( 274876 ) 2025/03/15 04:53:25 0 00 photo by iStock
2025年2月14日、農林水産大臣の江藤拓氏が備蓄米21万トンを放出すると発表した。昨夏、政府は「備蓄米放出の予定はない」と宣言していたが、その半年後、「流通の円滑化」のために、備蓄米の放出を決めた。その背景には、石破首相からの指示があったと思われる。
麻生内閣時代、農林水産大臣に任命された石破茂氏は「農家を守る方針を謳っていた」と教えてくれた人がいる。東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授の鈴木宣弘氏である。
「農林水産大臣だった石破さんは、2009年に石破プランを発表しました。4000億円の予算を計上し、コメの生産調整をやめてコメ農家にコメをもっと生産してもらうことで米価を下げ、その差額を農家に補てんする計画でした」(鈴木宣弘氏)
ところが、すぐに民主党政権に変わり、石破プランが頓挫。その方針は民主党政権の戸別所得補償制度に継承された。農産物の販売価格が生産コストを下回る場合、その差額を補てんする制度だ。
「あの時はコメ農家の所得が一時的に増え、大規模農家がさらに規模拡大するような動きがありました」(鈴木宣弘氏)
けれど、政権を取り戻した自民党が個別保証制度を廃止。再び農家は厳しい状況におかれた。
幼少期をコメどころ鳥取で過ごしたからなのか、農林水産大臣時代の石破氏は農政を勉強していたようだが、首相に就任した途端、農業に背を向けた。首相官邸には、よほど恐ろしい魔物が棲んでいるようだ。
「令和のコメ騒動は関西が発祥」だと片山真一氏は指摘する。片山氏は1905年創業の米穀店「隅田屋商店」(墨田区)の四代目。
「コメがなくなったのではなく、米価が高騰したことで、スーパーなど関西の小売店がコメを調達できなくなったために在庫が少なくなりました」(片山真一氏)
その矢先の2024年8月に宮崎で震度6弱の地震が発生。気象庁が南海トラフ地震の注意を呼びかけた。
「これまで備蓄をしなかった人が買い急いだことで米騒動に発展。東京にも飛び火し、全国に広がっていきました」(片山真一氏)
従来、コメ農家の大半が農協にコメを卸すことで、農協は順当にコメを集荷できていた。減反政策もあり、コメの需要と供給のバランスがとれていた。
長年良好だったコメ農家と農協の関係に、民間の集荷業者が横槍を入れた。農協はコメを集荷する際、概算金(前払い金)をコメ農家に払ってきたが、集荷業者は概算金よりも高値でコメを買い取っていった。
知人のコメ農家(熊本)によれば昨夏、集荷業者が熊本市内のコメ農家をクルマで回り、庭先でコメを買い集めていた。慣例としてコメ農家は自分でコメを農協に納めていたが、自宅で待っていれば集荷業者がコメを運んでくれるだけでなく、高値で買ってくれた。
政府は新米が出る8月中旬頃から「米価は落ち着く」と考えていたが、一向に下がらず、年が明けても高騰を続けている。
「農協がコメを出し惜しみをしているという噂もありますが、それはありえません。農協のコメの集荷率が低下しています」(鈴木宣弘氏)
令和のコメ騒動をうけ、安いベトナム米や台湾米の輸入が始まった。まだ記憶に新しい1993年のコメ騒動では、タイ米が輸入された。タイのインディカ米はパサパサで不評だったが、現在輸入されているベトナム米や台湾米は、国産米と同じジャポニカ米であることから抵抗がないようだ。その一方、さらに安いカリフォルニア産のカルローズ米も輸入されている。飲食店や中食のなかには安い輸入米に切り替えたり、国産米に輸入米をブレンドし、原価を下げているところもある。
「米価の高騰はコメ農家にはよいことですが、消費者には苦しい状況。しかも高騰しすぎたことで、関税を払ってでも輸入米のほうが安い状況をつくってしまったのは致命的です」(鈴木宣弘氏)
農家の平均年齢は約69歳。あと10年農家を続けられる人がどれだけいるか。このまま高騰を続けると「国産米不要論」を唱える人が出てくる可能性もある。自給率100%だった国産米を、瑞穂の国の国民が手放そうとしている。安ければいいのか。国産米を守らなくていいのか。
国産米を使い続ける飲食店もある。「ミート矢澤」(品川区)の総料理長、平井啓介氏に話を聞いた。
「うちでは鳥取産ひとめぼれを使っています」(平井啓介氏)
「精肉卸ヤザワミート」の直営店である同店では、プロの目利きが選んだ黒毛和牛のステーキやハンバーグを提供している。6年ほど前、黒毛和牛に合いそうな国産米を鳥取市内にある米穀店「米村商店」(1924年創業)に提案してもらった。そのなかから粒立ちも色艶もよく、黒毛和牛との相性が一番良かった鳥取産ひとめぼれを選んだ。
コシヒカリが最高峰の国産米だとされる。なのになぜ、鳥取産ひとめぼれを使っているのか。
