( 275406 ) 2025/03/17 03:46:15 0 00 写真:yamasan/イメージマート
子どもの足音、家具を引きずる音、大きな話し声や音楽に家電の音。生活をする上で、近隣住民の「音」が気になった経験がある人は少なくない。春は、進学や就職、転勤などの理由で引っ越しが多くなるシーズン。生活で発生する音は、なぜ煩わしく感じる騒音となってトラブルに発展してしまうのか。騒音被害が心身に与える影響や、トラブルに遭わないための対策について医師や専門家に聞くとともに、トラブルが起きてしまった場合の対応について考えた。(取材・文:内橋明日香/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
東京都在住でファッションデザイナーの加藤茜さん(42歳、仮名)は、今から5年ほど前、騒音被害に悩まされていた。
提供:アフロ
「隣の部屋に引っ越してきた外国の方が、ほぼ毎週末にルーフバルコニーでバーベキューをし始めました。ちょうどコロナ禍が始まった頃で、夜にお店が閉まっていたこともあり、大勢で集まって夕方から夜中まで騒いでいたんです」
加藤さんは管理会社に何度か相談したが、取り合ってもらえなかったという。
「管理会社からは、『マンションの規約にバーベキューを禁止する記載がないので、止めることはできない』と言われました。ドアに直接、『うるさい』などと書いた紙を貼る住民の方もいました。その部屋の住民は『勝手に紙を貼るのは違法だ』というような紙をさらに上から貼り付けて、口論が貼り紙上で展開されていました。警察もよく来ていました」
加藤さんは、7~8年住んでいたお気に入りの部屋から、引っ越した。1年半ほど我慢した末だった。
「実は最初の頃に、隣の方から『バーベキューに来ないか』と英語で誘われたことがあったんです。でも私は断ってしまって。私は貼り紙もしていないし、警察も呼んでいないんですけど、貼り紙がされるようになってからは、廊下で挨拶をしても無視されるようになって。きっと私がしていると思ったんでしょう」
逆に被害を訴えられた側はどうか。千葉県在住で会社員の鈴木翔さん(38歳、仮名)は、今から4年前長女が2歳の頃に苦情を言われた経験があると話す。
「午後9時頃に玄関のチャイムが鳴って、下の階の方が『子どもの足音がうるさいので静かにしてくれませんか』と言いに来ました。少し怒ったような口調でしたね。その方は40代くらいに見えて、奥さんと小学生くらいの娘さんと暮らしている父親でした。当時2歳だった長女が家の中を走り回っていたことはあったので、そのたびに『静かにして』と注意はしていたものの、うちの娘が過度に大きな音を立てていたわけではありません」
長女に静かにするように伝えながら過ごしていたが、下の階の住民はいつの間にか引っ越していたという。
「苦情を言われたのと同じ時期に、『駐車場で子どもを遊ばせるのはやめてください』という貼り紙がマンションにされていました。ファミリーが多く住んでいる物件でしたが、すれ違いざまに挨拶をするくらいで、世間話をするような関係の方はいなかったですね」
(株式会社ヴァンガードスミス 2024年インターネット調査「近隣トラブルに関する実態調査」より)
近隣トラブル解決支援サービスを展開する(株)ヴァンガードスミスが2024年に行ったアンケート調査では、過去に近隣トラブルを経験した人の68%が、その原因について「生活音/騒音関連」によるものと回答している。これは、ゴミ出しや駐車・駐輪、臭いに関するものといったトラブル事例より群を抜いて多い。
(株式会社ヴァンガードスミス 2024年インターネット調査「近隣トラブルに関する実態調査」より)
音の発生時間帯は、平日夜間(23:00〜翌6:00)と土日祝日夜(18:00~23:00)が最も高く(ともに43.1%)、次いで平日夜(18:00〜23:00:42.6%)、土日祝日夜間(23:00~翌6:00:42.6%)という結果になり、夜から夜間に発生する音を騒音と感じる人が多いことがわかる。また、そのトラブルが継続した期間について、1年以上続いたという結果が約半数(50.5%)を占め、長期にわたってトラブルに悩まされている現状が見て取れた。
騒音問題が心身に影響を与える場合もある。岐阜県で循環器内科や睡眠障害などを専門とする阪野クリニックの阪野勝久院長は、騒音を理由に心身の不調を訴える患者には共通点があると話す。
取材に応える阪野医師
「みなさん眠れないという症状を訴えます。不眠のほか、日中のだるさや集中力の低下、頭痛や胃腸の不調、イライラや気分の落ち込みなどを感じている方が多いです。3月に引っ越しなどがあり、4月から進学や仕事で環境の変化があって、それが少し落ち着いたあと、5月のGW明けから患者さんが増える傾向があります。不眠の症状が2週間以上続き日中の生活に支障をきたす場合は、早めの受診をお勧めします。社会情勢や生活不安なども影響していると思いますが、受診される方は年々増えています」
阪野医師は、夜間になると周囲が静かになるため、わずかな音でもうるさく感じられ、騒音被害が「また起きるのでは」という予期不安を抱くことも不眠につながると説明する。
「睡眠不足によって自律神経のバランスが崩れます。ぐっすり眠れている状態は、副交感神経が優位になってリラックスしているのですが、眠れないと一晩中、交感神経が優位になっています。十分な休息が取れず、体が常に緊張した状態になるので、高血圧や心疾患への影響もあります。代謝がうまくいかなくなって、インスリン抵抗性にも問題が出てくるため、肥満症や糖尿病のリスクが高まります。さらに、うつ症状などメンタルの病気にもつながりやすいです」
