( 275266 )  2025/03/16 07:04:09  
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インフレ税は「見えない増税」ともいわれる(撮影/写真映像部 佐藤創紀) 

 

 収入が増えず、物価上昇が続いている。インフレが定着する中で家計から企業へ、企業から政府へと所得の移転が進んでいる。家計から見れば、可処分所得が減り、その一部が政府債務の返済に充てられる構図だ。「見えない増税」ともいえる「インフレ税」の実態に迫った。AERA 2025年3月17日号より。 

 

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 インフレ税による財政再建については様々な見方がある。 

 

「純債務残高の名目GDP比率はインフレの分だけ分母のGDPがかさ上げされますから、確かに見かけ上の財政状況は改善されています。しかし、そのことのみをもって財政再建が進んでいると捉えるのは早計です」 

 

 こう唱えるのは、日本総合研究所の河村小百合主席研究員だ。 

 

 財政運営の継続性を左右するのは、新規と借り換え分の国債発行を続けられるかどうか、だと河村さんは強調する。いま懸念されているのは、インフレで金利が上昇して国債の利払い費が増えると、財政が圧迫されて市場の信頼を失い、国債の買い手がつかなくなりかねない事態だ。 

 

 財務省によると、普通国債残高は24年度末に1104兆円に上ると見込まれている。ただ日本の場合、現状ではこれを十分カバーできる2179兆円もの国内金融資産を保有している。これは何を意味するのか。 

 

■過去には預金封鎖も 

 

「万一、国の財政運営が行き詰まっても、09年以降のギリシャの財政危機の時のようにIMF(国際通貨基金)の融資をすぐに受ける流れになるとは考えられません。まずは国内にある資金を充当する形で既に発行した国債の満期到来分の元本償還のめどを立てる『大規模な国内債務調整』を断行せざるを得なくなるでしょう」(河村さん) 

 

 日本人は「大規模な国内債務調整」を第2次大戦の敗戦時に経験している。このとき政府は預金封鎖や切り捨て、家計が保有する金融資産や不動産を召し上げる財産税、戦時補償特別措置法といった政策を、施行時期をずらして断行した。 

 

 

 一方、インフレで金利が上昇して国債の利払い費が増えても、税収も増えるため財政運営は問題ないとの見方もある。「インフレ税」による財政再建説だ。これについて河村さんは「逆進的で公平な負担とは到底言えないそのシナリオが仮に実現した場合、問題の解決ではなく回避」だと切り捨てる。 

 

 河村さんは23年度の決算ベースの税収額をもとに、4パターンのシナリオで税収がどの程度伸びるのか試算した。それによると、33年度の税収は「デフレ逆戻りシナリオ」では約76兆円止まりなのに対し、「高インフレシナリオ」(日銀が高インフレ進行を抑え切れなくなるケースとして5%のインフレを想定)では約123兆円に達する。税収がこれだけ高い伸びを示せば、国債の利払い費の増加分もカバーできるのでは、との印象もぬぐえない。しかし、と河村さんはこう続けた。 

 

「ここで決して忘れてはならないのは、税収が高インフレ要因で伸びる場合、大部分の歳出も高インフレに応じて金額を上げないと、政府からの支出や給付を受け取る側の企業や国民生活はとてもじゃないが回らなくなるということです」 

 

 財政規律を無視して補助金をばらまけ、というのではない。例えば、高齢者向けの年金や公務員の給与、公共事業の入札の予定価格などは物価上昇分を適宜上乗せしていかなければ国民や企業がないがしろにされる、と河村さんは説く。実際、人件費や資材調達費の高騰を受け、全国各地で公共工事の入札不調が相次いでいる。 

 

■負担できる人が負担 

 

 永田町の政治家や日銀、霞が関の官僚の中には、インフレ税の形でなし崩し的に国民に負担を強いることになっても、歳出効率化や増税といった正面からの財政再建に向き合わないで済ませられるならそれでかまわない、と考えている人が一定数いるのではないか、と河村さんは憤る。 

 

「インフレが進行しても痛くもかゆくもない層が日本にはいます。いまなし崩し的に進んでいるのは、こうしたお金持ち優遇のいびつな政策運営です。インフレで厳しい生活を強いられている国民が声を上げない限り、お金持ちにおもねった政策が今後も続けられるでしょう」 

 

 

 日本人はこの先、負担から逃れられる方法はない。であれば、負担できる人にしっかり負担してもらうよりほかにない、というのが河村さんの持論だ。 

 

「日本はお金がないから財政再建できない国ではありません。お金がある人に対する負担の合意を得る努力を怠ってきた結果が、世界最悪の財政事情を招いたとも言えます。負担を後世に押し付けて逃げ切ることは許されません」 

 

 インフレで生活困難者が増える中、日本では富裕層が増加を続けている。 

 

 野村総合研究所の推計によると、23年の純金融資産保有額が1億円以上5億円未満の「富裕層」、および同5億円以上の「超富裕層」を合わせると165.3万世帯で、21年の148.5万世帯から11.3%増加している。内訳は、富裕層が153.5万世帯、超富裕層が11.8万世帯。23年の富裕層・超富裕層の合計世帯数は、この推計を開始した05年以降増加しており、富裕層・超富裕層それぞれの世帯数も、13年以降は一貫して増加傾向にある。 

 

 河村さんの試算結果では、高インフレ下でも税収だけでは利払い費とインフレ見合いの一般歳出を到底賄いきれないことも明らかになっている。河村さんはこう強調した。 

 

「財政運営の安定的な継続のためには、国の債務残高を減額に転じさせるべく、財政収支の均衡・黒字化を達成して新規国債の発行をほぼなくし、それを長期間維持する必要があります。そのための計画策定が日本の財政運営上の喫緊の課題です」 

 

 少子高齢化による社会保障費の増大に加え、政府は防衛費の大幅増額も打ち出している。さらに、首都直下地震や南海トラフ巨大地震など壊滅的影響が予想される自然災害がいつ起きてもおかしくない日本で、「財政破綻は起きない」と高をくくっている余裕などない。(編集部・渡辺豪) 

 

※AERA 2025年3月17日号より抜粋 

 

渡辺豪 

 

 

 
 

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