( 275161 )  2025/03/16 04:59:02  
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参院予算委員会で挙手する江藤拓農林水産相(中央)=2025年3月6日、国会内 - 写真=時事通信フォト 

 

なぜコメの値段は下がらないのか。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、「価格高騰の根本原因は、減反政策による生産量の減少だ。価格を下げるには減反政策を廃止すべきだが、JA農協がある限り、それはできないだろう」という――。 

 

■ウソをつき続ける農林水産省 

 

 農林水産省は昨年夏、長年続いた減反による生産量の減少と猛暑の影響で深刻なコメ不足を招いた際、卸売業者がため込んでいるという虚偽の主張を行い、何の対策も講じなかった。昨年8月には「新米が出回ると価格が低下する」と主張したが、価格は逆に史上最高値まで上昇している。 

 

 価格が上がるのは、需要に対して供給が足りないからだ。 

 

 この経済学の基本を無視して、農林水産省は投機目的で業者が21万トンものコメをため込んでいるからだという虚偽の主張を繰り返している(参考記事 「消えたコメ」を探しても絶対に見つからない…「コメの値段は必ず下がる」と言い続けた農水省の"壮大なウソ")。 

 

 農林水産省がかたくなにコメ不足を認めないのは、備蓄米を放出して米価を下げたくないからだ。官邸筋から言われてしぶしぶ備蓄米放出に応じたものの、卸や小売業者ではなく集荷業者のJA農協に売却したり、1年後に買い戻す条件を付けたりして、放出しても米価が下がらない仕組みを考えた(参考記事 だからコメの値段が下がらない、下げるつもりもない…JA農協のために備蓄米を利用する農水省の呆れた実態)。 

 

 それにしても、国民・消費者を敵に回してまで、なぜ農林水産省は米価を下げたくないのか? 

 

 それは農家のためではない。高い米価で利益を得ている特殊な組織のためである。 

 

■コメ農家は価格高騰に困惑している 

 

 肥料等が高騰する中で、農家が今回の高米価でやっと一息ついているという報道がある。 

 

 これはウソである。赤字だったのは1ヘクタール以下の零細農家だ。この規模の農家は肥料が高騰する以前から何十年も赤字で米作を続けてきた。その理由については、「JA農協&農水省がいる限り「お米の値段」はどんどん上がる…スーパーにお米が戻っても手放しで喜べないワケ」を参照されたい。これらの零細な農家は戸数ではコメ農家の52%を占めるが、水田面積ではわずか8%のシェアしかない。数が多いので、取材しようとするとこれらの農家に当たってしまうが、これらはもはやコメ農業を代表するような存在ではない。 

 

 逆に、コメ農業を担っている農家らしい農家、主業農家は高米価に戸惑っている。米価上昇で輸出が困難となる一方で、高関税を払ってまで外米が輸入されるようになり、彼らにとっての国内外のコメ市場が縮小してしまう懸念があるからだ。実際、今年1月だけで昨年1年間分の368トンを上回る523トンの外国米が輸入される事態となっている。 

 

■高米価はJA農協のため 

 

 米価が下がっても、欧米のように財政から直接支払いすれば、農家の所得は確保できる。これがOECDをはじめ、世界中の経済学者が支持する農業政策である。農家にとっては、高い価格でも直接支払いでも、収入には変わらない。 

 

 なぜ、日本の農政は価格、特に高い米価に固執するのか? それは欧米にはない“特殊な組織”があるからである。 

 

 それはJA農協だ。 

 

 JA農協は、肥料で8割、農薬や機械で6割のシェアを持っている。このような巨大な独占企業が、独禁法の適用除外を受け、農家に独占的な高価格を押し付けている。そもそも農協は農家が肥料等を安く購入するために作られた組織だった。しかし、肥料価格が高くなると農協の手数料も高くなる。農家の中でも零細な農家は、言われるままに高い資材価格を農協に払っている。JA農協は農家の利益ではなく自己の利益のために活動しているのだ。とっくの昔にJA農協は農家のための協同組合ではなくなっている。 

 

 米価が高くなれば、JA農協の販売手数料も増える。しかし、高米価で得るJA農協の利益は、その程度のものではない。 

 

 農業は衰退しているのに、JA農協は日本有数のメガバンクとなり、日本最高・最大級の機関投資家に発展した。このことに高米価・減反政策と関係しているのである。 

 

 実は、私も農林水産省にいるときは、このカラクリに気が付かなかった。退職して農業・農政を全体的に見るようになって、やっとわかったことである。 

 

