( 275596 )  2025/03/17 07:24:10  
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MichaelDeLeon 

 

お金が貯まる人、貯まらない人の違いはどこにあるのか。消費経済ジャーナリストの松崎のり子さんは「出費を抑えようと、安くていいものを手に入れようとする。それがお金が貯まらない“落とし穴”になっている」という――。 

 

■「いいモノが安く買えた時代」は終わった 

 

 物価高が止まらない。節約できない必需品にあたるコメの売価は下がらないままだし、キャベツも白菜も相変わらず高い。おまけに、4月にはビール大手4社が揃ってアルコール飲料を値上げする予定だ。 

 

 むろん値上げは食品だけにとどまらず、ティッシュやトイレットペーパーの値上げも予定されている。そうなると家計のために1円でも安いものを探したいのが人情だ。チラシを見比べたり、ネットで情報収集したりと、庶民はそのための努力を惜しまない。今や、安さは価値そのものなのだから。 

 

 しかし、安さにも2種類あるのはご存じだろうか。良い安さと悪い安さ、いや、正統な安さと不当な安さと書くほうが正確かもしれない。この違いを見極めておかないと、大事なお金を守れない。長らく日本では、性能がよく、かつ安いモノが手に入ったものだ。しかし、今や「安かろう、悪かろう」の時代にいよいよ突入している。 

 

■デフレ時代、激安商品は当たり前 

 

 1900年以降のデフレ時代はなかなか給料が上がらず、その懐にあわせて安い店や業態がたくさん生まれた。高く値をつけても売れないし、激安価格で客を引き付けるしかなかったからだ。 

 

 私たちになじみ深い100円ショップチェーンが誕生したのもその頃だ。均一ショップの安さの理由はいくつかあるが、人件費や製作コストが安い海外生産の商品を大量に仕入れすることで原価を抑え、100円でも販売することができた。また、利用客の支払いも現金のみにすることで、キャッシュレス決済手数料の負担もなかった。 

 

 その頃よく見かけたディスカウントストアも、商品を大量に現金買い付けすることで仕入れコストを抑え、破格の店頭価格をつけることができた。ショップ内の品ぞろえを見てみるとさほど安くない商品も混じっていたが、目玉商品を店頭に積み上げて客を呼び込み、通常価格の商品も合わせ買いをしてもらうことで利益を確保できたのだ。 

 

 外食産業に目を向ければ、牛丼1杯が280円という時代もあった。当時は比較的安い輸入牛肉を確保できたことや、店舗で働く人員の人件費が今より安く済んだことも大きい。また、当時は牛丼チェーン同士で安さを競いあっていた。「安さ」で客を惹きつけ、自分の店のファンになってもらうための先行投資のような値付けもあっただろう。 

 

■「安さ」に正当性があった 

 

 同じく、マクドナルドのハンバーガーも長らく100円を切っていた。こちらも、原材料費や輸送費、人件費等が抑えられた時代背景とともに、安さでファミリーや学生層を取り込み、子どもの頃からハンバーガーショップに行く習慣をつけてもらうという目的もあっただろう。 

 

 ここで触れてきた業態の「安さ」には、良いとまでは言わないが、理由に正当性はある。なぜ安くなっているのかのまっとうな説明ができるからだ。 

 

 他にモノが安く売られる条件を整理すると、次のようなものが挙がるだろう。 

 

 1 大量に仕入れたために早く処分したい 

2 色や味など人気がなく、売れ行きが悪い 

3 消費期限・使用期限が迫っているので期限までに売り切りたい 

4 パッケージの改定や、商品が廃版になるので早く店頭から処分したい 

5 新製品・新サービスのスタートなので多くの人に手に取ってほしい 

6 決算時期前に在庫を一掃し、売り上げの数字も立てたい 

 

 また、店側も安売りのための工夫が欠かせない 

 

 1 現金決済だけにして、そのぶん安くする(キャッシュレス対応などのコストを省く) 

2 段ボール箱を切って並べるだけの陳列など、人手をかけず効率化する 

3 売れ筋の商品だけに絞り込んで、あれこれ商品数を増やさない 

4 人流は多いが家賃の高い立地には出店しない 

 

 安く売られる理由は一つではなく、さまざまな要因が共存するものだが、理屈がはっきりわかるような「安さ」は消費者にとっても納得がいく。逆に、安さの理由が判然としないケースは注意したほうがいいのだ。 

 

■「ネットだから安いのだろう」は大丈夫か 

 

 正当ではない安さ、とはどういうものだろうか。例えば「他に比べて妙に安い」と感じる製品には一定の注意が必要だ。たとえば、最近モバイルバッテリーの発火事故が増えていると耳にする。スマートフォン用のモバイルバッテリーが火を噴き、火災になったという例は少なくなく、消費者庁も注意喚起を行っている。 

 

 

 報道によれば、そういう商品は価格もかなり安めだという。発火事故の頻発を受け、モバイルバッテリーは平成30年から電気用品安全法の規制対象となり、国内での販売にはPSEマークが必須だが、ネット通販ではそのマークがない製品も混じっているらしい。安い商品には、そうしたものが一部含まれるというのだ。 

