示した。そのうえで、「コメの生産は今でも自由。政府が米作りをやめさせているわけではない」と改めて発言した。コメ価格の高騰については「スーパーなどが高値で仕入れた在庫が売れるまで、店頭価格が下がらない可能性がある」との見解を示した。市場の動向を注視しながら、今後の対応を検討していくという。 

 

 江藤大臣の「コメの生産は自由だ」という発言は、現実と乖離した無責任な詭弁である。日本のコメ市場は、政府の補助金や政策によって長年にわたり厳しく統制されてきた。生産者は単に自由にコメを作ればよいという状況ではなく、農水省の誘導や圧力のもとで生産量を調整せざるを得ない。 

 

 農水省は「水田活用の直接支払交付金」などの制度を通じて、コメの作付けを制限する方向に誘導してきた。実際、主食用米の作付けを抑制するために、飼料用米や他作物への転換を推奨し、補助金を出している。このような政策のもとで、「自由に生産できる」と言い張るのは、制度の実態を無視した詭弁でしかない。 

 

 加えて、近年のコメ価格高騰の背景には、天候要因に加えて、農水省による過度な生産調整の影響がある。需要に対して供給が過剰になるのを防ぐという名目で、生産量を制限しすぎた結果、コメの市場流通量が減少し、価格が高騰した側面は否定できない。この点を無視し、「自由だ」と言い逃れるのは、無責任極まりない発言である。 

 

 

 大臣が本当に「コメの生産は自由」と考えているのであれば、農水省が補助金政策を通じて生産調整を行ってきた事実を認めた上で、制度を抜本的に改革し、農家が本当に自由に生産できる環境を整えるべきである。しかし、そうした責任を果たす気もなく、都合の悪い事実を切り捨てるような発言をするのであれば、大臣の資格はない。 

 

 農業の貿易政策が食べ物の安定供給にどんな影響を与えるかを調べた研究論文がある(欧州委員会 JRC-IPTS他『農業貿易政策と食糧安全保障:因果関係はあるのか?』2014年9月)。この研究において、農業への支援が過剰になると、かえって食べ物の供給が減ったり、価格が上がったりすることがわかった。研究では、農業への支援を測るために NAC(名目支援係数)という指標を使っている。このNACが 1を超えると農業が保護されている状態を意味し、1.2を超えると支援が大きいとなる。研究によると、NACが 1.2以上になると「過剰な支援」となり、かえって悪影響が出る という。 

 

 日本の農業政策は「過剰な支援」にあたる。日本のNACは 1.2を超えた状態がずっと続いている。この研究でも、日本はスイスやノルウェー、韓国などと並び、世界でも特に農業支援が大きい国に分類されている。研究のデータでは、日本のNACは常に1.2を超えており、農業への強い保護が続いていることが明らかになっている。 

 

 なお、本調査は、2014年に発表されており、「当時と比べて現在の農業は格段に解放された」と政府は主張するかもしれない。しかし、例えば、三菱総合研究所『日本の農業生産を維持する国民負担の水準は?』(2023年)のレポートには、「どの指標でもOECD平均と比較して1.6倍から2.3倍ほどであり、相対的に高めというのが日本の保護水準の現状」とあり、2014年の調査と同様に、スイスやノルウェー、韓国などと並んで、保護額の高さが指摘されている。 

 

 

 欧州委員会 JRC-IPTS他の論文に話を戻す。農業への過剰な支援にはデメリットが多い。デメリットについて論文で紹介されている順に述べていくが、4番目のデメリットに着目してほしい。なぜ、日本がコメ価格高騰に苦しんでいるのかという点についての決定的証拠といえよう。 

 

 第一に、食べ物の供給が減る。政府が農業を守りすぎると、農家は競争しなくてもやっていけるため、効率の悪い生産が続いてしまう。NACが1.2を超えると食べ物の供給が減るという研究結果が出ている。これにより、新しく農業を始める人が増えにくくなり、農業の活力が失われる。 

 

 第二に、食べ物の値段が高くなる。NACが1.4以上になると、食べ物を手に入れにくくなるという結果が出ている。国内の農産物市場が政府の支援によって守られ続けると、消費者は高い価格で食べ物を買わなければならなくなる。特に低所得の人にとっては負担が大きくなる。 

 

 第三に、市場がゆがむ。NACが1.5を超えると、価格の上昇や供給の減少が加速することが研究で示されている。市場がゆがむと、農業の生産性が下がり、消費者にとって不利な状況が生まれる。 

 

 第四に、価格が不安定になる。支援が行き過ぎると、農産物の価格が極端に変動しやすくなる。NACが1.4を超えると、価格の変動が大きくなるという研究結果がある。市場の調整機能が失われることで、農産物の価格が予測しにくくなり、安定した供給が難しくなる。 

 

 自民党は農業分野の保護政策を実施することが、日本の食糧安全保障、そして農家のためになると頑なに信じているのだろう。しかし、この研究の結果を見ると、その政策は逆効果になっている。過剰な支援は、食料の供給を減らし、価格を上げ、市場をゆがめ、価格の安定性を損なう。日本は世界の中でも特に農業支援が大きい国だが、それが農業の成長を妨げているわけだ。 

 

 農業政策は大きく見直すべきである。支援をやめるのではなく、必要なところに適切な補助を行いつつも、競争力を高める政策に切り替えることが重要だ。現在の政策を続ける限り、日本の農業は国際競争力を失い、日本の経済も衰退していく。 

 

 農家や農業、日本の稲作文化を破壊しているのは、農水省であり、自民党であるという現実を、まずは受け止めるべきだ。 

 

【プロフィール】 

小倉健一(おぐら・けんいち)/イトモス研究所所長。1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立して現職。 

 

 

 
 

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