 

■JA農協の正体 

 

 終戦直後の食糧難の時代、政府は食糧管理法によって農家からコメを買い入れ消費者に安く提供してきた。配給制度と言い、貧しい人もコメが買えるようにしたのである。 

 

 しかし、農家は高い値段がつくヤミ市場に、コメを流してしまう。そうなると、配給制度を運用している政府にコメが集まらない。このため、農林省は戦前の統制団体をJA農協に衣替えして、農家からコメを集荷させ、政府へ供出させようとした。これがJA農協の起こりである。食糧管理制度が存続している間、農協は95%程度のシェアを維持していた。農協(農林中金)は政府から受け取る巨額のコメ代金を農家に渡す前にコール市場で運用して大きな利益を得た。 

 

 ヨーロッパやアメリカの農協は、酪農、青果等の作物ごと、生産資材購入、農産物販売等の事業・機能ごとに、自発的組織として設立された専門農協である。これに対し、JA農協は、作物を問わず、全農家が参加し、かつ農業から信用(銀行)・共済(保険)まで多様な事業を行う“総合農協”である。欧米に金融事業等なんでもできる農協はない。日本でも銀行は不動産や製造業など他の業務の兼業を認められていない。日本に銀行事業と他の業務の兼務が認められている法人は、JA農協(と漁協)以外にない。 

 

 JA農協は本来農業者のための協同組合なのだから、その組合員は農業者である。しかし、農協には、地域の住民であれば誰でもなれる准組合員という独自の制度が認められた。正組合員と異なり、准組合員は農協の意志決定には参加できないが、農協の信用事業や共済事業などを利用することができる。准組合員は他の協同組合にない制度である。これは、利用者が組織をコントロールするという協同組合原則からは完全に逸脱している。 

 

■「減反政策」でJA農協が発展するカラクリ 

 

 米価が高くなると、コストの高い零細な兼業農家はマチで高いコメを買うより、赤字でも自分で作った方が安上がりとなるので、コメ産業に滞留した。 

 

 酪農家の84%が農業で生計を維持している主業農家であるのに、コメ農家の74%は副業農家で、主業農家は8%しかいない。農家全体でみると、多数のコメ農家の存在を反映して、2003年当時で農業所得に比べ兼業所得は4倍、年金収入は2倍である。 

 

 これらは、JAバンクに預金された。 

 

 地価高騰による宅地等への巨額の農地転用利益もJAバンクに預金された。農地面積は1961年に609万haに達し、その後公共事業などで約160万haを新たに造成した。770万haほどあるはずなのに、430万haしかない。 

 

 食料安全保障に最も重要なものは農地資源である。日本国民は、造成した面積の倍以上、現在の水田面積240万haを凌駕する340万haを、半分は転用、半分は耕作放棄で喪失した。160万haを今転用したとすれば、農家は少なくとも200兆円を超える転用利益を得たことになる。 

 

 耕作放棄の多くは生産条件の悪い中山間の傾斜農地等である。しかし、転用されているのは、平場の優良農地である。食料安全保障からは後者の方がはるかに重要なのに、農家が転用で利益を上げていることはほとんど報道されない。コメの値段が安いので耕作放棄するという、お涙頂戴式の報道ストーリーに合わないからだ。 

 

 こうして、JAは預金量100兆円を超すメガバンクに発展した。減反で米価を上げて兼業農家を維持したこととJAが銀行業と他の事業を兼業できる日本で唯一の法人であることとが、絶妙に絡み合って、JAの発展をもたらしたのだ。詳しくは、「ついに「農協崩壊」がはじまった…農林中金「1兆5000億円の巨大赤字」報道が示す"JAと農業"の歪んだ関係」を参照されたい。 

 

 

■減反政策の非国民性 

 

 減反は、国民の税金から約3500億円の補助金を出してコメの生産量を減らし、米価を上げるというものである。 

 

 備蓄も米価維持のため20万トン市場から買い上げ隔離するもので、毎年500億円ほど財政負担がかかっている。米価が高いので輸入せざるをえないミニマムアクセス米にも500億円。国民は合計4500億円を毎年納税者として負担して、かつ消費者として高い米価を払うことで二重の負担を強いられている。医療のように財政負担で消費者負担を軽くするという政策とは真逆である。 

 