 

 私たちは、「ネット通販では販売店よりも安く買えるのが当たり前」と考える。店舗や販売員がいない分、安くできるはずだからというのが理由で、それは先の「正当な安さ」ともいえるのだが、そのぶん相手がどんな業者なのか見えにくい。そこを逆手にとって、詐欺まがいの取引に使われることもある。相場よりあえて安い商品価格を出してエサにするのだ。購入したものの商品が届かないまま業者と連絡が取れなくなったとか、お金だけならともかく、個人情報やカード番号も抜かれたのではないかと危惧されるケースもあるとか。 

 

■「安心」は買えない 

 

 「不当」ではないが、グレーな安さもある。冒頭でコメ高騰について書いたが、フリマアプリで市価より安くコメが売られている場合はどうだろう。売主が生産者や販売店ならともかく、一般人の場合だと躊躇してしまう。食品管理の基準にのっとった保存・保管などが担保されているか心配だからだ。 

 

 売り手に悪気がないとしても、その「安さ」が安心できる安さであるかは別の話になる。品物の取引において、業者から買うよりフリマアプリなどの個人間取引の方が安いのは、業務上必要なコストが省かれるせいだ。安い反面、販売した品物の補償なども期待できない。万が一トラブルが起きた時も、個人間で解決するしかなく、手間も時間もかかる。そのリスクも含んだ上の「安さ」だと理解しておかなくてはならないのだ。 

 

 話が変わるが、住宅ローンで固定金利にするか変動金利にするか悩んだ時に、金利差は安心料の有無と考えるといいと聞いた。金利はこれ以上、上がりませんという長期の安心料を払う=固定金利、今後金利が上がるかもしれないが、とにかく今の安さを優先=変動金利という関係で見るとわかりやすいと。いずれを選ぶかはローン利用者それぞれの考え次第だが、現在の金利動向を見ていると、これも「不安があるが故の安さ」の一例かもしれない。 

 

■「安さ」を求めるほど、何かが犠牲に 

 

 デフレ時代に正当だった安さの根拠は、令和の時代には通用しなくなってしまった。どんどん原材料費が高騰し、為替で円安が長引けば国外での生産メリットが薄れ、更には国内外の人件費は今後も上がっていくだろう。 

 

 2025年も食品を中心に値上げラッシュが起きているが、調査会社帝国データバンクのレポートでは、円安以外にも、原材料以外の包装資材を含めた値上げ、物流費や人件費などのコスト、原油や電気・ガス代などエネルギー価格などを複合要因に挙げている。 

 

 

 どう楽観的に見ようとしても、これらがすぐに解消するわけはなく、「安さ」を追求しようとすれば価格据え置きで量を減らすステルス戦略か、あるいは質を落とすしかない。 

 

 先日も、昔のコートを処分しようと思ったところ、明らかに今どきの服より素材や造りがいいと気づいた。それはそうだろう。すべてのコストが上がっているのだ、価格を安くしようとすればするほど、数年前の商品より質を下げざるを得ないだろう。デフレ時代は、安いながらもよいものを消費者に届けようという経営努力が通じたものだ。しかし、インフレ時代で安さを追求すれば、そのぶん質をある程度犠牲にせざるを得ない。 

 

■「安物買いの銭失い」がいちばん危険 

 

 飲食店なら、まず人件費を節約する方向に動くだろう。注文はモバイルで、配膳はロボット、社会保険料の負担が発生する長期バイトではなくスポットワーカーを雇うというように。安めのビジネスホテルも、タオル類の交換はしてくれず、宿泊客が自らドアの外に出す光景は珍しくなくなった。接客という「質」は、安さとともに求めてはいけない。サービス=ゼロ円の時代は過去になったのだ。 

 

 昔の洋服の話をしたが、これから生産される商品は、同じ質を保とうとすればこれまで以上に高額になるだろう。それなら中古品を安く買ったほうがいい。逆に、常識外れの安値を見たら、それは理屈に合わないと考えるべきだ。何らかのリスクを示す黄信号かもしれない。先に書いたモバイルバッテリーなどのアイテムや、妙に安い食品なども同様だ。「安かろう、悪かろう」と同じ意味の言葉があったではないか、それは「安物買いの銭失い」という。 

 

 

 

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松崎 のり子(まつざき・のりこ) 

消費経済ジャーナリスト 

『レタスクラブ』『ESSE』など生活情報誌の編集者として20年以上、節約・マネー記事を担当。「貯め上手な人」「貯められない人」の家計とライフスタイルを取材・分析してきた経験から、「消費者にとって有意義で幸せなお金の使い方」をテーマに、各メディアで情報発信を行っている。著書に『定年後でもちゃっかり増えるお金術』『「3足1000円」の靴下を買う人は一生お金が貯まらない 』(以上、講談社)ほか。 

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消費経済ジャーナリスト 松崎 のり子 

 

 

 
 

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