「黒毛和牛を世界に発信していきたいと思ってます。と同時に、コシヒカリ以外にもおいしい国産米があることを広めていきたいので、ひとめぼれを選びました」(平井啓介氏)
大丸東京駅店に、同店の弁当部門「ミート矢澤テイクアウト大丸東京」がある。弁当用にも同じコメを使っていると思いきや、別の品種を米村商店に送ってもらっているというのだ。
「冷めてもおいしいことから鳥取産きぬむすめを提供させていただいています」(平井啓介氏)
米価高騰で鳥取産ひとめぼれもきぬむすめも値上がりしたが、安い輸入米に変えるつもりもなければ、値上げの予定もないという。
「世界に誇る黒毛和牛を引き立ててくれるのは、国産米しかありません。今後もお客様に納得していただける価格で、おいしい料理を提供させていただきます」(平井啓介氏)
ミート矢澤の近くに、同じくヤザワミート直営店のとんかつ屋「あげ福」(品川区)がある。揚げ物とのバランスを考え、山形産つや姫を選んだ。2013年の創業以来、山形産つや姫を毎日店内で精米し、揚げたてのトンカツと共に、炊きたてのつや姫を提供している。
同じ米穀店に同じ国産米を発注したほうが原価を抑えられるはずだ。けれど、料理との相性を考慮し、コメも仕入れ先も変えているというのだ。
もうひとり国産米を愛する日本料理人「てのしま」(港区)の主、林亮平氏に話を聞いた。
「うちでは特別栽培の山形産つや姫を使っています。寿司を握ることもあるので、冷めてもおいしい山形産つや姫を選びました」(林亮平氏)
その山形産米を産地からではなく、原宿にある「小池精米店」(1930年創業)に届けてもらっている。山形から直接引いたほうが安く仕入れることができかもしれないのに、なぜ町のコメ屋に頼むのか。
「町というコミュニティにとってコメ屋さんは大切な存在。町のコメ屋さんを大切にするのも日本料理人のつとめだと思っています」(林亮平氏)
料理を作り、提供するだけが料理人の仕事ではない。とくに日本料理人であれば、おいしい国産米を食べてもらうことも責務だといってはばからない。なぜ国産米にこだわるのか。
「稲は収量が多く、しかも連作ができます。加えて水田は有機物を適度に蓄え、余分な成分を海に放出します。稲作という農業は素晴らしいし、日本の誇りです」(林亮平氏)
なのに政府は田んぼをつぶし、畑に変えることを奨励している。優れた作物である稲を手放すなんてとんでもない話だと林氏は憤慨する。
海外から安いコメが入ってきていることをどう思うか。
「国際社会で行きていくためには、様々な交渉があることは理解できます。でも、輸入に頼り、国産米でなくてもいいと思うのは、日本人として土地に誇りがないから」(林亮平氏)
かつてこの国には、「結(ゆい)」とよばれる共同労働の形態が存在した。田植えや稲刈り、屋根葺きなど多大な労力が必要な際、労働力を結集し、ことにあたった。岐阜県の白川郷など、いまも結が現存する地域がある。
「僕が生まれ育った瀬戸内に浮かぶ手島(香川県丸亀市)にも結があり、冠婚葬祭を島民全員で行なっていました。みんなでよく生きようという形態でした」(林亮平氏)
小さな社会が結で繋がり、成り立っていた。結が行われていた時代に戻すのは難しい。けれど、この国をどうすべきかを、国民一人ひとりが考えなければならないと林氏は強調する。
「たしかに輸入米は安い。でも、安ければいいわけではない。安さの裏には何かあるし、誰かが割を食っているはずです。どう生きるべきなのかがいま、問われています」(林亮平氏)
運命共同体のひとりとしてこれからも国産米を使い続けていくと宣言する。
食糧管理法(食管法)が廃止されて今年で30年。いまこそ農政を見直すべきではないかと隅田屋商店の四代目、片山真一氏は指摘する。
食管法の時代(1942年〜1995年)、政府がすべてのコメを買い上げ、生産者米価と流通米価を政府が決めていた。食管法を廃止し、食糧法が導入された。生産者米価は自由だとしながら、政府として米価の維持につとめようとしている。
「いろいろな政策が中途半端。需要と供給のバランスが崩れたせいで、今回の米価高騰が起きたと思っています」(片山真一氏)
たとえば1991年にアメリカ産牛肉の輸入の自由化がスタートした際、国民は反対し、大騒ぎした。畜産農家は輸入牛に対抗すべく、生産コストをかけ品質向上に尽力した結果、WAGYUが世界でも認められた。
「和牛生産農家は、安い輸入牛に対抗すべく武器を持っています。片や、安い輸入米に対抗できるコメを栽培している農家がどれだけいるでしょうか」(片山真一氏)
大半の国産米には、”国産”という価値しかないと片山氏は指摘する。国産米だから安心安全だと謳っているが、それだけでは安い輸入米には太刀打ちできないというのだ。
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