 減反は水田面積の4割に及ぶ。また、コメ生産を減らすことが減反の目的なのだから、コメの面積当たり収量(単収)を増加させる品種改良もタブーになった。今では、カリフォルニアのコメ単収(生産性)は日本の1.6倍、1960年頃は日本の半分しかなかった中国にも追い抜かれている。 

 

 仮に、日本の水田面積の全てにカリフォルニア米ほどの単収のコメを作付けすれば、長期的には1700万〜1900万トンのコメを生産することができる。単収が増やせない短期でも、1000万トン程度のコメは生産できる。国内仕向けを650万トンとすれば350万トンを輸出できる。今回のように40万トンコメが不足したとしても、輸出量をその分減少すれば、問題は起きない。 

 

■食料安全保障のために減反を廃止せよ 

 

 1960年から世界のコメ生産は3.5倍に増加しているのに、逆に日本は補助金を出して4割も減少させた。今輸入が途絶すると、戦中戦後の配給基準量、2合3勺の半分しか供給できない。半年後にほとんどの国民は餓死する。 

 

 最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止によるコメの増産と輸出である。平時にはコメを輸出し、食料危機時には輸出に回していたコメを食べるのである。平時の輸出は、財政負担の必要がない無償の備蓄と同じ役割を果たす。4500億円の財政負担は解消される。主業農家への直接支払いは1500億円で済む。国民は納税者としての負担を減少し、なおコメを安く消費できる。食料自給率は60%以上に上がる。 

 

 

■農政トライアングルの形成 

 

 減反・高米価こそJA農協繁栄の基礎であることは先に述べたとおりだ。 

 

 この既得権に依存しているのが、農林水産省や農林族議員なのだ。私は、『農協の大罪』(宝島社)という著書のなかで、JA農協、農林水産省、農林族議員の利益共同体を“農政トライアングル”と呼んだ。 

 

 これは極めて強力な利益共同体だった。 

 

 農協は多数の農民票を取りまとめて農林族議員を当選させ、農林族議員は政治力を使って農林水産省に高米価や農産物関税の維持、農業予算の獲得を行わせ、農協は減反・高米価等で維持した零細農家の兼業収入を預金として活用することで日本トップレベルのメガバンクに発展した。 

 

 しかし、最初から農林水産省はこのように堕落した組織ではなかった。 

 

 1900年に農商務省に入った柳田國男は、米価を上げて農家所得を上げるのは貧しい工業労働者等を苦しめるので、生産性向上によってコストを下げ農家所得を向上させるべきだと主張した。これは、1961年の農業基本法まで農政本流の考え方だった。 

 

 米価を上げると零細農家を温存してしまい、コメ生産の合理化は進まない。食糧管理制度時代、政府によるコメの買入制度を利用してJA農協が自民党農林族とともに行った生産者米価引上げの大政治運動に、農林水産省の役人は強く抵抗した。構造改革を進めようとする彼らにとって、JA農協は味方ではなく敵だった。 

 

 しかし、コストを下げるために農家一戸当たりの規模を拡大しようとすると、農地面積が一定の下では農家戸数を減らすしかない。そうなると農業の政治力が減少して天下りのために必要な農業予算が獲得できなくなると考える役人が増えてきた。かつては農協に天下ることを忌避する風土が農林水産省にあったが、今や農協は同省にとって重要な天下り先となっている。 

 

 こうして農政トライアングルが誕生した。 

 

■減反廃止を潰す自民党農林族 

 

 2008年、当時農水大臣だった石破茂内閣総理大臣は、「減反に参加するかどうかは農家の自由とし、参加した農家にだけ補助金を交付する」という減反見直しを提案した。これは後に民主党が実現した戸別所得補償と同じ仕組みだった。 

 

 しかし、この微温的な改革案に対しても、米価低落を心配する自民党農林族は大反対して潰した。2013年安倍首相が主張した減反廃止が本当なら米価は暴落する。こんな抵抗では済まない。自民党農林族だけでなく農業関係者すべては、安倍首相の発言がフェイクニュースだとわかっていた。当時は林農相以下農水省は、農協の機関紙である日本農業新聞とともに減反廃止をこぞって否定していた。騙されたのは、農政に素人のマスメディアだけだった。 

 

 ところが、今では江藤農相をはじめ農水省自身が減反は廃止したというフェイクニュースを主張している。悪事はなくした方がいいと判断したのだ。情けないことだ。 

 

 今回のコメ騒動で、農林水産省は農業関係者、中でもJA農協の利益しか考えていないことが、一般の国民の目にも明らかになっただろう。 

 

 

 
 

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