阪野医師によると、不眠の症状「寝つきが悪い、夜間に目が覚める、早朝起きてしまう、熟睡感がない」に加え、昼間の時間帯に「眠気、倦怠感、集中力の低下、イライラや情緒不安定、意欲の低下」といった症状がある場合に不眠症と診断されると話します。
「治療としては、まず、良い睡眠をとるための防音対策が必要になってきます。具体的には、耳栓をする、遮音性の高いカーテンや二重窓にするなど環境を整備すること。そして、認知行動療法としてリラクゼーション方法を習得してストレス耐性をつけることや、アンガーマネジメントについて学ぶことも役立ちます。それでも改善されない場合は睡眠薬を検討するのですが、あくまでこれは最終手段ですので依存性の少ない薬にとどめて、漢方薬を活用することがあります」
トラブルに遭いにくい物件を選ぶ方法はあるのか。八戸工業大学名誉教授で、音環境工学が専門の橋本典久さんは、不動産情報にヒントがあると話す。
取材に応える橋本さん
「過去にトラブルになっている方が周囲にいないか、管理組合などに事前に確認するのもいいと思います。不動産情報を見て、木造や鉄骨造よりも遮音性が高い鉄筋コンクリート造の建物を選んだり、管理組合などに建物の床の厚みを確認したりすることもできます」
橋本さんは、トラブルに発展する原因は、物件そのものよりも「生活する上で音は必ず発生するもの」という認識と住民同士のコミュニケーションが時代とともに薄れてきていることだと指摘します。
「建物の構造が良くなっているので勘違いされている方が多いのですが、性能が良くなっても、決してまったく音がしないわけではありません。マンションはコンクリートの板一枚で仕切られているのですから、小さな音でも周囲に響くものです。かつて日本の住宅は長屋で周囲の生活音は筒抜けでしたが、生活音はトラブルに発展しませんでした。その理由に近隣づきあいがあると思います。音が聞こえてもそれがトラブルにつながるかは別問題だと思います」
国土交通省が5年に一度行っているマンション総合調査によると、新しくできたマンションほど生活音によるトラブルが増えるという傾向があり、2020(令和2)年以降に完成したマンションではトラブルの発生率が6割に届く勢いだ。
生活音トラブルのマンション完成年次別の発生比率 「令和5年度マンション総合調査」より橋本さん作成
「音が響く構造は、おおよそ床の厚みで決まります。昭和30年頃の集合住宅の床の厚みは10~12cmで、現在の新築マンションでは25~30cmが標準です。例外のケースもありますが、昔に比べて建物の性能は格段に良くなっています。それにもかかわらずトラブルが増えているのは、人間関係が最も大きく影響していると思います」
実際にトラブルが発生した場合、どのように対処すればよいのか。先述のヴァンガードスミスの調査では、近隣トラブルを経験した際の相談先について、「管理会社」が最も多い一方(32%)、「相談していない・するつもりがなかった」「誰にすればよいかわからなかった」といった回答の合計が26.7%を占めている。
(株式会社ヴァンガードスミス 2024年インターネット調査「近隣トラブルに関する実態調査」より)
橋本さんは、相談先を誤ることでトラブルを助長するケースに注意してほしいと話す。
「マンションの管理組合の方に苦情を言って、貼り紙をしてもらうとしますよね。苦情を言われた方は、防音マットなどで対策を行う。ただそれでも音は響きますので、苦情を言った人は『上の住民は何もしてくれない、不誠実な人だ』と思い込んでしまいます。そこで直接苦情を言う。言われた側も『どんなに対策しても苦情を言われる』と相手に対する嫌悪感が募って、トラブルがエスカレートしていきます」
橋本さんは、トラブル解決のためには第三者の介入も必要だと話す。
「アメリカでは、NJC(Neighborhood Justice Center)という近隣住民とのトラブル解決の手助けをしてくれる組織があります。調停委員はトレーニングを受けたボランティアで、相談費用はかかりません。当人同士に2人の調停委員が加わって解決策を見つけていくのですが、10年前にラスベガスのNJCに調査に行った際に聞いた話では、トラブルの解決率は8割を超えているとのことでした。
写真:mamushi/イメージマート
日本にもアメリカのように、初期の段階で近隣トラブルに対応する公的な組織や制度が必要だと考えますが、現時点ではそういったものがないので、解決支援をしている民間企業の役割も評価できると思います。第三者に相談して、初期の段階で調整をお願いすることで個人間の争いが緩和されることもあります。
管理会社や管理人ができることとして、住民同士で日頃からコミュニケーションを取る機会を作ることも重要です。避難訓練やイベントなどを行うことでトラブルの予防につながってくると思います」
個人心理や人間関係で音の聞こえ方は変わってくるという。
「住宅街に保育園ができて、近隣住民から園児の声に苦情が来たことがありました。園長先生に伺った話なのですが、住民の方を招待して園児と一緒に餅つきをしたところ、苦情が減っていったそうです。参加されなかった家には、子どもたちがついた餅を持っていったそうですが、これはコミュニケーションが功を奏した事例に当たると思います。
顔も知らない人が出しているのと、顔が見えるのとでは音への捉え方が変わってきます。日常生活では必ずいろんな音が発生するので、こういった前提知識を持つ人が増えれば、音に関するトラブルは減っていくと考えています」
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